続・義勇さんちの住み込みさん

冨岡義勇

大正では道が分かれてしまった二人。現代へと転生しキメツ学園の職員として再会します。やっと出会えた彼女には大正時代に共に過ごした記憶がなく、積み上げた関係はリセットされてしまったように思われましたが─
生きる時代も背景も理由も変わってしまった中、再びどう絆を結んでいくのかを描く夢話です。
2020年9月11日、web版としては完結しました。

【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。

目次

再会の四月編

進展の五月編

転がる六月編

続く七月

番外編

番外の番外編

完結はしましたが、ありがたいことにリクを頂いたのでパラパラと書いております。
結婚後の話が中心です。子どもがいたりします。

Novels 一覧

巡る春 六

前世のお母さんの最期は呆気なかった。毎年一度だけお参りと言って一人で山を登っていたのだが、足を滑らせたのか持病があったのか倒れた状態で見つかった時にはもう息がなかった。

悲しかったけれども寂しくはない。「死後はお空ではなく、すぐ傍のお山に行く」と二人で常々話していたからだ。案の定、眠りにつくと頭の上で気配がし「お母さん、どじ踏んじゃった」と生前と少しも変わらない声がした。目を開けるとその姿は暗い小屋の中に仄白く浮き上がって見える。俺の枕元に膝をつき、いつものように柔らかく微笑んでいた。

「髪飾りを…お父さんにもらった白い椿の髪飾りを忘れてしまって…何処にあるかわかる?」
「わかるよ。押し入れの行李の中だよね」

ただでさえ持ち物の少ない人だったので髪飾りの入った箱はすぐに見つかった。ふとお母さんがそれを付けたところを一度も見ていない事に気がつく。手入れの為にたまに取り出すばかりだったのだ。

箱を開けて差し出すと嬉しそうに俺から受け取り、いかにも大事そうに胸に押し当てた。そこに花が咲いたみたいだ。「よかった」と呟く声はどこか遠くて寂しげだったが、喜んでいるのがわかった。

急に泣けてきて手の甲で溢れた涙を拭う。こうして話が出来る機会はもうないのだろう。予感に胸が苦しくなった。

「お母さん…やっぱり俺、一人は嫌だよ…」

すすり上げながら訴えたが、困ったように「ごめんね」と言うばかりだ。そうしていると一層儚く見えて、今にも消えてしまいそうだと思った。

「義勇さんとお山で待っているから、なるべくゆっくりおいで。美味しい物を沢山食べて楽しい事を両手いっぱい持ってきてね…そして今度こそ親子三人一緒に」

*

左側を向くとお母さんの布団の大きさの畳が見えた。ひ、と喉から声が漏れる。まだ真っ暗なのにぽっかりと空いて冷たい。という事は─

「…どうした。夢見が悪かったのか」

体を起こさなかったのに隣で眠っていた筈のお父さんはすぐに気づいた。

よりによってこのタイミングでお母さんが死んでしまった時の記憶を見るなんて。叫び出したいのを堪えて、掠れた声で「なんでもない」と答えるのがやっとだった。

お父さんは熱が出た時にお母さんがしてくれるみたいに俺の額に手を当てる。そうして顔を覗き込まれて泣いている事に気づかれてしまった。掛け布団ごとぎゅうと抱きしめられる。

お母さんはしょっちゅうそうしてくれるけど、お父さんにしてもらうのは久しぶりだ。布団の中からもぞもぞと腕を出してしがみついた。体を丸めてその胸に耳をつけるとTシャツ越しに大きくて力強い心臓の音がする。

「念の為の入院だと一緒に説明を受けただろう」

小さい頃に戻ったようで嬉しくてこのまま怖い夢のせいにしてもいいと思ったのに、お見通しだったみたいだ。頭と背中をぽんぽんとされながら「大丈夫だ」と呪文のように繰り返されて、段々と息ができるようになる。涙で詰まった鼻が通る頃に「もう平気」と言うと「そうか」と少し笑ったような声が頭の上から降ってきた。顔を上げるが、部屋が暗くてその表情は見えない。

「…お父さんが夕飯に作ってくれたラーメン、美味しかった。元のスープの味があんなにはっきりしているの、初めて食べた」
「………具が溶き卵と葱だけだったからな」

一人で台所に立つのを初めて見たし、本当に美味しかったので褒めたつもりだったのだけれど、今度は気まずそうに聞こえた。お母さんが作ってくれるのは色々入ってるもんね。炒めた野菜にチャーシュー、たまに缶詰のコーンやバター、ほうれん草。お肉が足りない時は茹でた海老とか浅蜊とか─

「早くお母さんのラーメンも食べたいな…いっぱい具が乗った、ご馳走ラーメン…」

彩りを思い浮かべるうちに瞼が落ちてきて、ふにゃふにゃとした喋り方になってしまった。怖くて寂しい気持ちがアイスみたいに溶けていくのがわかる。「すぐにまた食べられる」と優しい声がした。

あの髪飾りはどうなったんだろう。沈んでいく意識の最後に、明るくなってからいくら確かめてもお母さんの姿はもちろん、髪飾りまで影も形も無くなっていたのを思い出した。

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