続・義勇さんちの住み込みさん

冨岡義勇

大正では道が分かれてしまった二人。現代へと転生しキメツ学園の職員として再会します。やっと出会えた彼女には大正時代に共に過ごした記憶がなく、積み上げた関係はリセットされてしまったように思われましたが─
生きる時代も背景も理由も変わってしまった中、再びどう絆を結んでいくのかを描く夢話です。
2020年9月11日、web版としては完結しました。

【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。

目次

再会の四月編

進展の五月編

転がる六月編

続く七月

番外編

番外の番外編

完結はしましたが、ありがたいことにリクを頂いたのでパラパラと書いております。
結婚後の話が中心です。子どもがいたりします。

Novels 一覧

巡る春 四

歓迎会の主役とはいえ気を使い過ぎた。居酒屋の手洗い場の鏡に映った自分の顔にはわかりやすく疲れが浮かび、頬の辺りがぴくぴくと引き攣る。

中高一貫校となると職員数が多く、折角だからとできるだけ席を回ったが、開始から二時間が経過した今なお挨拶ができたのは参加者の半分くらいだ。料理は殆ど口にしていない。しかし全く空腹を感じなかった。

二次会は遠慮させてもらおう。明るく気のおけない雰囲気なので表立ってとやかく言われないだろう。それに場はすっかり出来上がっていて幸せそうに酔い潰れて座布団に転がされている人もちらほらいる。酒宴の良い口実となったのだから役目は果たしたと思えた。

アルコールにもたらされた眠気をほんのりと感じながら戻ると、靴脱場の一番近いところの席に冨岡先生が座っていた。額に手を当てて一人静かに項垂れているのでお酒にあてられたのかと心配になって声をかける。

「飲み過ぎてしまいましたか」

努めてそっと囁いたが、素早く向けられた顔は驚きに満ちていた。この表情ばかり見ている。

会の始めに行われた自己紹介はよく通る声で聞き取りこそすれ、名前と担当教科のみの短く淡々としたものだったので、起伏の少ない物静かな人だと印象を受けたのだけれど。入学式の日に廊下で肩を掴まれた時と同じ大袈裟な驚きぶりに気後れした。

「感情があまり表に出ないからわかり辛いかもしれないけれど、良い人よ」

隣に座ったカナエ先生にこっそりと耳打ちされた。わかり辛い─いいえ、むしろ結構わかりやすい人だと思うのですが。驚きに限った事だけれども、と胸の内で独りごちる間に、冨岡先生は私の前にあった誰かの皿やコップを手早く片付けスペースを作ってくれた。少なくとも嫌われてはいなさそうだ。

おしぼりで机を拭く手の爪は綺麗に丸く整えられている。体育の先生だからだろうか。

「ありがとうございます」

お礼には「…いえ」と短く返事をするだけで、そのまましんと沈黙が落ちた。

会話を続けるのが苦手なのだろう。教職に就く人には珍しい性質のように思えた。体育は他の科目に比べて教壇に上る機会が少ないから問題ないのか。しかし自分の学生の頃を思い返すとルールや器具の使い方など話を聞く機会は沢山あった印象がある。喋る事が決まっていればすらすらと話せるタイプなのかもしれない。抑揚の少ない口調は却って説明に向いているような気がした。

確かめようもない授業風景に想像を巡らせる間に、随分と長くお互いが黙り込んでいる事に気づいた。冨岡先生は氷が溶けて色の薄くなった烏龍茶を回し、いかにも手持ち無沙汰そうだ。

私では役不足かとさっさと席を離れても良かったのだが、纏う空気は穏やかで思いのほか居心地がよかった。店内の喧騒が遠くなる。不必要ににこにことしなくて良い分、気が楽だった。

「…お仕事は楽しいですか」

脈絡なく尋ねたのでまた目を丸くされた。もう何度目だろう。でも今度のは予想の範疇だった。あまりにも思ったとおりの反応で少し笑ってしまう。自分の事に手一杯で他人には関心のない方だと思っていたのに、強く興味を引かれている事に気がついた。

冨岡先生は笑われたことに訝しげにこそすれ不快ではなさそうだ。表情は変わらないまま少し考えるように中空を見つめ、やがて私に視線を戻した。

「楽しいかと問われると一概には言えないが…やり甲斐はあると」
「酒の席だっていうのに地味でしみったれた話をしてるねえ」

陽気な声と共に突然大きな一升瓶が私達の間を割って入る。声の主である宇髄先生は冨岡先生の横にどっかりと長い脚をあぐらの形に組み、人懐こい笑顔を浮かべて腰を落ち着けた。

「なんだ冨岡、飲んでないのか」
「…車で来ている」

「代車を使うなり学校の駐車場に置いていくなりいくらでも方法はあるだろう。応用の効かねえ奴だな」

乱暴な物言いに感じたが、冨岡先生は慣れているのか「意図的だ」と気分を害した様子もなく答えている。
宇髄先生は近くを通った店員に声をかけ、新しいグラスを手に入れると私に持たせた。促されるままに傾ける。

「結構いけるクチ?これ俺が店に入れてるボトルなんだけど」

答えあぐねる私に構うことなく自分の名前が書かれた瓶から透明な液体でグラスの中をとぷとぷと満たす。水ではない事を承知の上で波打つ表面を舐めてみた。ぷんと独特な酒精の香りが強く鼻を刺激し、少量でも舌先を焼くような辛みがある。かなり度数が高そうだ。

思わず顔をしかめるが、勧められたものだから一杯くらいちゃんと頂こう。唇が届く寸前で、す、と大きな手が視界を横切った。

「無理して飲まなくていい」

冨岡先生は私からグラスを取り上げると、宇髄先生が座った方とは反対側に置いた。「勿体無いから俺がもらうわ」と目敏く手を伸ばそうとする宇髄先生を「一度口をつけたものだから」と制す。

ほっと胸を撫で下ろした。ありがたくその厚意に甘える事にする。正直なところ、お酒はあまり得意な方ではなかった。甘いジュースのようなものを数杯口にしただけだったが、既に瞼が腫れぼったく感じるくらいだ。

ぼんやりとする私に構わず「じゃあお前が飲め」「だから車だと」「俺の酒が飲めないって言うのか」と大きな犬同士がじゃれるかのようにしきりにお互いの体を押し合っている。

こうして並んでみると対象的な二人だと思った。どちらも美形には違いないが、明と暗を分かつかのようにくっきりと違いがある。宇髄先生には口を開く度に火花が飛び散るような人を圧する気迫があり、対して冨岡先生は凪いでそよともしない沖海の如く閑閑としていた。

気が合わないかと言えばそうでもなく、お互いのペースは熟知しているようだ。小気味の良いやり取りは旧知の仲を思わせた。幼馴染なのだろうか。

「で、おねえさんは何を好きこのんでこの学園に?聞けば前の会社は随分と大きな所だったって話じゃないか」

旺盛な好奇心を隠さず大きな口を笑いの形に開けて尋ねられた。片腕を組んだ脚に預け、こちらに身を乗り出す仕草は様になり、その貫禄にどぎまぎとしてしまう。

「その…本学園では」

面接よりもよっぽど体が強張る。つい堅苦しい口調になってしまい、咳払いをして息を整えた。二人の顔は見ないように視線を手元に落とし、この学園を選んだ理由を指折り挙げた。

給食センターに頼るのではなく、学園内で給食を用意し生徒に直接提供している点が気に入ったこと。調理について学びながら色々な種類の献立を作れると思ったこと。沢山の量を一度に用意する経験をしてみたかったこと。自分が作った料理を食べる人の顔がすぐ近くで見れると思ったこと。

一度食品会社に就職したが、期待していたほど顧客と接する機会がなく開発室に籠りっぱなしの生活に嫌気が差し、転職を決めたという経緯もつけ加えた。

「はー、立派だねぇ」

感じ入ったように言われ髪を耳にかけ直して照れを隠す。「冨岡もそう思うだろう」と水を向けられた先で真顔のまま頷かれて更に恥ずかしくなった。

目をそらすが、いっそ無遠慮ともいえる視線が注がれ続けるのを感じる。私の中に何かを捜し求めている─そう直感したのだが、付き合いの浅さを思えば口に出すのは憚られ居心地の悪さにそわそわとするしかなかった。

宇髄先生は突然「よし!」と声を張り上げて膝を叩く。空気が変わったのにほっとしたのもつかの間、続いた言葉にぎくりとした。

「口ぶりから察するに、おねえさん。此処には単に給料を稼ぎに来たんじゃあなさそうだねえ」

図星だった。

『わたしのゆめはおいしいもので、ひとをえがおにすることです』

クレヨンで書かれた幼い文字はこの胸に刻みつけられている。できるだけ距離の近い所で人の笑顔に接したいという望みは、結局は給食室のガラス越しでは叶えられそうもなかった。思わず壁際に置かれた自分の鞄に目をやってしまう。レシピや栄養学の他にも一冊、店舗経営のノウハウの本─あれを見られたら転職早々、仮宿のつもりである事がばれて今後やり辛くなるだろう。

宇髄先生の目の奥の光にはただならぬものを感じた。すっかり見透かされている─?何を要求されるのだろうと背筋を冷たいものが走った。

「そこでだ!こいつ…冨岡はな、生活力はないくせに家は出ちまうわ、独身寮は俺達が騒がしくて嫌だの我が儘ばっかり。いつか倒れやしないかと皆で心配してたところなんだ」
「おい待て…何の話だ」

すっかり蚊帳の外にされていた冨岡先生は突然自分の名前が出て驚いたようだ。肩を掴むが、宇髄先生の口は止まらない。

「冨岡の食事の世話をしてやってくれないか。毎食である必要はない。何なら平日の一食でいい。担任も生活指導もやっている冨岡が倒れると、歳が近くてぷらぷらしている俺に真っ先にお鉢が回ってくるんだよ。俺ァ学校の備品と設備を最大限に利用して、ど派手なものを作るのに集中したいんだ」
「動機が不純だろう…」

全くの同感だったのでこくこくと頷く。だがあながち向こう見ずとは言い切れないのが空恐ろしい。宇髄先生は白い歯を見せて私に笑いかけると、ちょいちょいと手招きをした。

「作ったものの感想でも貰うようにすればおねえさんは練習になるし、俺もしなくてもいい仕事を避けられる。夢を叶えた暁には常連になるから、さ」

降参だ。とても太刀打ちできそうもない。加勢を求めようと冨岡先生を見る。耳打ちされた内容を知る筈もなく、私と宇髄先生に同時に顔を向けられ「何だ」と不思議そうに首を傾げるだけだった。

Give a Like!

「いいね!」のひとこと代わりに、ぽちっとどうぞ!

    ※匿名でボタンが押されたことがサイト管理者に送信されるシンプルなツールです。

    ※コメント機能はありません。