「客人なのだから座っていろ」
ぶっきらぼうに言われるが襷掛けをしてまで俺をもてなそうと包丁を握るのを見て「「義勇さんこそ、主役なんですから座っていてください」」と二人で声を合わせて止めた。
「しかし、」
義勇さんは俺達の顔を見比べながら尚も動こうとしない。寂しそうな匂いをさせているので参った。俺達が二人で台所で騒いでいて、自分は一人居間に追いやられれば当然か。
箱の中の禰豆子を起こしてお供につけてもいいが、間違いなく面倒を見てもらうことになるだろう。どうしたものかと困っていると、横から俺が持ってきた包みが差し出された。片目を瞑られて、意味するところを察して声を張り上げる。
「義勇さん、お誕生日おめでとうございます!」
義勇さんは突然のことに戸惑ったように短く御礼を言い、包みを受け取った。開いた中に将棋の指南書を認めると目を見開く。俺が任務の合間を縫って各地の古本屋を巡り探し出した、昔の名人が綴った貴重なものだ。纏う空気が一気に華やぐのがわかる。寂しさの匂いが嬉しそうな匂いに上塗りされて、ほっとした。
「あちらで気兼ねなく指してください。部屋も暖めてありますし、道具も出してあります」
流れるような誘導だった。指南書の表紙に釘付けになった義勇さんは「ああ」と上の空の様子で返事をして、背中を押され大人しく台所の出入り口にかかった暖簾をくぐる。
「始めましょうか」 廊下から顔を出して角を曲がるのを確認すると、くるりと振り返った。
***
「流石、刃物の扱いが手慣れていますね」
肉種に混ぜる人参や長葱を細かく刻んでいると、感心したように手元を覗き込まれた。自分はふんわりと湯気が立つ鍋をかき混ぜている。透明な出汁の中に白菜や牛蒡がくつくつと煮込まれていて、既に美味しそうだった。
「義勇さんは普段手伝いをされるんですか?」
先刻の襷掛けが堂に入っていたように感じて尋ねると「やりたがるんですけど」と困ったように笑う。隊の中では出さない一面を垣間見た。多分少しでも長くこの人と一緒に居たいんだろうな。直感したが、それは義勇さんから伝えるべきだと黙っていた。
「この時期は冷えますから生姜も入れましょう」
俺が刻んだ野菜と手早くすりおろした生姜を肉に放り込む。更に口当たりがよくなるからと水を切った豆腐も入れた。促されるままに手を突っ込み捏ねると、何とも言えない触感が面白い。禰豆子が喜びそうだ。いや、遊びと勘違いしてしまうかなと想像して笑いがこみあげてくる。
出来上がった肉種は二本の匙を使って器用に丸められ、鍋の中に落とされた。手でやるより柔らかく仕上がると教えられる。
やらせてもらうが大きさを揃えるのが難しく、気がつくと大小様々な団子が浮かんでいた。それでも「お上手です」と隣で手を叩かれて胸のあたりがむず痒くなる。
「…少し、冷える」
声に振り返ると、いつの間にか義勇さんが後ろに立っていた。険しい顔をして腕を組んでいる。また寂しそうな匂いをさせていることに気づいた。
「もう一枚羽織るものを出しましょうか」
頼む、と頷かれて「鶏団子を入れ終えたら暫く煮てください」と俺を振り返る。火の加減なら炭焼き小屋の息子だから得意とするところだ。「任せてください!」と胸を叩き二人の背中を見送った。
***
「触りたい」
追加の羽織を渡そうとした手を取られて顔が近づく。将棋盤の横を通った時に広げられた指南書の進みが遅く、並べられた駒の数がやけに少ないことに気がついていた。
「寂しかったんですか」
「………」
義勇さんは明後日の方向に顔をそらし何も言わない。吹き出しそうになったが今日は義勇さんの日だ。笑っては駄目だと顔を引き締めた。竈門様をお待たせしているので少しだけですよ、と腕を広げる。
「炭治郎と二人で楽しそうにしているのが悪い」
耳元で聞こえた呟きは拗ねたような言い方だったが、本当は喜んでいるのだと思う。いつもよりも甘えたなのがその証拠だ。体を離し羽織の下に隠してあった包みを取り出した。
「義勇さん、お誕生日おめでとうございます」
竈門様の時も思ったが何故意外そうに目を丸くするだろうか。動きが固まってしまったので包みを解いて、ふわりとその首にかけた。
「任務の折に寒くないように」
取り出した襟巻きを隙間風が入らないように巻いて整える。外出用のものだが未使用だし今日くらいは許そう。
「その、…何と礼を言えばいいのか」
「?普通で大丈夫ですよ」
「─…ありがとう」
握られた両手の爪先を親指でなぞられて、くすぐったくて首をすくめる。顎を持ち上げられ口づけの気配を感じて目を閉じると、家の中に私を呼ぶ声が響いた。二人とも驚いて、はたと動きを止める。
「お鍋が!いい頃合いですよ!」
突き抜けるような竈門様の大声は、二人の間に流れていた甘い空気を一瞬で塗り替えた。義勇さんは私の肩口に顔を埋めて溜息をつく。
「今年は賑やかで良いですね」
「………そうだな」
準備は殆ど終わったので、今度は置いてきぼりにせずに二人で台所に戻った。出入口でぴたりと歩みを止めたのに気づいて振り返る。義勇さんは私と竈門様の顔を見比べると、やがてぽつりと言った。
「本当に感謝している…貴女にも、炭治郎にも」
「「どういたしまして」」
竈門様と声が重なる。その日の屋敷の中は、終始温かな空気と笑いに包まれていた。