「一生に一度の事なのですから、もっと盛大にしても良かったのでは」
「そうですよ!隊全体でお祝いをしたのに」
「いえ、こうして場を設けて頂けるだけでもありがたいですから」
産屋敷邸の庭を見ながら胡蝶様と甘露寺様と言葉を交わす。祝言とはいえ白無垢を着る訳でもなく賓客も柱の面々に限ったが十分に感じられた。
無理をしていると思われただろうか。二人とも派手を好まない上、見せる者も居ないと挨拶だけで済ませようとしていたところを産屋敷様のご厚意で場も衣装も全て用意して頂けたのだ。藤の花を模した髪飾りが耳元でしゃらしゃらと鳴る。日の光に当たると色の変わる白とも薄紫ともつかぬ珍しい生地の着物は、ひょっとしたら一般に言う花嫁衣装よりも高価かもしれなかった。
それでも義勇さんの晴れ姿は見たかったかもと、ちらりと男性だけになった酒宴の席に視線を向ける。自分が主役なのに黙々と料理を口に運び、会話はすっかり産屋敷様と音柱様に任せてしまっていた。いつもの羽織は脱ぎ、私のと同じ布で仕立てられた羽織を隊服に合わせただけだが顔立ちの美しさが際立っている。豪奢に飾ればさぞかし映えただろう。
「冨岡さんは数日お休みをとったと聞きました。二人でゆっくりされるのでしょう」
「もしかして新婚旅行ですか!?」
「刀鍛冶の里に連れて行ってくださるそうです。何でも温泉が出るとかで」
「「ええっ!?」」
きらきらと輝いた表情から一転、一気に雲行きが怪しくなる。
「そりゃあ移したばっかりで設備は新しいし温泉もあるけど!隊士や刀鍛冶や隠も沢山いるし、いつでも行けるじゃない!浪漫がないわ…!全然キュンとしない!!」
「気の利かないどころの話ではないですね…ちょっと今から行き先を変えてきます」
意気込んで向かおうとする二人の背中に慌てて追いすがった。
仕事も兼ねているのは察した上で承諾したので私としては問題はない。それに普段、隊に関わる事がないので鬼殺隊お抱えの施設と聞き興味をそそられたのだ。その旨を伝えると「「何て健気な」」と二人とも全く同じ言葉を発したので少し笑ってしまう。
「貴女はいっそ困らせるつもりで、もっと我儘を言うべきです。粛々とついていくだけでは相手は図に乗るばかりですよ」
「温泉なら箱根でも草津でも、素敵で美味しい物がある所がいっぱいあります!せっかくお休みがとれたのに、仕事の場に連れて行くだなんて信じられない!」
「…今更行き先を変える暇はない」
淡々とした低い声がし二人の向こうにいつの間にか義勇さんの姿があった。瞬きの間にその腕に抱えられ立つ場所が変わる。庭からは祝宴の為に開け放した広間全体が見渡せた。そこにいる人達は皆一様に目を丸くしてこちらに注目している。
「暫し失礼する」
義勇さんはそれらの視線に臆することなく言い放った。
***
「主役が抜けては場に格好がつきません」
「どうせ直に誰か追いつく」
抜け目なく携行した私の履物が先に地面に置かれ、その上に降ろされた。抱えられている間に景色が見た事もない速さで流れていったので、お屋敷からどれくらい離れているのか検討もつかない。人気のない山道で二人とも飾り立てたままなのが滑稽だった。
「困っているように見えた」
「義勇さんこそ」
「…お互い、ああいう場は向かないな」
あからさまな溜息に笑い出してしまった。賓客を精一杯もてなそうと気を張っていたのに、すっかりいつもの私達だ。
笑い疲れて息を整えていると、ふいに義勇さんとの間に風が吹いた。呼吸のままに吸い込むと湿った土の匂いがふんだんに混じっている。瞬間、鬱蒼とした森の中を連想したからだろうか、目を背け続けていた心の中の翳りに真正面から向かい合ってしまった。
暗い木の影で誰かがすすり泣いている。本当は気づいているのでしょう、と影はこちらを向いて震える声で喋った。
目に薄い膜が張るのを見られたくなくて顔をそらすと「どうした」と追いかけられる。雫は落ちる前に義勇さんの指を伝った。
笑え。笑って「嬉し涙です」と言え。自分を叱咤するが口元はぴくりとも動かない。
「…気づいているのか」
影と同じ事を言われて涙は堰を切ったようにはらはらと零れた。日があるうちは皆の前でこの上なく幸せな花嫁でいようと決めていたのに。まさか二人きりになる時間があるなんて思ってもみなかった。
このまま鬼も闘いも仇討ちも、積もり積もってきた全てが届かない場所に連れ去って欲しい。言えるはずもない我儘がこみ上げてくる。でもここで一緒に逃げ出すような人だったら、こんなに好きにはならなかった。
「─…すまない」
今までで一番重い謝罪の言葉だった。
腕の中でしゃくりあげていると木の葉が擦れる音の合間に人の声が聞こえた。義勇さんの言った通り早々に誰かが追いついてきたのだろう。顔を上げなければ。幸せの最中にいる私に戻る時がきたのだ。
「私に構わず、義勇さんの思うままに生きてください」
頬に触れて体を離す間際に揺れる瞳を覗き込んだ。迷わせてはいけない。足枷になってはいけない。この婚姻は終わりの始まりだ。気づいていましたとも。生き急ぐ貴方を見送ることが妻としての私の役割なのだと、覚悟の上で嫁ぐのだ。
振り返って声のした方へと歩き出す。厚い雲の切れ間から明るい日が差した。この日和が続くのならば流した涙は拭いきらなくともすぐに乾くだろう。
「参りましょう、義勇さん」
雲の影の中に立ち尽くす貴方に声をかける。今度は上手く笑えた気がした。