風邪をひく
小さな土鍋に盛ったお粥は綺麗に空になっていた。「美味かった」と律儀に感想を言われるので嬉しくなってしまう。
「お腹が満たされているうちに薬湯を飲みましょう」
胡蝶様に教えられた通りに湯に溶かしていると眉が顰められた。これがとっても苦くてお世辞にも美味しいと言えないのは以前処方されたことのある私も知っている。
「寝てれば治る」
「義勇さん」
傷の化膿止めを飲む時すら少し躊躇する事に気づいていたので、心を鬼にする。私が譲らないのを察した義勇さんは「嫌だ」「飲まない」と子どものように駄々をこねて布団に潜り込んでしまった。甘えられるのは嬉しいが隊を支える柱としては形無しだ。熱でうまく頭が働いていないのもあるのだろう。
「治ったらなんでも好きな物を作ってあげます」
「………」
「眠るまで手を握りましょうか。心細いでしょう」
ぴくりと山が動いた。もうひと押しだ。近づいて「他に何か私にして欲しいことはありますか?」と囁いた。
「………………膝枕」
「承知しました!」
ゆるゆると億劫そうに体を起こすのを手伝い、休み休み薬湯を飲むのを見守る。やっと飲みきったのを確認して「よくできました」と手を叩くと「子ども扱いするな」と拗ねてしまった。
ご都合血鬼術
「義勇さん、俺をかばって攻撃を受けてしまって」
な…なんて、かわいらしい…!竈門様の足下に佇む小さな子どもに釘付けになる。
「鬼は他の隊士が追っているので遅くとも明朝、日が昇れば術は解けるかと思うのですが…って聞いてます?」
「はい?」
ぶかぶかの羽織ごと抱き上げると小さな見た目に反してずしりと重い。4歳くらいだろうか。子どもらしいすべすべで丸い頬。深い色をたたえた目は、くりっと大きく硝子玉のように澄んでいる。漆黒の髪はつやつやで柔らかく、こんなに美しい子どもは見たことがなかった。
「ご飯は食べましたか?今日は一緒にお風呂に入って寝ましょうねぇ」
ついあやすような喋り方をしてしまう。子どもは、きょとんと見返してくるが、やがて安心したように体を預けてきた。胸の中にじわりと温かいものが広がる。子が出来たら毎日こうして満たされた気持ちになるのかと思うと妙にそわそわした。
「ちなみに中身はもとの義勇さんのままです」
子どもは私の胸にもたれながら「言うな炭治郎」といつもの口調で喋った。驚きのあまり抱えた腕から力が抜けるが、ひらりと難なく地面に降り立つ。
「風呂に入って寝たい」
きらきらと期待に満ちた目に先刻の自分の言葉が思い出され血の気が引く。竈門様は苦笑いをしていた。
因縁のあの人と
見覚えのある派手な色合いに慌てて踵を返したが「おお!」と大きな声が上がり歩みを止めた。息災か、と朗らかに声をかけられれば無下にはできない。
「まだ籍は入れていないのか」
それなら俺にも可能性はあるな、と煉獄さんは冗談なのか本気なのかわからないことを言う。義勇さんとは別の意味でわかり辛い人だ。
「そういえば、この間冨岡がな」
義勇さんの名前に、ぴくりとあからさまに反応してしまった。他の人の口から聞く彼の話は貴重なのだ。煉獄さんは、はきはきと会議や任務での様子を話してくれた。
「全くあれも不器用な男だ!」
豪快に笑い飛ばされて思わずつられて笑ってしまう。ふと笑い声が止み不思議に思うと、じっとこちらを見つめているのに気づいた。
「やっと笑った」
ふわりとこぼれた眉尻の下がった笑みは普段よりもずっと幼く見えた。
「冨岡の話をすると目が優しくなる。やはり敵わないな」
自覚が無かったので指摘されて恥ずかしくなってしまう。力のある視線に耐えられず顔をそらしていると「そろそろお暇する」と隣から立ち上がる気配がした。
「また会おう」
片手を上げて颯爽と去っていくその背中を見送った。
第三者視点(胡蝶しのぶ視点)
炊事も掃除も期待以上に手際がよかった。隊士への礼儀は厚く言葉遣いも綺麗だ。かと思えば年端のいかない隊士が過度に騒げば、ぴしりと叱りつける。こんな良い人をどこで見つけたのか。
「あの、立ち入った事をお聞きしますが冨岡さんとのご関係は?」
休憩にどうぞ、とお茶とお菓子を勧められながら尋ねると「使用人と思っていただければ」と間髪入れずににこやかに返された。それは先日お館様との食事の際に冨岡さんが否定していたのだが。ますます気になる。
「それならばここで働きませんか?お給金も出しますし、冨岡さんのお宅は奥まっていて女性一人では何かと不安でしょう」
「…ありがたいお話ですが」
やんわりと断られた。あんな朴念仁一人に独占させておくなんて勿体無い人材だ。が、ここまでこだわる理由はあれしかないだろう。会話をしながら鎌をかけると頬を薄紅に染めて目を伏せた。
「私は…慕っております」
やっぱりか。「冨岡さんには伝えましたか?」と聞くと「そんな、私ではとても釣り合いがとれません」と首を振る。若い女性を家に置き恋心を弄ぶとは。はっきりしない男だとは思っていたがここまでとは思わなかった。
「彼に愛想が尽きたらいつでも仰ってくださいね」
綺麗な瞳をぱちくりとされた。あまり威圧的になってもいけない。にこりと笑って誤魔化した。
運ばれる
「私がやります」
「隊服は水を吸わない。俺の方がましだろう」
「それなら私が一度着替れば済む話です」
濡れ鼠のまま玄関土間で言い合う。走っている時は気づかなかったがこの時期の雨は冷たく、ぐっしょりと濡れた着物はあっという間に体温を奪っていった。くしゅん、とくしゃみをすると米俵のように肩に担がれる。
「義勇さん!」
手足をじたばたするがびくともしなかった。隊服は義勇さんの言うとおり濡れに強いのかもしれないが羽織は私の着物と同じように水を吸って冷たい。ぽたぽたと廊下に雫が落ちるのを見ながら脱衣所に運ばれ、尚も「お風呂は私が用意します」と頑張っていると慣れた手つきで帯を緩められた。はだけそうになるのに気をとられている隙に義勇さんは脱衣所を出て行ってしまう。その背を追おうか、火は任せて他の準備をするべきか。迷って結局は湯船に水をはり始めた。
「先に入っていてくれ。俺も後から行く」
「い、一緒に入るつもりですか?」
風呂場の窓から外を覗くが「嫌か?」と少し眉尻をさげた表情に何も言えなくなる。頭から濡れそぼり主人の帰りを健気に待つ子犬のようだ。その顔は、ずるい。
言葉を失っているうちに義勇さんは火に息を吹きかけ始めた。竹筒を通した呼吸の音が私のそれよりずっと力強い。湯が沸くのが先か、覚悟を決めるのが先か。逡巡する私にとどめを刺すように「湯加減はどうだ」と声をかけられた。
贈り物
訪ねてきた隠に恭しく桐の箱を渡され、そのまま待たせて中を改める。
前回届いた包丁におどろおどろしく「悪鬼滅殺」と彫られていたのには閉口した。ついでに女性の手には大きすぎること、刃先を丸くし切れ味を落として欲しいこと、柄を木で造作し持ちやすくして欲しいことなどを細かに指定して返した。
すぐに抗議の文が届き不安にさせられたが、そこは腐っても職人ということか。指定通りのものが届き満足する。磨き込まれた鈍色が美しかった。
「新しい武器ですか?包丁に見立てるとは珍しい」
膨らんだ気持ちは隠の言葉に一気に萎んだ。確かに女性への贈り物としては無骨だ。飾りも着物も「自分には贅沢だ」と遠慮しそうなので、せめて日用品ならばと必死に考えたのだが。
顔を見るのが怖くて自分の顔をそむけて差し出した。「まあ!」と弾んだ声に恐る恐る前を見る。煌めいた瞳にほっと息を吐いた。いっそ感動に潤んでいる。
「こんな立派な包丁、見たことがないです!ありがとうございます」
予想を超えた喜びように心が浮き立った。早速次に何を贈ろうか考えてしまう。
最近冷えると言っていたから襟巻きか。針仕事に使う灯を新調してもいいかもしれない。自分の贈った品に囲まれて笑う彼女を想像して思わずほくそ笑んだ。
膝枕
一応、家着に着替え髪も括ったが、寝足りない感覚が抜けない。ふらふらと廊下の角を曲がると縁側に正座をし、取り込んだ洗濯物を畳んでいるのに出くわした。
「おはようございます。よく眠れましたか」
柔らかい笑顔と日差しに更に眠気を誘われる。膝の上にあった布をどかし横になると「あらあら」と笑って許してくれた。
ふわふわの腿に擦り寄ると日なたの匂いがした。寝やすいように、と髪を解かれ細い指が差し入れられて梳かれる。堪らなく気持ちがいいが、眠ってしまうのは勿体無いと考えた瞬間に目が冴えてきた。
仰向けになり額に下りてきた手を受け入れる。「眩しいでしょう」と目を覆われた。瞼に感じる手のひらまでもが柔らかく温かい。心地よさにずっと浸っていたくて寝たふりをした。