ある任務に向かった数名が帰らないと鴉が知らせに来た。一番近くに居た柱が俺だと聞き即座に駆け出す。鴉を追いかけて着いたのは人が多く住む町中にある豪奢な唐屋敷だった。意匠のように加工して誤魔化しているがよく見ると窓という窓に厳重に封がしてある。
戸を開け放ち土足で上がり込むと夥しい臭気が鼻をついた。血の臭いだ。それも一人や二人の量ではないだろう。鼻を塞ぎたくなるのを堪えて臭いが強くなる方向へ歩みを進める。
狭く入り組んだ廊下に隊士が数人転がっていた。どれも既に息はなく、虚ろな瞳が無念を訴えてくる。その瞼を手のひらで撫でて閉じた。
鬼は最奥の部屋で積み重ねた死体の上に悠々とあぐらをかいていた。俺に気づいていたらしく「待ちくたびれた」と喰んでいた人の腕を放る。
随分と余裕だ。何か策があるのかと構える刹那、ゆらりとその姿が陽炎のように揺らめいた。
「これがお前の想い人か」
壁の鏡に自分の姿を写して悦に入る。数日前に玄関先で別れたままの姿で、彼女がそこにいた。着物から何まで全く同じだ。澄んだ丸い瞳が見返してくるが歪んだ表情は似ても似つかない。
「その物騒な刃を、この柔肌に突き立てられるのか」
言いながら自分の爪を頬に食い込ませる。つ、と赤い血が涙のように流れ落ちた。
地面を蹴って構えた刀を躊躇なく振り抜く。鬼はそこそこ素早いらしく頸を狙ったのに肩から胸にかけて傷を負っただけで、後退って俺から距離をとった。これ幸いと尻に敷かれていた山の中に生存者が居ないか確認をする。
「動じないとは…だが声音まで真似ればきっと」
「時間の無駄だ」
ひと通り改めたが、この場に息をしている人間は俺だけだった。静かな怒りが込み上げてくる。一瞬で距離を詰め、嫌悪しか覚えないその姿に迷いなく刃を振り下ろした。
「こんな薄汚い場所に居るわけがないだろう」
俺の中の彼女は日差しに包まれて、いつだってあの家で穏やかに笑っているのだ。間違えるはずもなかった。部屋の隅に飛んだ頸は塵になり始めている。聞こえないか、と背を向けた。
***
「お戻りはもっと先になると聞いていたような」
「少し寄っただけだ。すぐに発つ」
首は繋がっているか、と何となく確認してしまった。俺の手に両頬を挟まれて頭の上に疑問符が見える。まろい声も体温も確かに彼女のものだ。腰に手を回してそっと引き寄せた。察するものがあるのか、あやすように背中を叩かれる。
「そろそろ行かないと、鴉が」
年老いた鴉はひゅうひゅうと苦しそうな息を混じえながら「早ク出発シロ」と必死に頭の上で叫び続けていた。日なたの匂いのする温もりがゆっくりと離れていく。未練がましく、その髪を撫でていると手をとられた。柔く微笑まれて心臓が跳ね上がる。俺の一番好きな顔だ。
「そこまでお見送りします」
「…余計に名残惜しくなる」
「すぐに帰ってきてくださるのでしょう」
信じています、とまた笑う。
道を下って振り返ると門の下でまだ手を振っていた。豆粒ほどに小さいのでその表情は見えないが、きっと笑顔だろう。
リクエスト:「想い人の姿を写す術を使う鬼と闘う」