義勇さんちの住み込みさん

冨岡義勇

過去も現在も未来も気にせずに、ばらばらと書きますので読み手様が混乱しないように…!アップ順ではなく時系列でまとめています。
2020年9月11日、web版としては完結しました。

【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。

目次

序章

両片想い期

両想い期

終章

※暗めです

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雨夜の跡

どこそこの旦那様が女中に手を出していた。買い物の最中にそんな話が聞こえてきて思わず体が揺れてしまった。周りに気取られないよう足早に通り過ぎる。

お給金は頂いていないし二人とも未婚だし、将来を約束した人もいなかった。それでも居候という立場上すがるべき相手を選ぶべきだったと後ろ暗い思いは拭えない。私の勝手な都合で必死に隠してきた部分だったのに、突然取り乱して義勇さんは戸惑い迷惑に思っただろう。敢えて触れずに何事もなかったかのように毎日が過ぎている事がその証のような気がしていた。

ふいに眼前にあの夜の事が蘇る。眉をしかめ余裕のない表情。荒い吐息が私の肌の上を滑り、繋がった熱に満たされる感覚。雨の音が一切耳に入らないくらい夢中になった。それを嬉しいと思ってしまった。凪いだ湖面のように静かなあの人が私にだけ許してくれたのだ、と。

好きになってはいけない人を好きになってしまった。ひとつ屋根の下に居るだけで良いとしていた筈の淡い想いだったはずなのに、いつの間にこんなに欲深くなってしまったのだろう。

子どもが近くを通り歓声を上げた。現実に引き戻され慌てて記憶を振り払う。

ふと遠雷に気づいた。日が傾いた空が厚い雲にみるみる覆われていく。今夜も雨かと溜息が出た。あの温もりを求めて独り彷徨う夜が来てしまった。

***

初めて交わったあの日から何度か雨が降る夜はあったが、暗いうちに帰れたのは今日が初めてだ。光の下ではあの弱さを一切見せないので、一人でどうやって夜を乗り越えているのかずっと気になっていた。

今夜は一際雨脚が強い。髪の先までぐっしょりと濡れて自邸の軒下に駆け込んだ。玄関の戸を開けると見越したように手拭いがきちんと畳まれ置かれていた。ありがたく使わせてもらう。

一通り滴をはらい家に上がると居間から灯りが漏れている。まだ起き出す時間ではないので不思議に思って覗くと、机に突っ伏して眠っているのが見えた。肩にかけられた半纏だけでは寒いだろうに寝顔は安らかだ。

傍には鞘と柄が離れないよう紐で巻かれた脇差しが転がっている。封は簡単には解けないだろうが危ないので遠くに避けた。まだこれを持ち出すくらい心細いのかと複雑な気持ちになる。

触れていいものか迷ったが声をかけても起きなかったので揺り動かすと、ぱちりと目を開けた。

「風邪をひく」
「ありがとうございます…」

焦点が合い俺の様子に気づいたらしく「義勇さんこそ」と慌てだした。

「急いでお風呂を沸かします」
「必要ない」

炊くための設備は屋外だ。激しい雨はおさまっておらず気温も低かった。

それならもっとちゃんと拭いてください、と新しい手拭いを差し出される。十分だろうと、もたもたしていると髪を解かれて首の後ろまで丁寧に拭われた。背筋がぞわりとしたが気づいていない様子だ。

垂れた前髪の間から真剣な表情を見つめる。こんなに近くで顔を見るのは久しぶりだ。あの夜からなるべく近づかないようにしていた。また歯止めがきかなくなることはわかっていた。世話を焼かれれば素直に嬉しく、温かな家庭の匂いがするこの手を離す事を惜しむ自分がいる。傍にいてもらうだけで、失ってばかりで穴の空いたままだった部分が満たされる気がしていた。

この想いを恋と言うならば随分と身勝手で、汚い。

彼女の事を真に想うならば、俺自身を含め鬼と関わるあらゆるものから遠ざけ、普通で真っ当な暮らしができるよう取り計らうべきだろう。しかし、普通、とは。顔も名前も知らない男に笑いかける姿がちらつき思考はいつもそこで止まる。胸の中に黒いものが、じわりと湧き上がった。

思わず己に対して溜息をつくと、びくりと体を揺らし、こちらを見上げてきた。小動物を思わせる丸い瞳が揺れている。薄い寝間着の胸元は緩く、細い鎖骨が覗いた。たちまち熱がある時のように頭がぐらつく。

誘っているのか。親指で柔らかな唇をなぞる。顔を近づけ触れる寸前で我に返り、それでも堪えきれず力いっぱい抱きしめた。焦がれた温もりは呆気なく腕の中に収まる。

「ひゃ…っあう!冷た、」

水を吸った羽織と隊服を押しつけられ耳元で悲鳴があがった。それにもぞくぞくと背筋を走るものがあり、自分はいよいよおかしくなってしまったのではと思った。底冷えするような声が俺の中で響く。

『何を迷うことがある。この家の中ならずぅっと二人きりだ。誰も咎めやしない。いっそ獣になってしまえ』

その声に頭を強く振り、腕を突っぱねて体を引き剥がした。

***

「義勇さん…?」

私の肩を掴んで項垂れたまま、ぴくりとも動かない。屋根を叩く水音に混じり、ぽたぽたと音がするので首を巡らせると、義勇さんの羽織から拭いきれなかった雫が畳に落ちていた。早く着替えて欲しいが空気が張り詰めていて切り出せない。室温は低く先程少し濡れてしまった自分の胸元すら冷えていた。頭から濡れそぼっている義勇さんはさぞかし寒く感じるだろう。

「貴女は、」
「はいっ?」

厚手の寝間着をどこにしまったか思い出そうとしていたので唐突に呼び掛けられて声が変に裏返ってしまった。恥ずかしくなったが重たい空気は変わらない。

「…貴女は、俺が恐くないのか」

先刻の事だろうか。唇が重なると思った瞬間、今度は力強く抱きしめられ心臓が跳ね上がった。思い出して顔が熱くなる。

「ええ、全く恐くありません」

何故かそうした方がいいような気がして、殊更にきっぱりと言い切った。

義勇さんは「そうか」と小さく答え、ゆっくりと顔を上げた。静かな深い色が見つめてくる。底知れぬようで迷子のように所在無いようにも写った。

狭間で揺れて何かに苦しんでいる。力になりたいが私如きが支えになれるのか。それを尋ねることすら許されるのかに迷い、言葉を失い立ち尽くした。どくどくと自分の脈動が大きく聞こえる。私が恐れているのは義勇さん自身ではなく、彼に望まれなくなり自分の存在意義を見失うことだ。

この想いを恋と言うならば随分と身勝手で、重い。

「…貴方から離れていかない限り、私はずっとお傍におります」

目を逸らさずに今の私に言える精一杯を伝える。慰めでも何でもない。傍にいることしか出来ない、非力な私をどうかこのまま置いて欲しい。暗にその意味を込めてしまった。

「ありがとう」

小さく呟かれた言葉が意外で、驚きから我に返った頃にはその背は暗い廊下の奥に消えていくところだった。御礼には柔らかな温度が含まれていたように感じたが都合の良い妄想かもしれない。

私は間違えなかった…のだろうか。顔を覆って大きく息を吐く。そうして視界を塞ぐと雨の音が耳について不快になった。家族の血の臭いが香ってくる気さえしたが全て幻だ。振り払おうと、ぱん、と音を立てて自分の両頬を張る。

「…しっかりしなきゃ」

日夜鍛錬に励み戦場に赴く隊士の苦悩を思えば、家の中でぬくぬくと色惚けている場合でも雨音を恐れている場合でもない。震える脚を急かして義勇さんの着替えを探した。

それでも。それでも彼が私にすがるように触れたのは夢幻ではなく、事実なのだ。大きな手で掴まれた所がいつまでも熱かった。

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