マイナスからはじまる恋

宮侑

侑に片想いされていることに気づかず、ずっと好きだった治に彼女ができて身を引く幼馴染。侑に慰められ気持ちの整理がついた頃に、侑と体育倉庫に閉じ込められてすったもんだします。 

※治夢と繋がってます
※関西弁はエセです

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マイナスからはじまる恋

【R18】侑に片想いされていることに気づかず、ずっと好きだった治に彼女ができて身を引く幼馴染。侑に慰められ気持ちの整理がついた頃に、侑と体育倉庫に閉じ込められてすったもんだします。 ※治夢と同じ世界線です

1.

幼馴染の治に彼女ができた。胸が大きくて清楚で、東京から来たきれいな子。平凡でちんちくりんで、垢抜けない私とは正反対だ。

「俺もお前もクラスちゃうけど、話すことがあったら仲良うしてやって」
「うん、わかった…治、好きな子おったんや。全然気づかへんかった」
「おん。内気なところがある子やからじっくり行きたくてな、ツムとお前に言うたら急かされそうやったから内緒にしてたん」

掃除が終わり、部活動へと向かう生徒が頻繁に行き来する時刻だった。廊下の端で向かい合った私と治の傍を通る人の視線が気になり、少し俯いて窓の外へと目をやる。彼女への想いが通じて幸せそうに笑う治に、同等の笑顔を返す気持ちにはとてもなれなかった。

(急かすなんてそんなこと、するわけない。だって私、小学生の頃から治のことが…)

唐突に、潔くフラれた方がましであったことに気がついた。自分の想いを告げなかった後悔が錐のように鋭く胸を刺し、燃えるような痛みが生じるのと同時に、出口を失った恋心がどろどろに溶けて呼吸を塞いだ。視界がぐにゃりと歪んで足元がふわふわとする。まるで水の中にいるみたいだ。

これからずっとこの苦しみを味わうのか。忘れられたら解放されるのだろうか。しかし、忘れてしまえば治に恋をしていた日々は儚く水泡に帰す予感がした。

(今ならわかる。最初からきっと、私と治が両想いになる可能性はなかったんや…これまでの時間は全部、無駄やったんかな)

そう思うと背筋が寒くなった。

「…おめでとう。よかったね」

掠れた声でやっと言い、返事を待たずにその場を離れた。これ以上話していたら妬んでしまいそうで怖かった。

*

気がつくと学校から少し離れた川原に来ていた。土手に自生した丈の短い草が十一月の冷たい風にそよいでいる。直に座ったら制服のスカートが枯草だらけになりそうだが、構うものかと投げやりな気持ちで腰を下ろした。

部活に持って行くために握りしめていたノートを横に放り出して膝を抱える。ノートは光沢のある表紙が歪んで幾筋もの皺が寄り、みっともなくざらついてしまっていた。

(ほんまアホやわ、私…)

泣くに泣けないのが辛かった。しかし一人相撲をしていた私に泣く資格はないと堪えていた。

幼馴染の宮兄弟はどこに行っても女子にちやほやされていたが、特定の誰かに本気になる様子がなかったのでのん気に看過していたのだ。まさか水面下で、治の方から積極的にアプローチするほどの相手が現れているとは予想だにしていなかった。

「調理部部長がこんな所で堂々とサボったらあかんで。大事なコンクールの前やろ…っと。すまん、そんな場合ちゃうな。サムの件、聞いたんか」

ふいに後ろから人影が差した。走り込みの途中なのか、ジャージ姿の侑がいつもの気安い口調で喋りながら土手の斜面を下ってきた。

ふり返った私の顔を見て一瞬口を噤むと、治と瓜二つの相貌を翳らせる。治に失恋した直後である今、最も見たくない顔であることに思い及ばないのが対人関係に大雑把な侑らしかった。

侑は私が何か言う前に早足で無造作に近づいてくると、ノートを挟んでどっかりと隣に腰を下ろした。男子バレーボール部指定のジャージのズボンは白色で汚れが目立ちそうなのに私よりも躊躇がない。

「なあ、お前がサムに告白したいんやったら協力したってもええよ。つき合えるかはわからんけど…」
「…いらんわ。治があの子に本気なのがわかるもん。ずっと治のことが好きで見とったから、わかってしまうんや…」
「けど中途半端やったら成仏できんとちゃうの」
「人の恋心を怨霊みたいに言うな!ほんま侑はデリカシーないな!」

泣きそうになったのをぐっと堪えた反動で声を張り上げると意外にも胸がすいた。喉と肺に秋の爽やかな空気が感じられ、曇った視界が明るくなり、血の巡りがよくなった気さえする。

目覚めたばかりのような心持ちで見返した侑の瞳は軽口に反して真剣そのものだった。無理に堪えようとするから苦しいのだと、侑なりにガス抜きを講じ、慰めようとしていることに気がついた。

その不器用で粗暴な気遣いに励まされる。再びじわりと涙が滲むが、先ほどとは異なり体内に淀んで滞ったものを洗い流す清々しさを感じた。

「…侑の気持ちはありがたいけど、ぐずぐずしとった私が悪い。二人の幸せに水を差すような真似をして自分のことを嫌いになりとうない。このまま治には知らせずに、なかったことにしたい」
「…さよか。お前がそれでええなら、俺はもう何も言わんわ」

そう言って侑は徐ろに手をかざすと神妙な面持ちで、わしわしと私の頭をかき撫ぜ始めた。セットした髪が崩れるのが嫌で「やめて」と押し退けようとして腕を上げると、その腕を掴まれる。そして空いている方の手で私の顎に触れて顔を上げさせ、はずみで頬に伝い落ちた涙を親指の先でぐいと拭った。

「侑、どうしたん…わっ!」

もの問いたげな表情に妙な不安が募った。真意を確かめようと呼びかけた瞬間、徐々に強まり始めていた向かい風が突風となって顔に吹きつける。

咄嗟に目を閉じて身を庇い、辺りが静かになった頃に見上げた赤い夕空に数枚の紙がひらひらと舞っていた。ノートに挟んでいたレシピのメモだとすぐにわかった。治と一緒に書きつけたものだ。

『パティシエ目指すんか。なら俺の店にデザートの出前、よろしうな』

私に向けられた治の柔らかい声と無邪気な笑顔が蘇る。その余韻が消えるのと同時に、メモは力なく川面に落ちた。水に浸され、ゆっくりと下流へ揺蕩っていく。

「…拾わんでええの」
「うん…大したもんやないし、もう必要ないし」

みすぼらしく頼りない紙切れを見て急に虚しくなった。誰に宣告されたわけでもないのに(恋も夢も永遠に叶う日は来ないのかもしれない)と、寒々しい思いが体の内側を支配した。

「ほんなら俺が貰うわ」
「え…待って侑、こんな気温が低い日に川なんて入ったら風邪引くで!無茶したら北さんに怒られるて!春高があるやろ、なあ!」
「やかましいわ。黙って見とけ」

驚いて咄嗟に風に翻るジャージの裾に縋ろうとしたが、脱いだ靴下と運動靴を放られた。それを受け取りあわあわと抱えるうちに、侑は手早くズボンの裾を捲くり上げると、ほとんどためらわずに流れに両足を浸した。そして何てことのない様相をして大胆な足運びで川中へと進んで行く。

幸いなことに川床の石が透けるほど浅く、穏やかな水面は侑の膝よりもずっと下にある。しかし晩秋の気候にひらめく銀の飛沫は、素足には氷のように冷たいはずだ。

人を呼ぶべきか後に続いて川に入るべきかを迷い、岸辺に立ち尽くす。信じて待つというより、どうしたらいいのかわからず、その場から動けなかった。

「やけっぱちな気分やからって他の大事なもんまで諦めんな、アホが!」

やがて突き出た岩に引っかかったレシピのメモを拾い上げ、腰を伸ばした侑は真っ直ぐに私をふり返った。メモを持った手を振り上げ、紙の端から滴る雫を頭で受け止め、何故か怒りの形相でざぶざぶと音を立ててこちらに戻ってくる。金髪が夕日を黄色く照り返して眩しかった。

(パティシエの夢までどうでもよくなったのが、どうしてわかったんやろ…そういえば侑は昔から妙なところで勘が冴えて、私が隠れて泣いているのをすぐに見つけに来たっけ…)

胸が詰まり、止める暇もなく涙が溢れた。拭おうにも預けられた靴で手が塞がっている。はらはらと頬に落ちる光の粒に、無遠慮に伸ばされた指先は、先程とは打って変わって肌を刺すように冷えていた。

「また泣いとるんか」
「もう…何で泣くのか自分でもようわからん。治に失恋して辛いのと、侑が川の中で転んだりせんで安心したのと、色々混ざって頭の中がごちゃごちゃや…」
「その意気で吐き出しや。サムに告らんのも、それはそれでしんどいやろ。俺には我慢も遠慮もいらん。…幼馴染やしな」

預かっていた靴と靴下を引き取られ、代わりに泣き顔を隠すようにジャージの上着を頭から掛けられる。内側には侑の体温が残っていて、慣れ親しんだ匂いと温もりに、やっと肺が自由になった気がした。

*

帰り支度をしながら何気なく窓の外を見やると、治と彼女が並んで話しながら正門へと向かう背中が見えた。今日は期末試験期間の真ん中に当たるので部活はなく、午後は一緒に明日の試験科目の勉強をするのだろうと想像できた。

「ぼーっとしとらんで早よ帰れ。日直の俺が全員教室から出たのを確認して、先生に報告せなあかんのや」

仲睦まじい様子の二人を映した景色を『学級日誌』と書かれたノートがサッと遮った。いつの間にか侑が席の前に立っていて、しかめっ面で私を見下ろしている。

強豪の男子バレーボール部で活躍する侑は校内で特別目を引く人物であるが、私と旧知の間柄であることが知れ渡っているので、こうして近い距離で話をしていても周りは関心を示さない。机の並んだ教室は侑と私を残して、早くもがらんとしていた。

「あー…しんどいなら、また話聞くで。泣き場所くらいにはなったる」

沈黙をしょぼくれている証だと受け取ったらしく、他に誰もいないのに、侑は険しい表情のまま低く囁く声音でそう言った。お互いが望む望まないに関わらず、こちらの異変を察知してしまう彼の意外な繊細さにどきりとする。

普段の軽薄な調子のよさは鳴りを潜め、蛍光灯の光を点じた栗色の瞳には、私を精一杯宥めようとする心遣いが感じられる。バレーに打ち込む中で身につけたらしい大胆不敵な計算も駆け引きも、そこには存在していなかった。喧嘩をした後で素直に謝れず、涙目でもじもじと下を向く在りし日の少年の姿がふいに思い出された。

「…そんなに心配せんでも私は平気やで。雨が降りそうやなって空を眺めてただけや」

強がりに聞こえないよう努めて声を明るくして言った。言葉の通り、今も心の内は穏やかに凪いでいる。

治と彼女が二人でいるところを見かけても、もうどこにも痛みを覚えることはない。時間が経過するにつれて憧憬は徐々に遠ざかり、いずれ思い出になることを窺わせた。

(侑が辛いのや苦しいのを半分…ううん、それ以上を持ってくれてるから落ち着いていられるんやろうな)

失恋の痛みの代わりに不思議な確信が胸に宿っていた。じっとその瞳を見つめ返す。そうして見交わすうちに、確信の根っこにある感情の正体が明白になるような気がした。

「ひ、人の顔を黙ってじろじろ見んといてや。お前やっぱりおかしいで。そんなしおらしいの、らしくない…こっちの調子が狂うわ。平気なんて嘘やろ」
「嘘やない。幼馴染の侑くんならわかるやろ。私のことなんて全部お見通しやろ」
「何言うてんねん。全然わからんわ。わかったらこんなに苦労せん…」

侑は思いがけずたじろいだ様子だった。その反応に何となく満足してしまい、この場で追求するのは止めにする。いつも黄色い声の中心にいて女子の対応には慣れっこのはずなのに(こんなことで慌てふためくなんて侑の方がらしくない)と密かに考えた。

「ねえ、侑。あとは日誌を職員室に届けるだけなら久々に一緒に帰ろう。お腹空いたわ」

いつまでも居心地の悪そうな顔をしているので話題を転じ、通学鞄を持ち上げた。近隣の教室はとっくに空になり、廊下の人影は絶えて生徒達の賑やかな声は窓の外へと移っている。

促すつもりで先に教室の入り口へと歩き出すと、後ろから唐突に腕を掴まれた。思いがけず制止されたことに面食らって振り向くと、侑も同じくらい驚いた表情をしていた。強い力で歩みを止めたくせに何を言うのかを決めていなかったようで、しきりに口を開け閉めしている。

「どうしたん、いきなり。忘れ物でもあった?」
「…今度は俺の話も聞いたってや。試験とか部活とか、諸々のケリついてからで構わんから」
「?わかった、ええよ。けど話を聞くくらい、いつでも…」
「絶対やぞっ!時機が来たら言うからな、首洗って待っとれ!」
「う、うん…」

頷くのを確認して、やっと侑は手を離した。入れ替わりに、押しつけるようにして自分の鞄を私に預けると、そそくさと廊下へ去って行く。「待って」と言う暇もなかった。

(職員室は下駄箱に向かう途中にあるのに、わざわざ戻ってくるつもりなんやろうか…)

首を傾げながら教室の電灯を消し、窓の連なる廊下に立つ。外では嵐のような風が吹き荒び、新たな季節を呼び込もうとしていた。


2.
俺の『初めて』は高校一年生。相手は二年上の先輩。美人でおっぱいが大きくて男慣れしてて、恋人という形式に執着せず後腐れないのが気楽だった。

(先輩はめちゃくちゃモテてたけど、独り占めしたいとかはなかったんよな。多分、俺以外にも粉かけとったし、校外に本命おる噂あったし)

卒業式に「じゃあね、侑」と手を振られてそれきりだ。後引く情熱はお互いなく、実にあっさりとした幕引きだった。

二週間後には別の子に「つき合おう」と言われ、その場で「ええよ」と頷いたので新しい彼女はすぐにできた。その次も、その次も大体同じ運びで交際を始め、向こうから別れを切り出されるところまで共通していた。

(好きになってくれる女の子はいっぱいおる。ひたむきな愛がなくてもキスやセックスはできる。なのに何で俺はあいつやないとあかんのやろ。もう好きになったきっかけすら思い出せん)

同じ顔なのに。同じ時間を過ごしてきたのに。何であいつはサムじゃないとあかんくて、サムはあいつを選ばんのやろ。

俺の疑問は常に三人分の重量を伴っていて一人では抱えきれなくなる。しんどくなると三人の輪の外にいる別の誰かと過ごして気を紛らわせる。あいつやサムに何を思われても、余計な波風を立てるよりはマシだ─そう思っていたのに。

(あー…やってもうた………ほんまもんのアホや、俺は)

強く閉じ込めたものほど同じ力で反発する法則に気づかなかった。その結果、粗雑に。そして実に呆気なく。

「侑…何で今、私にキスしたん…?」

これまで慎重に積み重ねてきた関係をぶち壊してしまった。

*

時は数分前に遡る。

「どこの誰や!中に人がおるか確かめんで鍵かけたアホは!」

頭にきて力任せに鉄の扉を揺するが、びくともしない。

時刻は昼休み直後、授業の真っ最中だ。教師も生徒も既に持ち場についてしまっている。扉の向こうがしんと静まり返っていることに肩を落とした。

「そんなイライラせんでも部活の時間になれば誰か来るやろ。今日は三月にしては暖かいから凍死する心配はないし、のんびり待とう。な?」

同じく倉庫に閉じ込められた幼馴染は宥めるように笑いながら、部屋の一角にある体操マットの上に腰を下ろし、焦る俺に手招きをした。教師から預かった備品を片付け終え、すっかり落ち着き払っている。

いくら気心が知れているとはいえ、内鍵が壊れた体育用具倉庫は密室だ。隣に座っていいものか迷ったが(男として意識されてへんってことか)とその意図に思い当たると、安心したような虚しいような妙な気分になった。

「ほんまにお前は普段口うるさいくせに、こういう時はのん気っちゅうか、おおらかっちゅうか…」
「何をぶつぶつ言うてんねん。早う座りや」

半ば開き直って示された場所にどっかりと腰を下ろす。そうして並んで座ってみると、体操マットは意外と狭かった。肩が触れ合わないよう身を縮めるも、体温や胸の鼓動が伝わってしまいそうなほど近い距離に相手の体がある。

「ねえ、侑。もしかして本気で好きな子できたん?」
「はァ?いきなり何や」
「ただの雑談や。ずっと彼女が途切れんかったのに最近は独り身やから心境の変化があったのかなて」
(…そんなん、お前のせいや。お前がやっとサムを諦めたから、俺もええ加減はっきりせな思て…)

ただでさえ緊張していたのに核心をつかれ、どきりとした。天井近くについた高窓から差し込む春めいた午後の日差しが、剥き出しの壁を照らすのに目をやり、心臓が暴れまわるのをやり過ごす。

「侑?」とすぐ傍で不思議そうに声をかけられるが答えるどころではない。更に身を寄せ、平然と覗き込んでくる気配に顔を逸らすと、素早く前に回り込まれ、細くひんやりとした指先が額に触れた。

「具合悪いん?顔が赤い気ぃするわ」

心臓がどくりと、一層不穏な音を立てる。遠ざけようにも全く体が動かなかった。目にかかる前髪越しに、間近に迫る顔立ちに見惚れていた。

(肌、白。まつ毛、なが。花みたいな甘くてええ匂いするし…こいつ、こんなに女の子って感じやっけ)

二人きり。薄明るい密室。無防備な片想いの相手。このシチュエーションで冷静でいられるほど、俺は人間ができていない。

「え?侑、…っん、んむ」

気がつけば唇を重ねていた。驚きに見開かれ、震えるまつ毛が目の前にある。

腕の中で抵抗しないのをいいことに、ただ触れるだけでは飽き足らず、柔らかな下唇に軽く歯を立てた。ぴくんと小さな肩が揺れ、ぎゅうと固く目を閉じる。ぎこちない反応が愛おしい。

(初めて、なんやろか。かわええな…)

湧き上がってきたものにじわりと満たされるのと同時に、急に我に返り、慌てて身を引いた。パッと両手を開いて顔の横に掲げてみせるが、もう遅い。うるんだ瞳がもの問いたげに見上げてきた。

「侑…何で今、私にキスしたん…?」

完全にやらかした。不器用でいびつな初恋の断片。みっともなく溢れた欲望の切れ端。全部尖っていて、お互いを容赦なく傷つける。

でも時間は巻き戻らない。前に進むことしかできない。

「…何でって、俺がお前を好きやからや。ずっとずっと、ずぅーっとな」

どうせなら盛大にぶち撒けたる─そう意気込んで本音を口にした。勝算はゼロ。惨めな敗北感。似合わない純情に託けた衝動に失望され、徹底的に嫌われでもすれば今度こそ諦められるかもしれない。

(俺からは離れられへんから、お前が引導を渡してくれ)

そんなずるい計算が含まれた、最低な告白だった。

「好きって…き、急にそんなこと言われても、治のこと立ち直ったばかりやし、侑とどうかなるなんて考えたこともなかったわ」
「うん」
「っ、………でも…」
「うん?」
「キスは、全然…嫌やなかった…」

驚愕が怒髪天を突き抜けた。思わず両肩を乱暴な勢いで掴み、俯いた顔を覗き込む。

「ほんまか?サムと取り違えとるんやないやろな」
「侑やろ。間違うはずないやん。何年一緒におると思うてんねん…」

目元をほんのりと染め、恥じらうように視線をさ迷わせる。その姿が滲んでぼやけた。まさかの大逆転ホームラン。俺の中で長年閉ざされていた何かが、音を立てて壊れていく。

「…もう一回しよ」
「ま、待って。さっきまで普通やったのに、いきなりこんな…」
「嫌やない言うたやん」
「あ…」

体ごと押しつけるようにして唇を塞ぐ。二度目のキスはぬるく湿り、さっきより馴染んで心地がいい。時折混じり合うお互いの吐息ばかりが熱く感じた。

(諦めようとした途端これや。ほんま欲深いわ)
「…!っ、ふぁ」

欲しい、もっと欲しい。その一心で舌先を伸ばしてこじ開ける。奥の方で縮こまった舌を舐め溶かし、口の中がとろとろに蕩けていくのを味わった。延々と畳みかけるキスに耐えかねたのか、甘ったるい声が唇の端からこぼれ落ち始める。それを塞ぐように俺の熱ごと口内に入れ込む。

我ながらガサツでめちゃくちゃで、押しつけがましい。ぐちゃぐちゃにこんがらがった切実な恋心そのものだ。でも受け入れて欲しい。経過がどうあっても、こうして抱き合っている結果が全てなのだと確信したかった。

「…なあ、俺のこと好きなん?」
「う、…あ………すき…」
「はっきり言うて」
「あ、侑が…好き。好きやから………今日はもう、堪忍して…」

影の中で脱力した小さな体がくたりと凭れかかってきた。制服の襟から伸びる細いうなじが薄赤くなっているのを見て(ここでやめるなんてフツー無理やろ)と即座に思った。

「ほんまにやめて欲しいならひっぱたいてでも止めてみぃ」

そんな乱暴なことができる人間じゃないとわかっていた。案の定、顎を掴んで覗き込んだ瞳に拒絶の色はなく、覚え立ての快感に翻弄され困惑し、縋るものを探しているように見えた。


3.
「侑とつき合っとるん?」

これまでの人生で、この質問を何回されただろう。

「つき合ってへんよ。侑は兄弟みたいなもんや」

答えながら(何で侑とのことばっかり聞かれるんやろ)と一片の疑問を抱くも、尋ねてきた相手に確認したことはなかった。

でも告白とキスを経た今となっては『侑の好意は周囲にだだ漏れていた』と想像がつく。私一人がとんでもなく鈍かったのだ。

*

(どないしよう。治のことを相談したり振られた時に慰めてもらったり…私、侑にめちゃくちゃ酷いことしてた)

ちゃんと謝って、改めて侑とのことを考えたいのに。澱のように積み重なる罪悪感が強引で性急な攻め立てにパッと散らされる。

(あ、また…こじ開けられる…)

侑に好きにいじくり回された自分のスカートの中がどうなっているのかなんて想像できないし、したくもなかった。なのにこの男は「どれくらい濡れとる」とか「指が何本入った」とか、いちいちうれしそうに報告してくる。恥ずかしくて頭にくる。(こっちは初めてなんやから加減せぇ)と思う。

「ッ…あ!入る、ぅ…〜〜〜っ!」
「は…声、我慢すんなや。余計な力入ってしんどくなるで」
(我慢すんなって…)

侑め。ここが何処なのか理解しているのだろうか。誰かが気まぐれにこの体育倉庫の扉を開けたらどう言い訳するつもりなのだろう。

いよいよ押し込まれた熱塊の圧迫感に苛まれ、恨めしく薄目を開ける。しかし意外なことに侑は歯を食いしばり固く目を閉じていた。私の顔の横で体操マットに手をつき、浅い呼吸を繰り返す。たまたま持っていたらしいコンドームの空袋が強く握りしめられて、ぐしゃりとへしゃげる音がした。

「やっぱ狭いなあ…大丈夫?痛ない?」

私に「我慢すんな」と言ったくせに、真性は横暴で気ままなくせに。自分は歯を食いしばり辛抱強く耐えている。背中側に退けられていた侑のネクタイがはだけた私の胸にゆっくりと垂れ落ちてきた。

(そんな顔すんの初めて見たわ。耳の先まで真っ赤になっとる)

今や侑の「好き」が本気であることは疑いようもなかった。長らく抱えていたにしてはひどく真っ直ぐで澄んだ感情。不器用で極端な愛情表現。表情や言葉はもちろん、直接肌に触れる唇や手のひらからも伝わってくる。

(侑が私で気持ちよくなったり、いっぱいいっぱいになってるの、かわええ。うれしいわ)

愛しさが膨れ上がり、溢れてこぼれそうになる。頭の中が一層熱くなり、侑の必死な顔が滲んでぼやけた。

「もう、大丈夫やから。侑の好きにして、ええよ」
「いや、まだ全然あかんやろ。痛そうやし」
「平気やて。ほら…」

勝手がわからないなりに腰を浮かせ、繋がったところを意識しながら揺すってみせる。確かにひきつれるように、少し痛い。でも次第に甘やかな刺激が瞬くのを感じとれた。

突先に奥をこつこつと押し上げられる新鮮な衝撃が脳天に届く。気持ちいい、かも。

「う、ぐ…そんなんしたらほんまにヤバい。俺、ギリギリやから」
「何を今さら日和っとるん。我慢するところなら他にあったやろ」
「そっ…、れはそうやけど」

視線を逸らし、まだ迷う様子を見せたので、ぎゅっと力を入れてみる。狭まった中が侑に吸いつくようにまとわりついて「うぁ」と上擦った声があがり、たくましい両肩がびくんと震えた。

「あ。大っきくなった」
「そりゃなるわ!あーもう、煽ったんはお前やからな。覚悟せぇよ」
「わ、ひゃっ…」

挑むような口ぶりで侑が言うと、言い返す間もなく柔軟体操をするように両足が顔の近くまで持ち上げられた。スカートの裾がめくれ上がってお腹の上にはらりと落ち、太腿の隙間から侑と繋がったところが丸見えになる。

「あ、ウソ…それあかんて。恥ずかし…あ、あ〜〜〜…ッ」

止める間もなく最奥から手前にかけてずるりと長いものが引き抜かれる。その動作に合わせて尾を引く自分の声を他人事のように聞いた。

そして尖端の出っ張りが敏感な内壁を容赦なく擦りながら、もう一度ゆるやかに私の中を割り開く。ぱちゅん!とお互いがぶつかる高く湿った音が薄明るい倉庫内に響き、背筋を反らして天井を振り仰いだ。

(何これ。頭、真っ白になる…)

視界がちかちかと明滅する。自ら動いてみせた時の快感を遥かに上回っていた。

「めっちゃ濡れてきた。そないに俺のがええの?」
「ッ…そんなこと、あらへん」
「フッフ。とろんとした顔で言われても説得力ないわ。下のお口の方が素直で、お利口さんや、なッ」
「んゃっ、ぁ!あ、つむ…、あッ、や、待って、ッ」

腰を掴まれ一定のリズムで小刻みに突かれ、ぬるぬると抽挿が繰り返される度に少しずつお互いの熱が私の中で混ざっていく。憎まれ口はおろか舌足らずでうわ言のような喘ぎばかりが狭い倉庫内を埋め尽くした。

先程までの労りはどこへやら。形勢逆転と言わんばかりに、にやにやと見下ろしてくるのが癪に触る。けれども(その方がずっと侑らしい)と思った。はた迷惑で傍若無人なくらい強気な方が活き活きして見える。

(一度許したら図に乗るってわかっとるのに『かわええ』とか『うれしい』とか私も大概やわ。惚れた弱み言うやつかな)

興奮のままに荒っぽく口づけられ、太い舌に貪られる感覚にどうしようもなく高揚する。気がつけば侑の首に腕をまわしてより強い刺激をねだるようにかき抱いていた。

「私、侑のことがすごく好きみたい」

気持ちいい、うれしい、好き。端的な感情が断片的に浮かび頭の中を塗り潰した。ここが学校とか、どうでもよくなる。無意識に腰がびくつき体内で好き勝手に暴れまわる肉欲を、きゅんと切なく締め上げるのを感じた。

「!わ、ちょっ…、出るって…!」
「あッ、あかん、私、もっ…」

私の告白と体の反応に荒々しい相貌が一気に崩れ、まん丸の目をした侑が私の深いところでもう限界と言わんばかりに、どくどくと大きく脈動する。同時に閃光が弾け、稲妻が落ちてきたような衝撃があった。電流が体の芯を通り、宙を掻く足先までびりびりと痺れる。

「…気づくの遅いわ。アホ」

初めての絶頂にうち震えていると掠れた声で悪態をつくのが聞こえ、瞑っていた目をもう一度開いた。

「ふ…ごめんて」
「いーや、許さへん」

甘ったるい余韻の中では子どもっぽい駄々と拗ねた表情さえ愛おしく感じる。

小さく笑ってその背中に手をまわし、心臓の傍に頬を寄せる。侑の不満げな返事は照れ隠しなのだと今ならわかる。その証拠に、私を抱き返す腕の力は強かった。

*

「なあ。俺達、つき合うんでええよな」

部活を終え、学校の正門を出た所で後ろから声がかかった。振り返るとバレー部のジャージ姿の侑が立っていた。

初春の暮れは早く、夕飯どき前にも関わらず街灯が既に明るい。昼間とは寒暖差が大きく、まだ冬を思わせる夜気にコートを着込んでいる私に対し、薄着の侑はポケットに両手を突っ込みながらも平然とした様子だった。

「…何や改まって。好きって言い合っただけじゃあかんの?」
「はっきりさせた方がお互い安心やろ。俺ら、前科持ちやし」
「前科って。別の人を好きだったり、つき合ったりしただけやん。物騒な言い回しせんでよ」
「何でもええ。とにかくお前が俺とどうなりたいのか、ちゃんと聞いときたいんや」

いつもの調子で会話をするが、しつこく食い下がる侑の瞳が真剣そのもので、次第にどきまぎして言葉に詰まる。囁くような低い声音が最中を思い起こさせ、みるみる顔に熱が上った。

(どうって…あんなことしたのに今さら口約束って…)

体育倉庫で押し切ったのは侑で、私は望んで身を委ねたのだ。それでは答えに足りないのだろうか。

真意を図りかねて見やったが寒空の下で首を縮め、じっと私の言葉を待つ姿は忠犬そのもので胸に迫る。ついにここでも押し負けて、やっとの思いで口を開いた。

「………たい」
「あ?もっとでっかい声で言えや」
「私も侑とつき合いたい言うたんや!」

思いの丈を言い切った頃には冷たい外気に晒されているはずの額や耳の先まで熱く、今にものぼせてしまいそうだ。促した割に侑が意外そうに目を瞬かせるのも恥ずかしさに拍車をかける。傍の校門を通る生徒の好奇の視線に気づき、この場からすぐにでも逃げ出したくなった。

(こんなん、公開処刑やん…)

何とか踏み留まり、侑の影に隠れて気まずいのをやり過ごしていると、ぽんと頭に真上から手が置かれる。(え?)と戸惑い固まるうちに、すっぽりと抱き込まれた。

「ん。これからもよろしゅう」
「〜〜〜ッ侑、ここ!学校やから!」
「今さらやろ」

それを言われるとぐうの音も出ない。しかし何故こうも偉そうなのだろう。

「離して」と突っぱねたタイミングで、侑の背後からバレー部員らしき誰かに呼ばれた。ふんわりと香る制汗剤の匂い。私より少し高めだと知った、侑の体温。その手にぐしゃぐしゃに乱された私の髪と心。侑は夜の街角にそれらを残し、煌々と輝く体育館へ軽快に戻って行く。

「帰ったら電話するわ。楽しみに待っとって」

入り口に足を掛けたところで思い出したようにこちらを振り返った顔は、白い光の中で得意げに笑んでいた。

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