はじめての彼氏と彼女

宮治

巨乳と標準語がコンプレックスの彼女と、クラスが替わってからその子のことが好きだと気づいた治の青春話。

※関西弁はエセです

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目次

本話

馴れ初め

追話

短話

Novels 一覧

クランベリーの独白

女の子の日の憂鬱と、仲直りのあったかご飯。
高校卒業後の話。

大学に入って初めての夏休み。治とケンカをした。

春先に治を含めた高校の同級生のグループで海に出掛けるプランが持ち上がり、ずっと楽しみにしていたのに、予定より早く生理がきて私だけ行けなくなってしまったことが原因だった。

(治の言う『拗ねたってしゃーないやん』は理解できる。でも簡単に切り替えられないよ…)

痛み止めの薬を飲んだにも関わらず、鈍く痛み続ける下腹部を忌々しく思いながら自宅のリビングで一人で不貞腐れる。急に都合のつく知り合いの当てはなく、同居している両親も仕事に出てしまった。SNSの投稿や通知から逃げるようにスマートフォンの電源を切ると、家の中ではテレビを観るか読書くらいしかすることがない。

(いいなあ、海。治と遊びたかったな)

ソファに寝転び、ガラス窓に映る夏空を眺める。シャープで豊かな色彩も、賑やかな蝉と子ども達の声も、遥か遠くに隔てられていた。澄み渡る季節の波に乗り損ね、すっかり置いてけぼりを食らっている。一人でいることが無性に寂しく感じられた。

「電話が通じへんかったから直接来てみたん。具合どう?」

持て余した退屈と孤独に割り込むのはいつだって治だ。気まずくてしばらく連絡をとらないつもりだったのに、深くかぶったキャップのせいで宅配便の配達員と見間違い、うっかり応対してしまったのだ。

むっとした顔のまま玄関を開けた。今日の私は本当にかわいげがない。困惑するのと同時に会えてうれしいのだから素直になればいいのに。生理の悪魔がそれを邪魔する。

「…海はどうしたの?」
「腹減ったから俺だけ先に帰ってきた。靴ん中まだ砂でジャリジャリするわ」

治は「うへぇ」と顔をしかめながら脱いだソックスを丸めてスニーカーの中に放ると、手荷物から取り出した真新しいソックスを履き直してスリッパを履いた。用意の良さに予めここに寄るつもりであったことが見てとれる。

「昼メシは食うた?」
「…まだ」
「ほんなら俺が作るわ。おばさんが作ってくれたんは夕飯にとっておき。美味いもん食わしたる」

調理師学校に通う治は大きくふくらんだエコバッグを掲げて自信ありげに微笑んだ。

(私達、ケンカしてるんじゃなかったっけ。私の体調に振り回されるのは理不尽だと、治は怒っていたんじゃないの?)

頭の中に刺々しい疑問が浮かんだ。しかし子どものような笑顔を見るうちに、感情的な言い合いにこだわっている自分が小さく思えて、徐々に力が抜けていく。

「…ありがとう」
「よっしゃ。座って待ってて。しんどかったら寝ててもええで」

リビングへと続く廊下で、追い抜き際にくしゃりと髪を撫でられた。何度もこの家に来訪した経験のある治は慣れた足取りでキッチンへ向かう。

(…愛されてるなあ)

壊さないように、怖がらせないように。私に触れたり声をかける際に、やたらと細やかに気を配ってくれているのを感じる。

ふと、つき合ったばかりの頃に絆創膏だらけの顔で「お前とケンカしても絶対に怒鳴らんし手も出さへん」と、一方的に約束されたのを思い出した。食材を切る小気味いい音を聞きながら「そんな風に楽しげに料理を振る舞う人のことを怖がるはずがないよ」と、とりとめなく考える。

「美味しい。暑いのに、食べやすい」
「せやろ。それに元気出たやろ。嫌な気持ちは作り立てのメシの前では雪みたいに無うなってしまうねん」

夏の真ん中で頬張る豚肉と小松菜のチャーハンと、生姜のきいた中華スープ。さらに冷蔵庫には豆乳を固めたデザートの豆花が控えていて、温めた汁粉をかけてぜんざいのように食べるのだそうだ。

生理痛には鉄分とイソフラボンと冷え対策。宮家では縁遠い事柄だろうに、わざわざ調べてくれたのだろうか。

(大切にされている。どんなにすれ違ってしまっても、私はそのことをちゃんとわかっている…)

一食入魂の愛のかたち。優しさに満ちたご飯がお腹に届く。体と心も温まる。行き場のないイライラやギスギスした気持ちが解れ、すっかり溶けて消え去ってしまった。

スープを飲み干し、お椀を置いて「はあ」と息をつく。そしてテーブルを挟んで真向かいに座る治が、咀嚼に忙しく口を動かしながら、じっとこちらを観察しているのに気がついた。

「な、何?」
「美味そうに食うなあ思て。食べ方は上品で綺麗やし…あ。そういや高一の時、そこに惚れたんやったわ。一番近いところで、ずーっと見てられたら幸せやろなって。はは、叶ったわ」

治はのんびりと、機嫌よく言った。そしてふわっと柔らかく笑う。きらびやかで刺激的な夏の色は皆無の、平穏でありふれたこの時間を満喫しているように見えた。

「…私も、治が美味しそうに食べるところが好き。あとね、料理上手なところと気遣ってくれるところも好き」
「急に褒めるやん。…何か、改めて言われると恥ずいわ」

デザートはまだなのに、甘くて優しい感覚がじわっと広がった。お互いの顔が同じくらい赤くなるまで十秒もかからなかった。

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