御影玲王の従兄妹

凪誠士郎

好きな子にはやたら積極的な凪くんと、玲王の従兄妹の恋話。マイペースな凪くんに振り回されます。

※夢主は玲王と同い年の“いとこ”ですが、玲王がリードする関係性なので敢えて「従兄妹」という表記にしています。

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目次

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サマーナイト・ランデブー

【R18】久しぶりに会う恋人同士の二人が、御影家の別荘に出掛けて、初めての夜を迎える話。終始いちゃいちゃしています。

「今度休暇をとって玲王と帰省するよ」

大学に入って初めての夏休みが始まろうとしている頃に電話の向こうで凪くんは言った。ブルーロックを出た二人が各々の資質を資本に広い世界へと飛び出し、ユースチームを擁するクラブに所属してからニ年余りが経とうとしていた。

即座に(会いたい)と思った。ずいぶん長い間、直に顔を見ていない。でも(多忙な有名人の彼女としては、一歩引くべきところなのかもしれない)と、本音とはかけ離れた打算が気持ちにブレーキをかける。

凪くんもついに「会おう」とは口にしなかった。最後に手を繋いだのはいつだっけ。電話を切った後で急に切なくなる。

「お前さ、あんまり凪を待たせるなよ。皆の憧れの『天才・凪誠士郎』が実は健気に操を立ててるなんて、同じ男としてやるせねーんだけど」

玲王が帰省したタイミングで御影家を訪れると、私が書斎に入室するやいなや、従兄妹の玲王はずけずけと言い放った。不在の間に積まれた書類をデスクに広げて集中している様子なので、出直そうと踵を返した矢先だった。

身内にしても露骨な物言いだ。もともと気安い間柄だが、ブルーロックに行ってからより不躾になった気がする。

慌てて部屋の外の廊下が無人であることを確認し、急いで扉を閉めた。彼氏がいることを隠してはいないが、玲王の両親も御影家の使用人もおしなべて家族同然に接してくれるので、聞かれて気持ちのいい話題ではない。

「…凪くんとそういう話をするの?」
「しない。凪は何も言わねーよ。でもわざわざ聞かなくても、こうしてお前の反応を見ればわかる」

玲王は初めて書類から顔を上げ、嘆かわしい表情でドアノブを後ろ手に押さえて立つ私を見据えた。図星なのでどきりとする。

恋人としてのつき合いは続いているものの、会う時間が限られる凪くんとはキスで留まっている。高校生の頃から大して発展していないのを悟られないよう、とりあえず肩をいからせてみるが「今日び中学生でももっと色気があるだろ」とすげなくため息をつかれるだけだった。

「進展がなかった原因は玲王がブルーロックに連れて行っちゃったからでしょ。凪くんとつき合ってすぐに離ればなれになって、やっと帰って来たと思ったら練習と試合が忙しくて、全然一緒に居られないもの」
「まあな。だからお詫びも兼ねてきっかけを作ってやる」

押しつけがましくため息をついた玲王はおもむろに椅子を引くと、机の引き出しから細長い封筒を差し出してきた。デスクを挟んで受け取り中を覗くと、キーホルダーの付いた小さな鍵が入っている。

「何これ」
「山奥の別荘の鍵だ。会社の用事を片づけるために引き籠もるつもりだったけど、お前と凪に譲るわ。そこなら車を使わなくても電車とバスを乗り継いで行けるし、大学生でも交通費を出せるだろ。もちろん日帰りは無理だから泊まりのつもりで準備しろよ」

びっくりして顔を上げたが、玲王は既に手元の書類に関心を戻した様子だった。伏せた紫紺の濃い瞳が滑らかに文字を追っている。

何と返事をすればいいのかわからず、静寂の中でしばらく呆然と手の中の鍵を眺めた。いくら私が男女の仲に疎くても、泊まりがけの旅行が仄めかすものは察せられる。

「あー…黙って見ていられなくてお節介したけど、あくまでも決めるのはお前だ。嫌なら別に…」
「…違うの」
「は?」
「嫌じゃないから、困ってるの…」

かあ、と顔に熱が上り、気後れして口ごもる。「惚気かよ」と玲王が呆れ返るのも当然だった。

*

旅行の日程は夏休みの真っ只中に重なったので、別荘の最寄り駅へと向かう電車は予想以上に混んでいた。駅に停まるにつれ通路の奥へ奥へと押しやられ、ついには隣の車両と連結する扉の前まで来て、やっと目的地までの居場所が定まる。

寄せる人波から庇われるように閉まった扉を背にして立たされると、頭の上と顔の横に伸びた凪くんのしなやかな腕と、鼻の先に迫った薄い夏服の下の体温に囲われて、お礼を言う間もなくどきどきした。どこもかしこも触れるか触れないかの絶妙な位置にお互いの肌がある。「狭いね」「うん」と凪くんの影の中でそれを確かめ合った。

網棚の上の路線図を振り仰いで残りの駅を数える横顔は、記憶にあるよりも丸みがとれ面痩せして見える。会わないうちにまた少し大人になったことを窺わせた。

(男の子はすごいな。どんどん変わっていく…)

至近距離にも関わらず穴が開きそうなほどに見つめていることに、はたと気がついた。凪くんがこちらに向き直る前に目を逸らす。

こうして近づいてみるとよくわかる。これまでの好きだけじゃ物足りなくなっている。

彷徨う指先が凪くんのシャツの裾を手繰り、きゅうと握りしめた。見知らぬ土地への遠出は確実に私を大胆にした。真夏の暑さがここ数年の穏やかで健全なやり取りをじりじりと溶かして、その下に埋もれていた甘ったるくて不埒な欲望が顔を覗かせている。

「今ちょっとやらしい気分になってるでしょ」
「…軽蔑する?」
「まさか。素直でよろしい。かわいいよ」

かわいい、って。行動で示すことが多い凪くんが言葉にしてくれるのは珍しい。顔を上げると、ふいとわざとらしく逸らされて目線が路線図に戻る。涼しい表情は変わらないが、こちらに向いた耳が心なしか桜色に染まっている気がした。

「…でも絶対、俺の方が浮かれてる。あー、早く着かないかな」

スピードを上げる列車の慣性に従って体がより近づいた拍子にそっと打ち明けられた。そこには衒いも偽りもなく、好きな人とお互いの境目を越えたいと思うのは自然な欲求なのだと、静かに共鳴を伝えていた。

*

別荘は山荘というよりはゲストハウス風になっており、二階建ての家屋の中に複数のベッドルームが設けられていた。予め玲王が手を回してくれたのでどの部屋もホテルのように整えられ、ふかふかの寝具が揃っている。

広い建物の中で二人は当然のように一室に収まった。そして部屋にはシングルベッドが二つ並んでいるにも関わらず、そのうちの一つに身を寄せ合う。

先に入浴を済ませてマットレスの端に浅く腰かけていると、続いてシャワーを浴びた凪くんはためらいなく私の隣に座った。ぎ、とスプリングが軋み、弾んだ体が凪くんの方へとわずかに傾く。

横から漂う風呂湯の余熱と石鹸の甘い香りをどうしようもなく意識してしまい、前開きのパジャマの裾を手持ち無沙汰にいじってやり過ごした。夏用のそれは袖も裾も短い上に首元が開いており、コットンの布地を数個のボタンで留めただけでいかにも頼りない。敢えて脱がせやすそうな服を選んできたという思惑が透けて見えそうなほどに薄かった。

「触ってもいい?」
「ん…」

頷くが、覚悟が決まってるとは言い難い心境だった。(夕ご飯を食べるまでは平然としていられたのにな)と背中からベッドに沈みながら考える。

夜の訪れと共に強まった山の風が、時折激しく吹きつけ窓を震わせている。その音よりもずっと大きく自分の心音が鳴っていた。

私に覆いかぶさる凪くんの指がベッドサイドのスイッチに伸びて、お互いの輪郭が見えるぎりぎりの光量まで部屋の灯りを落とす。見慣れた顎の線や熱のない艶やかな瞳が暖色に映え、増幅された色気に思わず目をつぶった。暗がりの向こうのごく近い場所で身じろぎをする気配を察知し、いよいよ始まるのかと全身が強張る。

(うれしいはずなのに…やっぱり怖い、かも)
「…緊張しすぎ」
「え…あ、はははは!やめて凪くん…っくすぐった、んふふふふ」
「脇腹が弱いんだ。いいこと知った」

刺激に耐えられず手足をばたつかせて遮二無二暴れると、凪くんはやっとくすぐるのを止めた。肩で息をしながら、触れられてじんじんする箇所を両腕で抱えて防御する。

涙目で見上げるが冷めた表情は全く悪びれておらず、開いた瞳孔にはいたずらっ子のようなあどけない光と、親しい人にしかわからない激しい興奮の兆しが共存していた。

「っ、あ…」

くすぐられた上半身に気を取られて、無防備に投げ出されていた脚に手のひらが這った。再び緊張する間もなく、そろえた内腿の隙間に大きな手が滑り込む。ゆっくりと撫で上げられながら丸い指先が柔い素肌に沈むのがわかる。

そうして触れられても、少しも怖くなかった。当然、嫌でもなかった。凪くんの下に寝そべった体はゆったりと弛緩したまま、甘く痺れるような未知の感覚をじわじわと受け入れていく。

「とりあえずしてみようよ。駄目だったらまた一緒に出かけた時に再トライしよう。俺はしんどいのが嫌いで、君がしんどいのも嫌だ。二人で気持ちよくなりたい」
「、…うん。私も、凪くんと気持ちよくなりたい…」

静かな情熱が吐息とともに耳に吹き込まれ、裾から入り込んできた固い爪先が、覚えのある限り誰にも触らせたことのない脚のつけ根をなぞる。ぞわ、と一際強い電流が首筋を伝った。

夕暮れの教室で告白された時と同じ熱さで乞われては、とても敵わない。迷いやためらいが一気に押し流されるのを感じていた。

「じゃあしよっか」
「!ふ…、ぅ」

顎にかかる手指に上を向かされ、唇が合わさった。柔らかな感触を覚えるのもつかの間、ぬる、と生温かいものが這う。委ねきっていた体がびくんと反射した。

「舌、出して」

驚いて固まっていると低い声が重なった唇を直に震わせる。戸惑うも好奇心には抗えず、そろそろと舌先を差し出すと、すかさず凪くんのそれが卑猥な音を立てて絡みついてきた。

ぶ厚いぬめりが口の中をじっくりとねぶり始める。豊潤な水音と共に先端が喉の方へと入り込み、舌の腹を押し、上顎を擦る。体格の差は言うまでもないが、凪くんの舌は私のよりもずっと大きく、太く感じた。口は開きっぱなしなのに隙間なく塞がれ、息継ぎが上手くできなくて苦しい。

「や、ぁ…凪く、も…ッ」
「んー…何言ってるかわかんないや」
「あッ…!」

たまらず声を上げるが、とぼけた指先が胸のふくらみの稜線をつつつとなぞり、甘ったるい喘ぎが迸った。凪くんはキスをしながら器用にボタンを外して上着を肩から滑らせる。程なく裸にされた両胸が大きな手に包まれるのを感じた。跳ね返す弾力を確かめるように指先を動かしながら「おお」と無邪気な歓声が聞こえる。

「着痩せするタイプなんだ」
「ふ…そんな風にさわるの、だめ…ぇ」
「何で?気持ちよさそうなのに…。もし本当にダメならもっと強く拒ばなきゃ。そんな甘い声じゃ誘ってるとしか思えないよ」
「ひゃ、…んっ、は」

かつてなく熱の籠った口調に「気持ちいいからだめなの」と煽るような本音はとても返せなかった。

涙の滲む薄目を開けると、張り出した双丘を寄せては好きに捏ねられ、尖った先端をにゅるにゅると舌に圧され、吸い上げられる度に卑猥に揺れるふくらみがいやでも視界に入る。恥ずかしくてたまらないのに、絶え間なく性感帯を刺激されてびくびくと腰が跳ねるのが止まらない。急速に体が熱くなるのを自覚した。

(でも、凪くんの方があっつい…)

電車の中で言っていた「俺の方が浮かれてる」はあながち誇張ではないのだと思った。肌を撫でる手も、獣性を宿らせた獰猛な眼光も、いたるところを舐めまわす舌も焼けつきそうだ。思わず口からまろび出る「だめ」はそれらに与えられる快感に流されて形を成さず、全部なかったことにされてしまう。内に秘めたものの激しさは外見から想像しうる以上だった。

「あッ…!?、うそ、や…だ、待って凪く、」
「またそんなこと言って…腰浮いてるし、全然嫌がってないでしょ」

折り重なる布をかき分けた無骨な指が割れ目をなぞり、くちゅ、と音がした。慌てて脚を閉じるも、しれっと押し込まれ、ぴりりと小さな痛みを伴う初めての侵入に注意が逸れた隙に、穿いていた下着ごとパジャマを剥ぎ取られる。

「んんっ…」
「すご…ぬるぬるが溢れてくる」
「や、あ…ッ」

生まれたままの姿を眼前に晒し、恥じいる間もなく強い快感が下からにじり寄ってきた。体内に直接植え込まれる熱につられ沸騰した理性は蕩けて、うわ言のような喘ぎが無意識に漏れ出ていく。

有形物の一切を受け入れたことのなかったそこが凪くんの指の形に開かれているのがわかる。ごつごつと節が張っているのを知覚するほど締めつけているのに、指は難なく滑り、奥へ、奥へと入り込む。到達した後は指腹で確かめるように其処ここを押され、擦られ、かき回され、挙げ句の果てに焦らすように引き抜く動作に身悶えした。

(頭、おかしくなりそう…)
「っ…いっぱい濡れてるしそろそろいいかな。俺、もう限界…」
「ん…」

二本に増やされた指に散々かき乱され、返事をすることすら難しい。なのに出ていくとなると名残惜しく感じた。きゅうと中が切ない心情に呼応し、収縮したことに気づいた凪くんは「準備するからちょっと待ってて」とあやすように私の頭を撫でた。指を追った愛液が糸を引いて流れ落ち、まっさらなシーツにぱたぱたと滴る。

凪くんが身を引くと、真上の屋根に取りつけられた天窓から澄んだ月が覗いていた。今宵、私は凪くんと大人になるのだ。羽化の予感に疼く胸を上下させて、じっとその時を待つ。早く、早くきて─

「お待たせ」

やがて凪くんは片膝を立ててスプリングを軋ませ、ベッドの上に戻ってきた。どきどきしながら目をやると、私と同じく着ていた物は何ひとつ身につけていない。よく鍛えられ、引き締まった体躯が月明かりに仄白く輝いていた。

(きれい…)

白銀の光を浴びた凪くんは色素の薄い容姿と相まって神々しい。

(でも…)

ちら、と視線を下に動かす。唯一、体の中心で屹立した怒張がはち切れんばかりの肉欲を示していた。曇った薄膜に覆われたそれは想像よりも太く猛々しく、ずっしりと重い物体を押し当てられた内腿が質量に驚いてぴくりと反応する。

夢から醒めた心地がした。先ほど指や唇でされた以上に生々しく、激しくぶつかり合うことを思うと途端に尻込みをする。

(いざとなるとすごく怖い。なのに、この先を知りたいと思う自分がいる…)
「恥ずかしいからじろじろ見ないでよ」
「………そんなおっきいの、入るかな」
「どうだろ。俺も初めてだし、よくわかんない。慣らしたから大丈夫だとは思うけど…」

言いながら両脚の間に割って入り、あてがった先を見下ろす凪くんはいよいよ興奮を抑えられない様子だった。浮かされたように丸い先端をぐちゅぐちゅとぬかるみの口に擦りつけては、とろりと溢れてくるものを掬い、浅い所を行き来する。

(全然痛くない。あったかくて、凪くんがより近くに感じられる…気持ち、いいかも)
「…ね、挿れていい?君の中に入ってみたい」
「〜〜〜っ、…な、凪くんなら全然………いいよ…」

昂りを見せつけられ、切羽詰まった声で無心におねだりされては断れるはずもない。意外とあっさりと腹は決まった。

頷いたのを確認した凪くんは私の膝裏を掴んで持ち上げると、性急に落ち窪んだ箇所に照準を合わせる。そしてゆっくりと腰を沈め始めた。

「あ…んッ、!っ、…う」

異物を飲み込んだそこは反射で狭窄する。その動きに無慈悲に逆らい、ぬるりと体の芯を突き進んでくる熱塊を感じた。

情けないほど息が弾み、体中が脈を打っている。逞しい腕の中では苦痛から逃れる術などなく、裸の背中に手をまわして縋りついた。

その一瞬、気遣わしげで優しい凪くんの顔が目に入った。「ごめん」と物悲しく耳元で繰り返すのを聞いて、こんなにきつく締め上げてはきっと彼も辛く苦しいのだと思った。

(…他者との関わりを面倒くさがっていた凪くんと繋がれて、こうして同じ感覚を分かち合っているなんて本当にすごいことだ)

挫けそうになるのを励まし、喘ぐ呼吸を意識的に静めた。丸めていた足先から徐々に力を抜き、迎え入れようと努めていると、次第に苦痛は指でされた時と同じような甘い疼きへと反転していく。体内で何かを突き破る軽い衝撃の後に、言いようのない幸福感が全身を貫いた。

「ひぁ…ッ!」
「は…っ、入った。あー…やば、ゴム越しでもあっついのがわかる…痛い?」
「ん、少し…。でも、…やめちゃ、やだ…」

言いながら首に腕を絡め、かじりつくように抱きついた。すぐに肩や背中を抱き返されて支えられる。

初めてのセックスは想像していたよりも汗みどろでぐちゃぐちゃで苦しいけれども、凪くんの熱さが私の中で混ざり、馴染んで溶け合っている。その事実がとても喜ばしく、この上なく甘美な体験であることもわかってきた。

怖いことはもう一つもない─だからなおも痛みに縋りついた。私がどんなに貴方を恋い慕っているのか、必要とあらば痛みやしんどいのを乗り越えられるくらい本気で好きなのだと、伝わればいいと思った。

「…やめないよ。こんなに気持ちいいのを知っちゃったら、やめられる訳ない」

凪くんは首の後ろにある腕を解き、体を繋げたまま寝具にそっと私を横たえて起き上がる。鬱陶しそうに汗に濡れた前髪をかきやると、ようやっと堪えていたような甘い吐息を漏らし、燃える瞳で見下ろした。

*

「まだふらついてるね。ごめん。最後の方、ちょっと乱暴になった」
「平気。重たい感じはするけど大丈夫だと思う。待っていてくれてありがとう」

汗を流して共用の浴室から出ると、廊下にいた凪くんはゲームを中断して立ち上がった。自分の体調を省みると脚の間に違和感は残るものの、ゆっくり歩けば問題ない程度なのに「転んで怪我するかも」と付き添ってくれたのだ。

「タオルとか手に持ってるもの全部、俺に寄越して。部屋まで持つよ」
「大袈裟だよ。妊婦さんじゃないんだから…」

何気なく言って(きっとこんなに気のつく凪くんはいい旦那さんになるだろうな)と、ふいに憧憬が過ぎった。それに気をとられてぼんやりとするうちに荷物は全て取り上げられ、空いた手を握られる。少々やり過ぎに思えたが、寄り添って歩幅を合わせてくれるのがうれしくて、それ以上は何も言わずに厚意に甘えることにした。

(でも…明日の昼には帰らなきゃいけない。せっかく先に進んだのに、すぐにまた離ればなれになるんだ)

連れ立って部屋へと歩き出しながら物憂く考え込んだ。時刻は既に真夜中をまわっており、窓から見える月は遠い西の空に傾いている。

玲王の家に比べれば寛容な両親も、大学生の娘が二日続けて外泊することには流石にいい顔をしなかった。逆らう気は起きないが、いざ離別の時が迫ると寂しさが胸を苛む。もっと一緒にいたい─ぎゅうと手に絡まる指に力を込めた。

「…あのさ。今度、俺が出る試合を観に来る時に、どこかに泊まってゆっくりしよう。それなら遠征先でも会えるよね」

階段を上りきり、部屋のドアが見えてきたところで唐突に切り出された。思わず立ち止まると、腕を引かれて振り返った凪くんは、不思議そうに目を瞬かせて肩をすぼめる。

「嫌?」
「ううん、すっごくうれしい。寂しいのが和らいだ感じがする…次の約束があるっていいね」
「そっか。それならよかった」

はにかんで答えると、ほっとしたように笑いかけられた。愛想を振りまくタイプではないので貴重な微笑みにどきりとする。

朝霧を思わせる透明な笑顔の凪くんの手が、私の手を包み込むように握り直す。同じベッドに入り、昇る日の輝きが夏の短夜の終わりを告げてもその手が離れることはなかった。私もまた、決して離そうとはしなかった。

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