義勇さんちの住み込みさん

冨岡義勇

過去も現在も未来も気にせずに、ばらばらと書きますので読み手様が混乱しないように…!アップ順ではなく時系列でまとめています。
2020年9月11日、web版としては完結しました。

【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。

目次

序章

両片想い期

両想い期

終章

※暗めです

SS

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血染めの記憶と救う藍

父と母を食い殺した鬼は、駆けつけた隊士にとどめを刺され体を崩しながら私に呪いをかけた。

「これからも鬼はお前を目指して群がってくるだろう。そうして周りの人間が殺されるのだ」

思わず視線を動かしてしまった。血の海に浮かんだ母の手に握られていたのは私の着物だ。繕い物でもしていたのだろうか。母は、間違われたのだ。

張りつめた空気を裂くような鋭い音が自分の悲鳴だとは頬をはられるまで気づかなかった。「鬼の戯言に耳をかすな」と力強く声をかけられたが、呪いは熱く痛みを伴ってもう胸の中に深く刻みつけられてしまった。涙がぼろぼろと溢れてくる。

隊士を突き飛ばし箪笥の上に飾ってあった脇差しを手に取る。鞘の細工が綺麗だからと父が買い付けてきたものだ。母は嫌がったが私が気に入ったのでずっと居間に置かれていた。血を被ることなく在りし日のままそこにあった。

手入れは怠っていなかったはず、と鞘から抜くと乏しい灯りの中でも鋭く反射した。切っ先を自分の喉元に向ける。お父様、お母様、申し訳ございません。今そちらへ。

突き立てようとした刹那、強引に刀を奪われ同時にお腹に衝撃を感じる。視界がゆっくりと暗くなり、このまま夜に閉じ込められるのか、と恐怖を憶えた。

***

「私をなるべく強い方の元へ送っていただくことは可能でしょうか」

口がきけるようになって初めての申し出だった。

産屋敷様の邸宅に血縁でもない若い娘が居座り続けるのは外聞が悪い。自分の手で仇討ちが不可能と知った私は、せめて強い隊士の生活の支えになる事を密かに心に決めた。そのためにお世話になりながら家事の一切をここで覚えたのだ。産屋敷様は困ったように首を傾げる。

「しかし女性の隊士はとても少ないのだよ。ましてや貴女を置けるような家を持つ者はうんと限られる」
「…いえ、むしろ」

男性がいいです、と続けた声は羞恥に震え思わず目を伏せる。しっかりしろ、自分で決めたことじゃないか。もう私にはこの身一つしかないのだ。拳を握り手のひらに爪を食い込ませ自分を叱咤した。

「もし子を宿すことになっても構いません。強い御方の次世代を育むお役目をいただけるのなら、むしろ本望です」
「…それは些か不安を覚える考えだね」

産屋敷様が中空を見つめ思案する様子を唇を噛んで見守る。断られても諦めるつもりはなかった。「本当にいいのかい」と心配そうな顔で尋ねられたが、はっきりと頷く。

「一人あてがあるとすれば柱になったばかりの子がいる。生真面目な性格ゆえ無茶をしないか心配でね」

*** 

呼び出された水柱様は産屋敷様と私の前に跪き、静かに口上を聞いていた。一通り聞いた後「俺よりも必要としている人間が」と口を開いたが「義勇」と産屋敷様に窘められて押し黙る。

「少し二人で話してきなさい」

産屋敷様の言葉に戸惑ったが尚も促されて庭に降り立つ。先を歩く背中を見つめ、お見合いじゃあるまいし、と何を話していいのかわからず黙ったままついていった。大きな池にかけられた橋に差し掛かると水柱様の足がぴたりと止まる。

「傷はもういいのか」

何のことだろうと訝しんだが、こうして面と向かい合って初めて気がついた。血の臭いのする記憶が呼び起こされ、思わずよろけて橋の欄干に手をやり自分の体を支える。

間違いない。水柱様はあの時に私を助けた隊士だ。二人の凄惨な亡骸に動じる事なく部屋に踏み込み、私の首を締め上げた鬼の腕を一瞬で切り落とした。その背に匿われた時に今も着ている半分柄の違う変わった羽織を見た覚えがある。

「…幸い、跡も残りませんでした」

首に手を当て爪痕すら綺麗に消えた事を示した。礼を伝えるべきなのはわかっていたが、助けられた直後に自害を図った者に言われても複雑な気持ちになるのでは、と逡巡する。迷っているうちに再び水柱様の口が開かれた。

「何故お館様の屋敷に」
「父が知り合いだったそうで、私の具合が落ち着くまで置いて頂きました」

そうか、と呟くように言い、集まり始めた池の鯉に視線を落とした。

父と母が遺した物は殆ど人の手に渡ってしまったが、あの時の脇差しは鞘と柄が離れないように紐できつく巻かれて今も私の手元にある。助けてくれた隊士がそうしたと聞いたので目の前に居る水柱様が施してくれたのだろう。錯乱していたとはいえ折角助かった命を無下にしようとした戒めとしてそのままにしていた。時々心細くなる時は取り出して見つめる。紐をなぞると、生きていていいのだ、と心が安らいだ。

気がつくと随分と長い間、二人の間に沈黙がおりていた。失礼になるのでは、と慌てるが整った横顔は変わらないように見える。不思議な人だと思った。あの場ではあんなに厳しく私を叱咤したのに、別人のように静かで穏やかだ。興味をひかれている事に気づいた。何かに強く関心を持つなんてどれくらいぶりだろう。

「差し出がましいようですが、私の居候の件、受けて頂けないでしょうか」
「しかし」
「水柱様の世間体に響かないよう振る舞いには気をつけます。炊事、洗濯、掃除など家の事は全てお任せください。お忙しい御身にふりかかる雑事が少しでも軽くなるよう精一杯やらせて頂きます」
「…貴女の名に傷がつく」
「気にするような名は持ち合わせておりません」

ご存知でしょう、と一気に言った私に向けられた視線は迷惑というより戸惑いと私への気遣いが感じられた。優しい人だ。益々この人の力になりたいと思いを強くする。

「柱になり大分ご無理をされていると聞きました。役に立たないと判断されれば追い出して頂いて構いません。まずは試すと思って、どうか」

最後の方は声が震えてしまった。必死に頭を下げ続ける。図々しい申し出なのは百も承知だ。でもこの久方ぶりに湧き上がった衝動に賭けたくなった。はあ、と溜め息が頭上から降ってくる。

「…奥ゆかしい人だと思ったが認識を改めた方が良さそうだ」

そういえばあの時も無茶をした、と自害を図った事を続けて指され顔が熱くなる。言い出したら聞かない所がある、とよく両親に窘められたのを思い出した。

「俺は喋るのが嫌いだ。自邸もあえて寂しい場所を選んだ。若い女性が長く居続けられるような家だとはとても思えない」

それは居続けられるか試してもいい、という事だろうか。恐る恐る伺うと少し疲れた顔をしているのがわかる。私が怯まないのを察したのか億劫そうに言葉を続けた。

「…それでも良いのか」
「構いません」

即座に答えた。睨み合うように視線を絡ませたが、そう感じたのは私が一世一代の心持ちで臨んでいるからかもしれない。やがて根負けしたかのように頭を振った。

「お館様には俺から話そう」

承諾された、と理解する頃には水柱様は歩き出していた。その足取りは重く私の足でもすぐに追いつく。表情が乏しいと思ったが、行動の端々に感情の一片が見えて案外わかり易い人だと、ほっとした。

からりと晴れた空を見上げた。祈るように両親の笑顔を描く。幸せになれるかはわかりませんが、まだ生きていけそうです、と心の中で呼びかけた。

前を向くと少し離れたところで水柱様が足を止め、私を待つかのように静かにこちらを見ている。慌てて駆け出した。

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