糸師兄弟の幼馴染
糸師冴
海外について来て欲しい24歳と社会人なりたての22歳の幼馴染。一時帰国をきっかけにやっと始まる恋の駆け引きの夢話。
【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。
目次
本編
2023.05.07
2023.05.07
2023.06.02
2023.06.02
2023.10.13
2023.10.28
2024.02.10
2023.12.08
高校生編
冴→18歳、幼馴染→高校生16歳です。
2023.09.01
2023.09.22
海外について来て欲しい24歳と社会人なりたての22歳の幼馴染。一時帰国をきっかけにやっと始まる恋の駆け引きの夢話。
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2023.05.07
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2023.12.08
冴→18歳、幼馴染→高校生16歳です。
2023.09.01
2023.09.22
【借りている部屋の冷房が壊れた。お前のところに行くから一晩泊めろ】
かくして冴ちゃんの気ままなメッセージ一つで、私の平穏な夜は一変した。
「本当に泊まる気なんだ…」
「まあな」
小雨の降る中を急いで会社から帰宅すると、冴ちゃんは私の借りているアパートの階段の上で悠々と鼠色の空を眺めていた。秋分に向けて徐々に日は短くなっている。天気も相まって辺りは薄暗く陰っているのに、変装のつもりなのかサングラスをかけたままだ。
足元には安っぽい透明のビニール傘が雫を滴らせている。さらにメーカーのロゴが大きく入ったスポーツバッグを持参しているのが見えた。
「ごめん。蒸し暑いんだけど、もう少しここで待ってて。中を片付けてくるから」
「あ?汚ぇのか。別に多少散らかってても構いやしねぇよ」
「汚くも散らかってもいません。ただ、いくら冴ちゃんでも見せられないものはあるの」
自分の傘を畳んで、急いで部屋の鍵を開ける。私が頑なに玄関扉を押さえるのを見て、冴ちゃんは露骨に嫌そうな顔をしたが、譲る訳にはいかなかった。
例え好き同士でも知らない方がいいことはある。恋人として、ここはきっちりと線引きをしておきたかった。
「…わかった。親しき仲にも礼儀ありってやつだな」
やがて冴ちゃんは大きく一歩、後ろへと下がる動作をしてみせたので、意地をはらずに引き下がったかにみえた。しかし私が扉の内側に体を入れる直前に、猫のようにしなやかに、部屋の中へ素早く滑り込んでしまう。
「やだ、ちょっと待って」
「お前は俺への認識がぬるすぎんだよ」
よくよく考えてみれば、自分に向かってくる選手をするすると躱し手玉に取る冴ちゃんに、この手の攻防を仕掛けたところで敵うはずがなかった。私が慌てて内鍵を下ろす間に靴を脱ぎ、ラックに掛けてあったスリッパを履くと、キッチンとサニタリールームに挟まれた狭い廊下を進んでいく。
「………何だこれ」
「もう…だから『待って』って言ったのに。自分の顔に囲まれるなんて落ち着かないでしょう」
冴ちゃんが想像していたのは、何の変哲もない1LDKの間取りの部屋であったはずだと思った。なのに居室の実態は生活用品と家具の隙間を縫うようにして、みっちりとグッズをディスプレイし、まるきりコレクションルームの様相だ。
ベッドの上の壁に設置した黒いフレームに入れたポスターに映っているのは、もちろんユニフォームでプレーをする冴ちゃんだ。本棚は冴ちゃんが特集された雑誌でいっぱいで、中には日本語に訳されていないものもある。
他にもタオルやユニフォーム、ポストカードなど、置かれているグッズの種類を上げると枚挙にいとまがない。会えない間はこうして心の隙間を埋めているのだと、よりによって本人にバレてしまい、じくじたる思いだった。
「…どうする?今からホテルをとった方がいいかな」
「いや、いい。お前がどれだけ俺のことを好きなのか、よくわかった。驚きはしたが気にはなんねぇよ。こういうのは俺の顔した他人みたいに見えて、いまいちピンとこねぇし」
言いながらバッグを床に下ろし、クーラーの冷風のよく当たる位置にあるソファに座ると、サッカーの専門誌を手に取りパラパラと捲り始めた。傍から見ると『糸師冴』がぐるりと冴ちゃんを包囲していて、奇妙で不思議で衝撃的な光景だ。
(冴ちゃんは『気にならない』と言ってくれたけど、シャワーを浴びている間にでも少し片付けようかな…)
本人よりもこちらの気持ちが落ち着かない。
(…でもすごくレアな状況だから、後で凛に送ってみよう)
スマートフォンのカメラを向けると、気がついた冴ちゃんは冷めた表情のまま、ピースサインを構えてみせた。その為、撮影した写真はますます面白い絵面になっていた。
*
多分、私の体で冴ちゃんの舌と指が触れたことのない場所は、もうほとんどなくなってしまったと思う。
(今日はまた一段と激しかった…まだ脚の間が熱くて変な感じがする…)
「あー…悪ぃ。加減できなかった」
「ん…だいじょうぶ…」
枕につっ伏してシーツによった皺を眺めながらうとうとしていると、後始末を終えて戻ってきた冴ちゃんに気遣わしげに髪を撫でられる。
冴ちゃんが達する瞬間に全身の毛が逆立つ思いで息を詰めたので、反動で呼吸音が大袈裟に、荒く響いていた。それが治まるにつれて、まるで泥の中に引きずり込まれるかのように、重たい眠気が忍び寄ってくる。
(セックスの後って、何でこんなに眠くなるのかな…)
「おい、裸で寝るな。体冷やすぞ」
「ん〜…冷房を弱めればいいのに…日が当たらなければ、もう大分涼しいよ」
「気温よりも湿度が問題なんだよ。いいから服を着ろ。風邪ひくだろうが」
起き上がりたくなかったが腕を引っ張られて、渋々ベッドのふちに腰を下ろした。のろのろと下着をつけ、肩にかけてくれたパジャマに袖を通している様子を、隣からまじまじと見つめられているのに気がついて「すけべ」と冗談っぽく笑いかける。
「…来週あっちに戻る。発つのは平日だから見送りには来なくていい。仕事、頑張れよ。サボったら承知しねぇからな」
それは唐突で脈絡のない分、残酷で一方的な宣告に聞こえた。
もともと一ヶ月の期限付きの帰国だ。今日の時点であまり時間が残されていないのは、わかりきっていたことだった。
(何だか、却って何も思い浮かばないな…)
胸の真ん中がぽっかりと抜け落ちた感覚があった。こみ上げてくるものは全てその穴から流れ落ちてしまったのではと思う程に、体の内側が空虚で寒々しい。「そうなんだ」と感情のない私の声が答えるのを、他人事のように聞いていた。
「平気そうだな」
「わかんない…いきなり言われたから実感が湧かないのかも。泣いて欲しかった?」
「別に。何も期待しちゃいねーよ」
冴ちゃんは短く言って寝間着代わりにしているティーシャツとスウェットパンツに着替え始める。それでこの話は終いなのだと察した。私も自分のパジャマのボタンをかける作業に戻る。
(気まずくなるのは予想できるだろうに、今話したのは何故なんだろう…)
この家を出る時にでもさらりと言ってしまう方が、あと腐れがないように思えた。
ふいに思い立って聞いてみようとしたが、着替えを終えた冴ちゃんは、さっさとタオルケットに潜り込んでしまった。眠そうにあくびをするのを見て、今夜はこれ以上、込み入った話をするのはよそうと、倣って隣に寝転ぶ。
「体温高すぎ」
「冴ちゃんは体が大きくなりすぎ」
シングルベッドに寄り合うと、温くて湿った肌と出っ張った骨があちこちでぶつかった。この部屋には涼みに来たのに、ずっとくっついている。普段よりも設定温度を下げて風量を多くしたクーラーが、ごうごうと唸って空気を乾かしていた。
*
翌朝は早くに目が覚めた。汗をかくどころか足首や肩のあたりが薄ら寒い。タオルケット一枚を二人で使うのはやはり無理があったかと、先に起き出して体を温めることにした。
換気のために小さな突き出し窓を開けたままにしておいた浴室は、雨上がりの朝の匂いが立ち上っていた。軽い掃除を終えて窓を閉める際に伸び上がって外を覗いてみると、澄んだ金色の日差しが北の空にかかる薄い雲を明るく照らしており、今日は晴天になることが見通せた。
眼下に広がる住宅街は静まり返り、遠くの方にのんびりと犬の散歩をする人影がある。頬を撫でる空気はやや湿り気を帯びながらも程よく冷えており、秋めいて清々しい朝だった。
(休日にしては珍しく早起きをしたし、シャワーじゃなくてお湯を溜めようかな)
朝風呂とは中々どうして、乙な思いつきに思えた。いそいそと浴槽に湯を溜めて準備をする。
途中、遮光カーテンが閉まった薄明るい部屋の様子を見に戻ったが、ベッドの上はまだこんもりと高く、身じろぎする気配もない。寝入っている冴ちゃんを起こさないよう音を忍ばせてリビングを後にした。
久しぶりに手足を伸ばして熱い湯に浸かってみると、思わず頬が緩んでしまう。うなじを浴槽のふちにつけて、ゆったりと湯気の立ち上る天井を仰ぎ見た。先ほどよりも高くなった陽が窓を通して光の帯を作り、蛍光灯を点けなくても浴室内は十分に明るかった。
「入るぞ」
外で突然、声がした。驚いて湯船の中で身を起こして振り向くと、私の返事を待つことなく戸が開け放たれ、そこに冴ちゃんが立っていた。
既に裸で、非の打ち所のない肢体を白んだ朝の光に昂然と晒している。局部を隠すこともせず、大股で堂々と敷居を跨いだ。
「な、何で入ってくるの!」
「風呂なんか今さらだろ。昔よく一緒に入っていたじゃねぇか」
「小学生の、しかも低学年まででしょう!」
「はー…こんなところばっか自我が強くなりやがって」
盛大にため息をつかれるが、そんな性差の認識が曖昧な頃の話を引き合いに出されても困る。
冴ちゃんとセックスをするようになっても、私にとって成人男性の体のことはまだまだ未知の領域だった。最中は照明を落として暗いし、じろじろと見るのは失礼な気がしていたので、明るいところで前触れもなく目の当たりにした衝撃でつい口調が荒くなる。
「とにかく、私はすぐに上がるから交代で…」
「往生際が悪ぃな。『何でも』はどうした」
「う…!ずるいよ、もう…」
それを言われると弱い。すごすごと浮かしかけた腰を下ろした。
(冴ちゃんみたいに完璧だったら恥じ入る必要はないのだろうけど…)
せめて自分の体をなるべく隠そうと、顎まで湯に沈み、脚を折り畳んで膝を抱え、恨めしい思いで洗い場を使うのを横目で眺めていた。やがて背中側の空いたスペースに冴ちゃんが沈み、お湯の嵩が増えてもそうして湯船の隅に縮こまっていた。
「俺がこうやって後ろに居れば済む話だろ」
「………そう、かもしれないけど…」
むくれている時間が勿体ないような気はするものの、浴槽に肘をついて拳で顎を支えるポーズの尊大さを見れば、未だこの場の主導権が冴ちゃんにあるのは明白だ。昨日から押し切られっぱなしのこちらとしては、すんなりと従う気にはなれなかった。
「…変なことしないでね」
「あ?」
ふくれたい気持ちもあったので牽制のつもりで忠告する。すると両脇から手がまわり、胸のふくらみを持ち上げられた。え、と声を上げる間もなく背中のすぐ傍で声がする。
「不能扱いすんな。こんな据え膳、食わねぇ方がどうかしてる」
*
(結局こうなるんだから…)
文句を言おうにも、濃厚なキスと愛撫ですっかり腰がくだけていた。閉じた脚の隙間に忍び込んだ指は、お湯とは明らかに違うぬめりを掬いとり、その根源へと伸びている。
「…二本、入った」
「そういうの、言わないでってば…」
もう十分気持ちいいのに。お腹に食い込んだ大きな手の先で中を擦られると、ゆるゆるに蕩けて、さらに熱くなるのがわかる。
「も、止めてっ…」
「聞こえねぇ」
明るい場所で自分の体が侵されているのを目の当たりにして、口では恥ずかしがっているくせに、目を伏せるだけで視線を逸らすこともしない。冴ちゃんはきっと、そんな私の浅ましさを見透かしている。いいところを刺激されながら、体も心も全て丸裸にされている事実に、急激に昂ぶるのを感じた。
「んっ…!〜〜〜ッ」
体が大きく跳ねた。湯波が浴槽に高く打ち上がり、厚いふちを越えて洗い場にびしゃりと叩きつけられる。
(すごい…ふわふわする…)
「早ぇな」
全身から力が抜け、前方へと倒れ込みそうになるのを両腕で抱きとめられる。後ろから聞こえる冴ちゃんの声音はいつも通り淡々としていたが、軽く面白がるような響きが含まれていた。
まともにとり合う余裕はなく、膝立ちのまま狭い浴槽で寄せては引く波に揺られていると、支える力が緩められ、ゆっくりとお湯の中に座らされる。
抜け目なく携行していた正方形のパッケージを開ける音がした。
「…騒ぐなよ」
「え?わ…っ」
「お前も慣れてきているし、かなり解したから痛くはねぇだろうが…何せ初めての体位だ。意識して力を抜け」
冴ちゃんは指導者の口調できびきびと言い放つと、ぐいと私の腰を掴んで引き上げて、再び膝立ちの姿勢にさせた。お湯の中とはいえ、つき出したお尻が丸見えになって、かなり恥ずかしい。
制止する間もなく尖端が埋め込まれた。具合を確かめるように二、三度、ゆったりと突かれると、甘い痺れがじわじわと足のつま先に向かって広がっていく。
「はぁっ…ひ、ん!ッ…、あ〜〜…!」
それから一気に最奥まで貫かれた。痺れは細く鋭い一閃の電流となって体中を駆け巡る。仰け反った喉から悲鳴に似た喘ぎが迸った。
(何か、大っきい…?)
精力は昨夜のうちに使い果たしたのだろうと推察していたのだが、むしろパンパンに張って大きくなっている気がする。強張りにぎっちりと隙間なく満たされて、苦しいくらいだ。
(…それに、いつもと違うところに当たっている、かも………)
「すげー奥まで挿入ってる」
「待って、冴ちゃん。これ、絶対ダメだから…本当に、ちょっと待って」
「あ?ダメって何だよ」
「あ、う…奥、ぐりぐりしないで、ぇ」
私の嘆願をものともせず、冴ちゃんは張り合うように腰を揺らし、容赦なく尖端をなすりつけてくる。
(冴ちゃんの先っぽと出っ張りがいっぱい当たって、頭おかしくなりそう…)
「っ…いきなり、締めんな。そういう時はダメじゃなくて、気持ちいいって言うんだよ」
「ひゃ、ぅ…!」
ゆっくりと引き抜かれて背筋がぞわりとした。
「!あ、んッ」
そして勢いよく叩きつけられる。鋭い痛みに似た、でもそれとは明らかに違う快感が脳天を貫き、視界にちかちかと星が瞬いた。
それから両手で腰を掴まれ、ひたすら突き上げる律動が始まり「締めるな」と言われても、と文句を言いたくなった。弱い所ばかりを集中的に、続けざまに重く攻め立てられれば制御が効くはずがない。肉棒全体に吸いつくように、中が狭くなっているのがわかる。
その狭窄に逆らい、繰り返し押し開かれると一層強く擦れ合って、ただ快楽を享受するだけの器に成り下がってしまう。
「ぁ…冴ちゃ、…気持ち、ぃ…は」
「………お前な…」
「、あッ!待って…早、あぅ…ふ…!」
せめて率直であろうと、教えられたとおり「気持ちいい」と口にすると、その言葉を皮切りに中を抉る強打が一気に粗暴になった。動きの激しさに耐えかねて崩れるように浴槽のふちにつっ伏す。
びちゃびちゃと湯が跳ね回る音が絶え間なく狭い浴室に響いている。大きく揺れる湯面を見下ろしながら、その実、私の目には何も映っていなかった。真っ白なはずの浴槽の壁や底が、うっすらとピンクに染まっている気さえした。
「あ、冴ちゃ…も、」
「っ…、出すぞ」
「ひぁ…!」
絶頂に達する瞬間に、ごぷ、とお腹の中で一際深い水音が響いた。勢いよく最奥に噴射され、どくどくと生々しく脈動しているのを感じる。
全てを出し切ったのか、震えのおさまった冴ちゃんは何も言わずに腕をまわし、私の体を強く抱きしめた。そして恍惚の境地に浸る私の顎を掴んで振り向かせると、お互いの荒い息吹を交わす濡れそぼったキスをした。
*
朝ご飯は冴ちゃんが近所のコンビニで買ってきてくれた。曰く「中途半端に自炊するよりも、栄養価のコントロールがしやすい」らしい。
冷房と扇風機だけでは足りず、ハンディファンまで持ち出して事後のほてりを冷ましている私としては、朝食の準備をする必要がなくなるのはありがたかった。はっきりとは言わなかったが多分、気をまわしてくれたのだと思う。
サラダやカットフルーツを分け合いながら今週の出来事を話し、来週はもっと忙しくなると言おうとして、不意にこみ上げるものに気がついた。
昨夜のように何事もなく、むしろ笑ってやり過ごすつもりだったのに。涙はみるみる目に溜まり、光の粒となって零れ落ちる。
「…笑ったり泣いたり忙しいヤツだな」
「うん…冴ちゃんは来週の今日にはいないんだって…これでしばらく冴ちゃんと一緒に寝たり、朝ご飯を食べたりできないと思うと、急に」
出国の日程を聞いた時から自分の気持ちを掴めずにいたが、ついに悲しみに追いつかれたのだと悟った。
(冴ちゃんと離ればなれになるのは今まで何度も経験してきた。なのに全然慣れない。どうして毎回、こんなに苦しいんだろう…)
「…お前、やっぱり俺のところに来いよ。部屋は余っているし、当面の生活も面倒みてやる。仕事だっていずれ独立してやるつもりなら、あっちの環境や事情を知るのに、早いに越したことはねぇだろ」
びっくりして、すぐに言葉が出てこなかった。呆然と見返すが、少し前まで他愛のない会話を交わしていたことが嘘のような、ごまかしのない真剣な光をたたえたまなざしだった。
あの糸師冴が先の発言を違えようとしている。そしてその内容は、ここでたった一度頷くだけで私が長年欲した全てが手に入るという、たまらなく魅力的な提案だった。
「…どうしたの?昨日と言っていることが全然違う。それに、この間は『あっちでも一人でやっていけるくらいの実力をつけてから来い』とも言ってたじゃない…前言撤回なんて糸師冴らしくないよ」
「その俺が自分の信念を曲げてまで『今すぐ来い』っつってんだよ。お前は普段のんびりしているくせに俺のことになるとめそめそするし、こうして俺の偶像に囲まれて寂しさを紛らわせているのを知って、易々と置いていく気になれるか」
再三の申し出にも関わらず私がまだ二の足を踏んでいるのを感じとり、冴ちゃんは少し苛立ったようだ。床にあぐらをかいて座り直すと背中を丸め、膝に頬杖をついて渋面を作り、目の前のテーブルのへりに答えが書いてあるかのように睨みつける。
その様子を見て私の泣き言とこの部屋の有り様は、意外と彼を大きく動揺させていることに気がついた。達観した物言いと常に業界を先達してきた実績に目が眩み、こと恋愛においては同年代らしく直情的で結論を急ごうとする糸師冴の実像を見誤っていたのだと、認識を改めざるをえなかった。
(駄目だ…ここで私が挫けたら、きっと後で悔やむ結果になる…何とか冴ちゃんを説得しないと)
心の中で言い聞かせて、大きくひと呼吸してから口を開いた。
「冴ちゃんが私のことを思いやってくれるのはうれしいけれども、やっぱり今は行けない。国内ですら闘える武器のない私が、何のつてもない外国で上手くやれるとは思えないもの…」
言ってしまってから自分があまりにも無力でちっぽけであることが身に沁みて、悔しくて再び泣き出しそうになった。
しかし泣いてしまえば連行に応じるか、きっぱりと決別をするかの二択を迫られるだろうと直感が働いた。それが冴ちゃんの駆け引きのやり方だということもまた、長く付き合ううちにこの身によく沁みていたのだ。
慌てて瞬きを繰り返し、まつ毛にかかる涙を追いやる。そっと呼吸を整えて、気持ちを励まし奮い立たせた。
「今行ったら絶対に甘えちゃう。冴ちゃんは当てにされるのが嫌いだから、そんな私のことがいつかうざったくなる。そしてすっぱり縁を切られて、異国の地で路頭に迷うの。そんな未来が火を見るよりも明らかなのに、のうのうとついて行けないよ」
「…お前の中の俺は、とんでもなく冷たい野郎だな」
「でも、そうならないって否定できないでしょ。どう?」
冴ちゃんはテーブルの上にある飲み差しの牛乳パックを見つめてやや思案した。
「………道端に放り出したりはしねーよ。無事に帰国させるまでは、責任持つ」
「それ以外は認めるのね」
「あー…まあな。概ね、認めてやる。俺は試合で最高のプレーをすることが第一だし、いつまでもお前の事情に合わせて一緒に暮らせるような度量はねぇよ」
ばつが悪そうに頭をかいてこちらを見やる冴ちゃんの視線は、先ほど感じた剣呑さが希薄になっていた。平時の冷静さを取り戻しつつあることにほっとしながらも、この機を逃すまいとひどく焦ったので、座っているのに躓きそうな勢いで身を乗り出す。
「お願い、冴ちゃん。私に時間をちょうだい。待ちくたびれているのも、私のことが歯がゆいのもわかるけど………これで終わりだなんて、言わないで…」
混乱の渦の中で、いつの間にかここで離れることと縁が絶えることが同義になっていた。
我慢に我慢を重ねて必死になって言ったが、ついに限界がきたと思った。困らせるだけだとわかっていながらも本格的に泣き出してしまう。たまらず両手で顔を覆った。暗くなった視界に、目を丸くした冴ちゃんの顔が焼きついていた。
「言わねーよ、バカ。さっきのは、もしもの話だろ。突っ走んな」
頭のすぐ上で声がした。両肩から背中にかけて腕がまわされ、身じろぎもできないほどきつく抱きしめられる。泣いているのを慰めるにしては力が強すぎて、掴まれたところが痛むくらい締め上げられて、嗚咽どころか呼吸まで止まってしまいそうだと思った。
そうして頬を寄せたシャツの布越しに、自分よりも高い体温を感じた。意外と速いリズムを刻む、大きな拍動と息づかいにも気がついた。
(裸じゃないのに、冴ちゃんの存在が近くに感じられる…)
人肌は波立った心を徐々に落ち着かせてくれた。泣くな、と言わずにいてくれるおかげでもあった。
力まかせの窮屈な抱擁は不器用な愛情の表れなのかもしれない、と考える余裕も生まれていた。たとえ幼少期を兄妹のように過ごし、お互いのことを何でも承知しているつもりでも、こうして距離のとり方を試行錯誤し、気持ちを確認する機会は必要なのだろう。しみじみと思いながら手で自分の顔を拭う。
「俺の生き方は排他的に見えるんだろうが、誰か一人くらいは傍にいて欲しいとも思ってる。でなきゃこんな極東の地に何度も通わねぇよ」
「その『誰か』が、私ってこと?」
「…他に誰がいるんだよ………あークソ、恥ずかしいこと言わせんじゃねぇ。この、鈍ちんが」
ぺしん、と肩を軽くはたかれた。少し顔を傾けてやっと見上げた耳の先が、仄かに赤い気がする。
「大体お前は外見ばっかり成長しやがって。抱っこで泣き止むところなんか、ガキの頃から全然変わってねーじゃねぇか」
「だって、すごく気持ちよくて安心する…冴ちゃんは気持ちよくない?私とぎゅってするのは、泣き止ませるための手段にすぎないの?」
「ば…!………ああ、気持ちいいさ。これで満足かよ。お前は俺を辱めて楽しいのか。案外いい趣味してんな、不良娘」
照れ隠しなのか、本気で頭にきたのか。あるいはその両方か。つき放すような物言いに鋭さが増した。
自分だって散々恥ずかしいことを私に言わせようとするくせに、とも考えたが、これ以上話の本筋が逸れるのは避けたかったので口には出さなかった。冴ちゃんの方もそれは同じらしく、ふいに体を離すと差し向かいに居直る。
近くの窓から射す秋色の日差しが端整な容姿に濃く長い影を作っていた。
「二年だ。それ以上は待たねぇ」
冴ちゃんはきっぱりと言い切った。その言葉の短さが覚悟を固めたことの表れであり、強い意志がひしひしと伝わってきた。
(いくらこれまでの結びつきがあっても、冴ちゃんが『傍に来い』と望んでも、目先の欲に駆られて現状に甘んじるようでは、私達の関係は長続きしないことを確信したんだ…)
軽口を叩いた後なのに、冴ちゃんの深刻そうなしかめ面は少しも緩んでおらず、瞳の奥は冷ややかだった。私に注がれるまなざしに熱はなく、正真正銘の最後通告であることを静かに知らしめている。
「…わかった。それでいいよ。私が目指すものと、やるべきことは変わらないもの。期限付きの方が燃えるし」
以前より引き締まる思いで大きく頷いた。とっくに涙は乾いていたが、手の甲でもう一度、ぐいと目元を拭って、冴ちゃんの気迫に負けじと見返す。
冴ちゃんは微かに表情を和らげて何か言いかけたが、結局は無言で再び腕を伸ばし、私の頭の後ろを手で押さえて抱き寄せた。泣きたい気分はとっくに去っていたのに、私もそれを受け入れた。
網戸を通してさらさらとレースのカーテンを揺らす風が、夏服から覗いた肌に涼しい。こうして身を寄せ合うのが心地いい季節になったのだと、冴ちゃんの腕の中で時の移ろいを感じ取っていた。
*
先週末に申し合わせた通り、見送りには行かなかった。それでも仕事に励みながら、ふと手が空いた時に会社の窓のそばに佇み、そびえ立つビルの隙間に機影を探さずにはいられなかった。
(最後まで、お別れを言わせてもらえなかったな…)
またね、と言おうとしたら、すかさず「向こうに着いたら電話する」と被せられたのを思い出した。
冴ちゃんなりに私と離れることを惜しんでいるのかもしれない。はっきりと否定されるまでは自惚れていようと思っている。
自分のデスクに戻ろうと歩き出したところで、ポケットの中でスマートフォンが震えた。取り出してディスプレイを見るとLINE着信の表示が出ている。
【目処が立ったら約束の二年を待たずに来い。後悔はさせねぇよ】
冴ちゃんらしい催促に苦笑しながら、続いてメッセージに添付されていた写真を何気なくタップして、息を飲んだ。通路の脇でいきなり立ち止まった私を、社員が怪訝そうな顔をしながら追い抜かしていく。
写真には濃紺のビロードのケースに収まった銀色の指輪が映っていた。中央の台座にはめ込まれた白とも透明ともつかない高貴な輝きを放つ石は、多分本物のダイヤモンドだろう。
驚いた点はもう一つあった。背景が私の自室のテーブルなのである。その向こうに映った冴ちゃんのポスターが貼られた壁や、グッズをぎっしりと並べた棚は間違えようもなかった。
【失くすなよ】
ぽこん、と写真の下に吹き出しが追加された。
(格好つけすぎだよ…もう…)
急に涙がにじんできた。今すぐ空港に走って行きたくなった。
(でも、冴ちゃんと離れる時間があったから、できるようになったことがある。進んで挑戦しようと思う気持ちも、知った感情もある…この猶予期間で、私自身がもっと成長すると決めたんだ)
今は冴ちゃんのいない場所に、一人で立っていることを誇るべきなのだと思った。
【失くさないよ。一生大切にする】
震える指で返信を打つ。送信ボタンを押した後で、雫がぱたぱたと音を立てて、誓いの証が映る画面に落ちた。
それを拭ったハンカチを握りしめ、二年後という近い未来には必ず二人で肩を並べるのだと、強い決心と共に遥か上空のうろこ雲をふり仰いだ。
Posted on 2023.10.28
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