糸師兄弟の幼馴染
糸師冴
海外について来て欲しい24歳と社会人なりたての22歳の幼馴染。一時帰国をきっかけにやっと始まる恋の駆け引きの夢話。
【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。
目次
本編
2023.05.07
2023.05.07
2023.06.02
2023.06.02
2023.10.13
2023.10.28
2024.02.10
2023.12.08
高校生編
冴→18歳、幼馴染→高校生16歳です。
2023.09.01
2023.09.22
海外について来て欲しい24歳と社会人なりたての22歳の幼馴染。一時帰国をきっかけにやっと始まる恋の駆け引きの夢話。
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2023.05.07
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2023.10.13
2023.10.28
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2023.12.08
冴→18歳、幼馴染→高校生16歳です。
2023.09.01
2023.09.22
誕生日のごちそうの大皿があらかた空になってしまうと、大人達はキッチンカウンターに寄せたダイニングテーブルの上を片付けた。そしてアルバムやアプリの写真を眺めながら、しみじみと思い出を語り始める。
(つい一ヶ月前の凛の誕生日でも昔を振り返っていた。私の時もそうだ。同じような話ばかりで飽きないのかな…)
糸師家と我が家の付き合いは長く、子どもは全員幼稚園から一緒だ。さらに今は同じ小学校に通っている上にクラブチームにも所属しているので、一年のほとんどを一緒に過ごす。そのため、こと子どもに関わる思い出話はここ数年で変わり映えしないのだ。
自分の分のケーキを食べ終えてしまうとそんな大人の輪の中にいるのは手持ち無沙汰でしょうがなく、父の膝から下りてテレビの前へと戻った。「いちごがいっぱいのところがいい」とケーキの取り分を主張しに行った際に捕まっただけで、私の席は本来そこにある。私が糸師家を訪問した時は冴ちゃんと凛と三人でローテーブルを囲むのが習慣になっていた。
そのテーブルの上に手をつけられた様子のないケーキが一つ、ぽつんと放置されている。
「あれ、食べないの?冴ちゃんの分だよね」
「俺はいらねー。食いすぎると明日のコンディションに響くし。好きなら食っちまっていいぞ」
今日の主役である冴ちゃんはソファの背にもたれてパーカーのポケットに手を突っ込み、退屈そうに室内用のサッカーボールを足裏で転がしていた。凛はカーペットの上にべた座りをし、空の皿を抱えたまま口を開けてバラエティ番組に夢中になっている。
どこに座ろうか迷い、立ち竦んでいると冴ちゃんが少しずれて場所を空けてくれたので、隣に並んで腰を下ろした。
同級生の凛とは違い、冴ちゃんの横は少し緊張する。何せ海沿いの小さな町にセンセーションを巻き起こした有名人だ。大人はこぞって彼の身体能力を褒め讃え、最近ではテレビ局がクラブチームでの練習の様子を取材に来ていた。
そうして常に輪の中心にいるのに、自分を取り囲む騒ぎを冷めた目で他人事のように眺めているのは、年の近い子どもとしては異質に思えてならなかった。うちの両親は「冴くんは達観している」といたく感心している。
「明日、何かあったっけ」
「体育。サッカーじゃねぇけどな」
しかし話し始めてしまえば案外気さくで他愛のないお喋りにも応じてくれるのが冴ちゃんだった。話しかけられて少しは退屈がまぎれると思ったのか、捏ねていたボールをつま先でぽんと跳ね上げ、両手で受け止めて私の方を見る。
「体育って…冴ちゃんなら余裕で一番でしょ。せっかく用意してもらったケーキなのに食べないなんてもったいないよ」
切り分けられたケーキには『お誕生日おめでとう 冴』と書かれたチョコレートのプレートが添えられている。特別な日の、特別なごちそうだ。それをあっさりと人に譲れる冴ちゃんは、やっぱりどこか変わっていると密かに思った。
「はい。どうぞ」
頑なにボールを離そうとしない冴ちゃんの代わりにテーブルの上の皿を取った。それでもなお手を伸ばさないので、フォークでケーキの穂先を小さく切り分けて掬い、口元に近づける。食の細かった頃に両親がこれをしてくれた時は満腹でも不思議と食べられたので、少しでも食べる気になってくれればと自然に体が動いていた。
「…一口でいい。あとはお前にやる。俺にそこまで言うんだから全部食えよ」
ぱくん。冴ちゃんはいきなりフォークを持った私の手を掴んで、ケーキを口に含んだ。重ねられた手の温度と間近で伏せられた濃く長いまつ毛が、胸の奥に音を立ててくっきりと焼きついたのがわかる。かあ、と顔が熱くなった。
「甘ぇ」
冴ちゃんは先の宣言通り、その一口だけで舌を出して顔をしかめると、ボールを抱えて自分の部屋がある二階へと退散してしまった。
(…このまま食べたら、間接キスになるのでは)
あの糸師冴が私の手からケーキを食べた。その衝撃がいつまでも私を打ちのめし、しばらく呆然と膝の上の皿を見下ろす。視線はケーキの脇に転がったフォークに据えられて固まっていた。
彼の性格上、てっきり拒絶されると予想していたし、そうなればすぐに引き下がる心積もりがあったので、なおさら驚きは大きかった。
「それ、食べないなら俺がもらうけど」
いつの間にか凛がこちらに顔を向けている。画面がCMに替わり、興味が削がれたらしい。
「で、でも私がもらったものだし………ゆっくり、食べようかな…」
「…ふぅん」
動けなくなるほど動揺し躊躇っていたのに、何となく渡す気になれず、手元の皿を持ち直して引き寄せる。凛は大してこだわった様子もなく、ふわぁとあくびをすると冴ちゃんの後を追って二階へと上がっていった。
今度こそ誰も見ていないことを確認し、後ろめたさにどきどきしながら同じフォークでケーキを食べる。
(何だかさっき食べたのよりも甘い、かも…)
大好きな店の商品で何度も食べたことのあるごく一般的ないちごのショートケーキだ。慣れ親しんだ味のはずが、今はフルーツの酸味が薄く、まるで蜂蜜をかけたようにとろりと甘ったるく感じる。
生クリームよりも粘度の高く濃いそれが喉を通り、体の中に流れ込んできて、生まれて初めてむせ返る感覚を知った。でも、どんなに苦しくても頬張ることをやめられない。他の誰とケーキを分けても、恐らくこうはならないだろうと想像できた。
冴ちゃんは私にとって特別な人なのだと認識したのはこの時だった。いちごのケーキは初恋の象徴として、しっかりと記憶にしみついてしまった。
*
*
仕事帰りに冴ちゃんの滞在しているマンスリーマンションに寄ってみると、丁度帰宅したタイミングだったらしくラフな出で立ちで寝室から出てくるところだった。例のごとく呼び鈴を鳴らさず鍵を開けて入ったのに、まるでここで毎日同居しているのかのように前置きなく、ごく自然に袋が差し出される。
「もらいもんだが、どうせ俺は食えねぇから。お前にやる」
「ありがとう。でも本当に私がもらっていいの?このパティスリーって今すごく人気なんだよ。ほら、先週テレビで特集されているのを一緒に観たよね。くれた人は長い行列を並んで買ったんじゃないかな」
「さぁな。糖質と脂質の塊をアスリートに贈る奴の事情なんざ知るかよ」
受け取るには受け取ったが、贈り主の配慮が足りていないことを少し怒っているらしい。断り辛い相手だったのだろうか。
不思議に思いながら袋の中を覗くと、箱との隙間に小さなカードが挟まっていることに気がついた。紙の端まで綺麗な飾りが印刷されてるのが見えて、店のリーフレットだと思い、摘んで引っ張り上げる。
(…『冴さん 少し早いですがお誕生日のお祝いです』)
カードには線の細いペンで書かれた、整った文字が並んでいた。
「…このケーキ、女の人から誕生日プレゼントとしてもらったんだね」
「あ?」
「ごめん、お店のだと思って見ちゃった。贈ってくれた人の名前と連絡先が書かれたバースデーカードが入ってたよ」
「…俺はいらねーって言っただろ。お前にやったんだから、お前の好きにしろよ」
「冴ちゃんに宛てたメッセージなんだからそういう訳にはいかないでしょ。それに、いらないとは言ってなかったし」
手のひらに載せてなおも強固に差し出すと、冴ちゃんは渋々といった調子でカードを受け取った。そして一瞥もくれることなくゴミ箱に破り捨ててしまう。
このご時世に手書きのカードなんて気持ちのこもったものを、こうもあっさり捨てられるとは。相変わらず他者から向けられる好意に全く関心がないようだ。ほっとしたような心配なような、複雑な気持ちになった。
(そっか、誕生日…今渡さないと、もう直接渡せる機会は当分ないのか)
加えて魚の小骨のように胸に引っかかったのは、十月には彼はもう国内にいないのだと知らしめられたことだ。
『結婚とか移住とか、今すぐは無理』
じわりと陰るものはあるが、仕事とやりたいことを理由に冴ちゃんの申し出をきっぱりと退け、保留としたのは他でもない自分だ。その私がまたしばらく離ればなれになるのを寂しがって悲観的になるのは道理に合わないと思った。
(私、本当に勝手だな…)
ため息を飲み込んでカップボードの上でケーキの袋を片付け始める。紙箱がよく見るタイプのものとは異なり、開けるのに手間取っていたので、すぐ傍に冴ちゃんが近づいてきていることに気がつかなかった。
「わっ、ちょっと待って。ここ、キッチンだよ」
「遅ぇんだよ、お前は。…待ちくたびれた」
冴ちゃんは後ろから私の体を閉じ込めるように両腕で挟んでカップボードの縁に手をついた。鼻先が髪筋をかき分け、耳に唇が寄せられるのがわかる。吐息を吹きかけられて、ぞわりと肌があわ立った。
ここはキッチンで場所が適さないとか、シャワーや夕飯がまだとか、ケーキが溶けちゃうとか。そういった私の主張は、やっと訪れた週末の逢瀬の前では些末なことなのだと、長いキスがなぎ倒していく。覚えたての快感を今共有したいのだと、欲張りな王様が言葉もなくその瞳で告げていた。
*
終わった途端、急に限界がきて前後不覚に眠り込んでしまった。次に目を覚ました時には深夜に差しかかっており、終電の時刻であることを確認して自宅に帰るのは潔く諦めた。いつ冴ちゃんのところに外泊してもいいように、替えの下着を持ち歩いているなんて父が聞いたら卒倒しそうだと、ちらりと考える。
隣で深く寝入っている様子の冴ちゃんを起こさないようそっとベッドを抜け出し、クローゼットから一番シンプルなシャツを借りてシャワーを浴びた。疲れと汗を洗い流し、着替えを済ませて人心地がつくと、今度は空腹であることが気になった。
ここに泊まるのは二度目なのでキッチンの勝手はわかる。しかしさすがに断りなく食糧に手をつけるのは気が引けて、いつの間にしまってくれたのか冷蔵庫内に移動していた件のケーキを食べてしまうことにした。
(わー…かわいい…。一人用のミニショートケーキだ)
カップケーキ大の円柱にクリームがたっぷりと施され、尖端を上向きにしたいちごが一粒乗せられていた。横から眺めると火を灯したキャンドルのようにも見える。誕生日にうってつけに思えて、感心してしばらく見惚れてしまった。
「…夜中によく食えるな」
「夕飯を食べ損ねてお腹が空いたの。賞味期限は今日中だし、もったいないから」
顔を上げると、上半身裸の冴ちゃんがリビングに置かれたスタンドライトを点けるところだった。くぁ、と無防備にあくびをするのが暖色の明かりに照らされる。
キッチンカウンターをまわってケーキを運び、冴ちゃんに倣ってソファに座った。
「少し食べる?冴ちゃんもお腹空いたでしょ」
「いらねー。食わない方がマシ」
皿を差し出して勧めたが片手で退けられる。ついでに持ってきた水のペットボトルは「サンキュ」と短く言って受け取った。ごくごくと喉を鳴らして飲むのをケーキを口に含みながら、横から眺める。
スウェットパンツを履き半裸の冴ちゃんは、気怠そうにソファの背にもたれて両脚を投げ出していた。いつもは逆立てている髪がしんなりと柔らかく額に垂れて、それが子どもの頃の髪型に似ていて幼く見える。私の方は借りたシャツが大きすぎて肩は落ち、丈はむき出しの太腿の半ばにあり、ちぐはぐなワンピースのようなあり様だった。
お互いだらしない恰好で隣に並んでいることがうれしかった。気を許した恋人同士であることがしみじみと感じられる。
「…『何でも』は使わないの?」
「あ?何のことだ」
「ほら、高校の時に『貸し付ける』って約束したやつ。全然使わないから、もう六、七年分は溜まってる」
言いながら段々と私の中で脈絡なく話が進み、飛躍していることに気がついた。私からのプレゼントは是が非でも冴ちゃんの欲しいものをあげたいとか、渡せるのなら直接渡してしまいたいとか、もし本当に私について来て欲しいのならばここぞとばかりに『何でも』を使えばいいのではとか。いくつもの思惑が交錯してこんがらがっている。
冷静に見つめられて暴走をやっと自覚し、カーッと顔全体が熱くなってきた。
「…お前、毎年俺の誕生日には何かしら送ってくるじゃねぇか」
「そ、そうだけど…ホットアイマスクやお茶みたいな消耗品ばかりで味気なかったのは『何でも』があるって思い込んでいたからで…別にいらないならこのまま忘れて、ね?今度は何か具体的な物をプレゼントするから」
あからさまに慌てて早口で言い募る。一人で思い詰めて馬鹿みたいだ。
気まずさをまぎらわそうと、かき込むようにケーキを食べ始めた。一口目はすごく美味しいと感じたはずなのに、今は味なんて全然わからない。
「…『何でも』してみろよ」
「え…」
「そんなに溜まってるんなら一回分くらい試しに使ってみてもいいだろ。どの程度のことが叶うのかわかんねーし。恥ずかしいなら目ぇつぶっててやるから、ほら。早くしろよ」
どの程度も何も言葉のとおり、私ができる範囲で冴ちゃんの望みに応えられるよう人事を尽くすという意味なのだが。言及するよりも早く冴ちゃんは潔く目を閉じてしまう。片足をソファの座面に乗せて座り直し、背もたれに肘をついてこちらを向かれると、言い出しっぺとしてはいよいよ引く訳にはいかない気がしてきた。
ケーキの皿を置いて、ソファに膝立ちになって向き直る。体の下でギ、とスプリングが軋む音が夜更けの薄明るい部屋に響いた。ばくばくと激しく鳴る心臓の鼓動が伝わってしまいそうなくらい静かだ。
(綺麗な顔…)
随所に長い影の落ちる端正な造形は言うまでもなく、肌のキメが生クリームのように滑らかに整っている。
思わず見惚れてしまい、改めてその美しさに尻込みする気分になった。けれども、もう引き返せる場の空気ではない。
思い切って身を乗り出し、その頬に唇を落とした。両腕を首にまわしてもみたが、冴ちゃんが裸だったのもあり、恥ずかしくなってすぐに離れる。
目を開いた冴ちゃんは私が触れた片頬に手をやり、不満げに顔をしかめた。
「ガキくせぇ」
「し、仕方ないでしょ。恋をしたのもキスも…エッチも、全部冴ちゃんが初めてなんだもの…いくら子どもっぽくても、これが今の私の限界なの」
「…へぇ」
彼は私の言葉にまばたきを数度繰り返すと、何故か機嫌を転じた様子だった。瞳孔が開き、視線が面白がるようなものに変わったのでそれがわかる。
稚拙なキスがお眼鏡に叶ったのかは甚だ疑問だが、冴ちゃんはどきまぎする私を見て溜飲を下げたらしい。それ以上は何も言わずにソファから立ち上がると、バスルームへと歩いて行った。
(一応、喜んでくれたのかな…)
依然として居心地の悪い思いをしていた私は、その背中を見送ると、とりあえずほっとしてケーキを食べるのを再開する。どちらかといえば甘党だが、大きないちごの目が覚めるようなキリリとした酸味が、全身のほてる思いをした今はありがたかった。
「お前さ」
「?うん」
声に振り返ると戸口に冴ちゃんが立っていた。さっさとシャワーを浴びに籠もってしまったと思っていたので、少し驚いてフォークを口に運ぶ手が中空で止まる。バスルームの白い蛍光灯の明かりが秀でた全身の輪郭を照らし出していた。
「無理して先を急ごうとすんなよ。長い付き合いだし、これから数年離れたところで今さら俺の気は変わりようがねぇし。あっちでも一人でやっていけるくらいの実力をつけてから来い。中途半端だったら追い返すからな」
「…うん、精一杯やってみる。ありがとう」
その口調には内容にそぐわない気安さがあった。まるで明日の休日の過ごし方を提案するような、こちらの意表をつく淡白な口ぶりだった。だからこそ飾り気のない率直な本音なのだと理解し、すんなりと肯定して受け止めることができた。
「…すぐについて来いって言われるのかと思った。この間は『人生を委ねろ』とか、そういう感じだったし」
「『譲ってやる』って、もう言ってあるだろ。お前が俺を諦めないように、俺もお前を諦めない。信じろよ」
「…わかった。信じる」
私が頷くと冴ちゃんは微かに、ほんの少しだけ笑いかけたように見えた。そして踵を返し、バスルームの戸を閉める。
しばらくは無心でケーキを味わっていたがそれも終わってしまうと、両膝を抱えて天井を見上げ、冴ちゃんの言葉を思い返していた。そして今年の誕生日には何をあげたらいいのかを考える。その先にはクリスマスが控えているから、また別のプレゼントを探さないと。
各々の願望に留まっていた二人の未来が少しずつ寄り合って、やがて一つの形をとっていくのを噛みしめていた。
Posted on 2023.10.13
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