糸師兄弟の幼馴染
糸師冴
海外について来て欲しい24歳と社会人なりたての22歳の幼馴染。一時帰国をきっかけにやっと始まる恋の駆け引きの夢話。
【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。
目次
本編
2023.05.07
2023.05.07
2023.06.02
2023.06.02
2023.10.13
2023.10.28
2024.02.10
2023.12.08
高校生編
冴→18歳、幼馴染→高校生16歳です。
2023.09.01
2023.09.22
海外について来て欲しい24歳と社会人なりたての22歳の幼馴染。一時帰国をきっかけにやっと始まる恋の駆け引きの夢話。
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2023.05.07
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2023.10.13
2023.10.28
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2023.12.08
冴→18歳、幼馴染→高校生16歳です。
2023.09.01
2023.09.22
「ふむ」
我ながらイケているのでは。文化祭の出し物にコンカフェなんて準備の時はピンときていなかったけれども、いざ当日に衣装を着てみるとまんざらでもない。
更衣スペースの縦長の姿見に全身を映して一回転してみる。メイド服の白と黒のフォーマルなコントラスト。随所にあしらわれたたっぷりのフリル。そしてパニエで膨らませたスカート。ボリュームにやや不満のある上半身とサッカーで太ましく育った腿を隠すのに、意外にも都合がいい。さらに冴ちゃんとのデート、もといおつかいをきっかけに覚えたヘアメイクのおかげで普段よりもずっと淑やかな印象だ。
『ちゃんと女に見える』─冴ちゃんの無粋な感想を反芻してにんまりした。
もっとも会えば憎まれ口しか叩かない本人は外国にいて今日ここには来れない。誰よりも早く、真っ先に見せたかったのだが叶うはずもなかった。
寂しいけれども仕方ない。傍にいないのが当たり前の人を、この恋を選んだのは他でもない自分なのだから。
*
「絶対にドリンクの一杯や二杯、お客さんの頭にぶち撒けると思う」
胸を張って言う私に、モノクルをかけた給仕長コスチュームのクラスメイトは苦い顔をしながら手持ち看板とチラシを運んできた。模擬店は競合が多いので呼び込みが重要なのに、誰もやりたがらず困っているのだという。
この役割を進んで引き受ける人がいない理由はすぐにわかった。九月も後半に差し掛かったのに日差しには夏の気配が残っている。風を通しづらい生地のワンピースに厚手のタイツを合わせ、さらにエプロンを重ねた出で立ちは、機能性を二の次にしているため暑いのである。群衆の中でもこの恰好は目立つのでへばることもできない。
お昼をまわった頃に来てくれた後任は砂漠のオアシスに見えた。しかもペットボトルとお好み焼きの差し入れ付き。看板とチラシの残りを託し、ありがたく休憩に入ることにした。
北の校舎裏は教職員用の駐車場になっているので案の定、誰もいなかった。校内アナウンスも祭りの喧騒も雲の高い空に霧散して届かず、建物の大きな影に遮られて涼しい。コンクリートでできた基礎の出っ張った部分に腰を下ろすと幾重にも重なったスカート越しにお尻がひんやりとした。
(楽しいけれど、さすがに疲れたな…)
誰も見ていないのをいいことにペットボトルの水を豪快に煽り飲み、ほっと息をつく。空腹なのにお好み焼きのトレーを開けたまましばらくぼんやりとしていた。そのうち砂利を踏む音に気がついてはっと我に返る。
(誰かが近づいてくる)
決められた場所以外での飲食は禁止されているので急に焦った。トレーをビニール袋に戻して全身を抱え込んで小さくなり車の影で固く目をつぶる。しかし足音は無情にもすぐ傍で止まった。
「よぉ、サボりメイド。今日は一段と堅苦しい恰好じゃねぇか。あの真面目そうな片眼鏡執事くんは見かけによらずいい趣味してんな」
風に乗り、微かに漂ってきたこの香りを知っている。ほんのりとムスクの混じる甘い石鹸の匂い。媚びたところのない突き抜けるようなすっきりとしたベルガモット─間違えるはずがない。夕方の海辺で二度目のキスをした時に包まれた冴ちゃんのコロンの香りだ。
もう一度目を開くと、停められた車と車の間にしゃがんだ冴ちゃんが、薄い色のサングラスのレンズ越しに私を掬うように見上げていた。
「泣くのかよ」
「だって…」
会えるなんて思ってもみなかったんだもの。
こみ上げた衝動は涙となって拭う間もなく流れ落ちた。頬を伝う雫は顎を伝い、膝の上でエプロンを握りしめた拳に次々と落ちる。対峙した冴ちゃんは表情を変えることなく静かにそれを眺めていた。
ぬるくて弱いのが嫌いな冴ちゃんに泣き顔を見せるなんて、とんだ悪手だ。それでも長らく我慢をしていた分、堰を切って溢れ出した感情は簡単に止まりそうにない。
せめて顔を隠そうと両腕で庇うように覆い俯くと、頭の上から「しょーがねぇな」と呆れたような声が降ってきた。そんな弱虫はいらないと、いよいよ愛想をつかされるのかもしれない。そう思うと再会の驚きと喜びの下から、深く濁って塩辛い悲しみが一気にせり上がってくる。
「しょーがねぇな、お前は。ちょっとはマシになったと思ったのにいつまでも甘ったれで」
ぐいと頭が引き寄せられて額が分厚い胸にぶつかった。長い腕が背中にまわされて丸めた体ごと抱きしめられる。しゃくりあげながらコロンの匂いを肺いっぱいに吸い込んで、やっと息ができる気がした。
(冴ちゃんはぬるいのが嫌い、なはずなんだけどな)
びっくりして涙と悲しいのが引っ込んでしまった。
*
驚きが急速に抜け落ちると後に残ったのは混乱と戸惑いだった。胸元を握って縋るか背中を抱き返すべきか。どちらも選べずにひたすら縮こまって困惑していると、泣きやんだことに気がついたのか冴ちゃんはあっさりと身を引いた。
「もう平気か」
「う、うん…」
頷いたのに顎を掴まれて上を向かされた。澄んだ蒼色の瞳にしげしげと検分されて、今度は顔がほてって隠れたくなった。向き合った冴ちゃんは転んだ子どもを助け起こしたかのように平然としているので、なおさら恥じらいに染まった顔を晒すのが場違いに思えて焦ってしまう。
「だ、大丈夫だってば」
「あ?」
顎に添えられた手を掴んで引き離しにかかると、負けず嫌いの性分である冴ちゃんは張り合って指に力を込める。いよいよ二人の間にあるのは再会を喜ぶ恋人同士のそれではなく、通りがかりのカップルに「何やってんだ、あれ」「かわいー」と笑われてしまった。
校舎裏の車の影で掴み合う、サングラスをかけた若い男とメイド。その光景の異様さを想像して急に現実に返った。
「…本当にもう、何でもないよ。驚いたのとうれしいのがごちゃごちゃになっただけ。…いきなり泣いちゃってごめん。心配してくれてありがとう」
「…おう」
率直な謝辞を受けてやっと得心した様子の冴ちゃんはフンと鼻を鳴らして私を解放した。それからおもむろに膝に手をついて立ち上がり、駐車場の隅に設置された自販機の方へと歩いていく。
戻って来るまでの間に手鏡で素早く確認すると、泣いた後で目が赤くなってはいるものの、あとは抱きしめられたためか髪が少しほつれる程度で済んでいた。
そうして冷静になってみると決まりが悪くてしょうがない。彼が繁忙なスケジュールを押して寄ってくれたことは想像に難くなく、折角のイベントを台無しにしてしまい、先ほど謝罪した時以上に申し訳ない気持ちになった。
「あの…何か観に行く?演劇やダンスのプログラムがもうすぐ始まると思うんだけど」
「別にいい。お前を探すついでに校内は大体見て回ったし。俺はお前みたいに賢くねぇから研究の展示とかは訳わかんなかったけどな。わからないなりに日本の風土とか科学の実験とか、割と楽しめた」
話の内容を聞いて意外と早くから来校していたらしいことに驚いた。クラス毎の企画はもちろん部活や研究会の活動も盛んな学校なので出し物の数は多い。じっくりと巡っていたならば糸師冴に気がついた生徒や来校者もいただろうに、騒ぎにはならなかったのだろうか。
聞き出そうとしたがそれよりも早く、自販機で買った紙パックのいちご牛乳を差し出された。
「やる。好きだっただろ、これ」
「うん…ありがとう」
宥めてもらってばかりなのが気になったが、強い口調で促されるとばつが悪い手前、ありがたく受け取るしかない。隣に腰を下ろした冴ちゃんは自分の緑茶のペットボトルを開けると、これ以上は文化祭の話題を続ける気がないらしく本格的に押し黙ってしまう。長く伸ばした薄紅色の横髪をそよ風が穏やかに揺らしていた。
(…もし冴ちゃんが海外に行かなければ、こうして学校の片隅で共に過ごす日常があったのだろうか)
もらったいちご牛乳をストローで吸いながら想像しようとしたが上手くいかなかった。同じ中学校に通っていた凛の姿に置き換えようとしてみても、まず大人しく制服に袖を通す糸師冴がイメージできない。
(結局のところ私はどんなに寂しくても、会いたい時に会えなくても、並の尺度に収まろうとせず己の道をひた走る冴ちゃんのことが好きなんだ…天上の月に分不相応な恋をしているようなものなのに、こうして自ら隣に来てくれるなんて恵まれている)
その行動と言葉に少しでも報いたいと思うのは自然な心の動きに思えた。
「冴ちゃん、私に何かして欲しいことはない?」
「あ?」
「来月は冴ちゃんの誕生日だし今日はメイドだし、私にできることなら何でもしてあげる」
「…何でも」
「うん!料理はまだあんまりだけど、靴を磨くのと肩を揉むのは上手だってお父さんが言ってくれたよ。あとバイト代で賄える範囲であればプレゼントのリクエストも聞くし…ねえ、どうしたの?どこか痛いの?」
「いや………別に、どうもしねぇよ」
冴ちゃんはそう言うが珍しく歯切れが悪い上に大きなため息をつき項垂れてしまったので、体調が優れないのかと本気で心配になった。手を伸ばして腕や首筋に触れてみても特別熱くは感じない。この場合、保健室に行くのとマネージャーに連絡をするのとどちらが適切なのかを思案していると、冴ちゃんは唐突に顔を上げた。
「な、何…?」
無言で私の顔を穴が開きそうなほど凝視し、目を細めてじろじろとこちらの出方を窺うかのように見やる。サングラス越しの温度のない視線は平時とは違った迫力があり、そうされる理由がわからないまま気圧されて固まっていると、冴ちゃんはこれみよがしにもう一度深々と息を吐いて言葉を続けた。
「…とりあえず『何でも』は貸し付けておく。時機がきたら希望を伝えるから、そこでまとめて寄越せ。自分で言い出したことなんだ、絶対に忘れんなよ」
「えー、冴ちゃんの『まとめて』は壮大になりそう。私の手に負えるかな…」
「まあ、そこはお前の頑張り次第なんじゃねーの」
その言い方に含みを感じてきょとんとしてしまう。彼の中で望みは既に具体的な形をとっているようだ。何故教えてくれないのだろう。
追求する前に冴ちゃんは腕時計に目をやると、ペットボトルの蓋をきつく締め直して立ち上がる。それで帰る時間になったのだと悟った。
「じゃあな、不良メイド。サボりすぎて片眼鏡執事くんを困らせるなよ」
「あのねえ、今は正当な休憩時間であってサボっている訳じゃないの。…気をつけてね。マネージャーさんによろしく」
言いながら急に空腹を感じた。冴ちゃんが離れたことで日常が舞い戻ってきたかのようだった。
校舎の影の中を進みながら冴ちゃんは一度も振り返らなかった。彼は彼で、自分が身を置くと決めた世界へと戻りかけているのだ。多分もう、私が前後なく泣き喚いたところでこちらを見ることはないだろう。
気がつけば砂利を蹴って駆け出していた。背中に追い縋り、額をつけて寄りかかる。自分のしたことの大胆さに戸惑いつつ、足を止めた冴ちゃんが何か言う前に早口でまくし立てた。
「今日の夜、電話したい。冴ちゃんが文化祭で見たものをもっと教えて。私も明日、同じものを見てみたいの」
「…わかった。空いているから、好きな時間に電話してこい」
衣装であるカチューシャの上にぽんと手を置かれたのを感じた。それでも名残惜しいのは到底解消されないが、次の予定の約束ができただけ上等なのだと自分に言い聞かせる。冴ちゃんに預けて傾いでいた体をゆっくりと真っ直ぐに戻した。
裏門へと向かう後ろ姿を今度こそ見送る。鮮やかな午後の日射しが目に眩しくて、また涙が滲んできた。
ここで泣いても何にもならないとわかっていた。慰めてくれる冴ちゃんはもう遥か彼方に行ってしまった。唇を引き結んでこらえ、零れないように晴れ渡った青空を見上げる。胸の痛みが治まるまで、そうしていた。
Posted on 2023.09.22
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