糸師兄弟の幼馴染

糸師冴

海外について来て欲しい24歳と社会人なりたての22歳の幼馴染。一時帰国をきっかけにやっと始まる恋の駆け引きの夢話。

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目次

本編

高校生編

冴→18歳、幼馴染→高校生16歳です。

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結婚、婚約、記者会見、移住。冴ちゃんのマネージャーが並べるインパクトのある言葉の羅列に頭痛がひどくなった気がした。私は冴ちゃんのことが「好き」と伝え、冴ちゃんの「好き」に応えただけのつもりでいた。待って、と短く言う。それだけでこめかみがずきずきとした。酔態をさらした後にする話じゃあないなと思う。

先ほど断ったペットボトルの水を受け取り直し、喉に流し込むと少し気分がよくなった。細部に霞がかかった記憶をよくよく思い返しながら今の状況を確認する。ここは車の後部座席のシートで、運転席にはマネージャー、隣には冴ちゃん。ついさっき「お前のこれからを全部寄こせ」と言われて快諾した。夜陰の中で二人の顔には「何を待つんだ」と書いてある。微妙に認識が食い違っていることを思い知り体がさらに重だるくなった気がした。

「結婚とか移住とか、今すぐは無理。会社も仕事も楽しいしスキルも経験も積みたいの。冴ちゃんと暮らしたいと思ってる。ただそれがいつになるのかは、私にもわからないけれども…」

話をしながら正面にあるマネージャーの顔が曇り、肩がどんどん落ちていくのを見た。最後に手帳の上でペンがぽとりと音を立てて倒れる。

「えーっと…僕にはすぐに冴ちゃんについて行く流れに聞こえたけど」

そこまで具体的な意思表示をしたつもりはない。首を竦めて横に振った。少なく見積もっても一年はかかるだろうし三年から五年先になるかもしれない。人生のターニングポイントにおいて身の振り方を即断するほど大胆不敵にはなれない。じっくりと堅実に事を運ぶ方が性に合っている。糸師兄弟の生き様を近くで見てきたからこそ、なおさらそう思えた。

「…へぇ」

へぇ、初耳だ。冴ちゃんはゆったりと頬杖をついて反対側の車窓に寄りかかり口の端をゆるやかに持ち上げて言った。目は全く笑っておらず奇妙に優しい声音は乾いて冷たい色をしていた。それを最後に針を刺すような沈黙が車内に落ちる。せっせと冷風を吐き出すエアコンだけが雄弁だった。

「…もう遅いし帰ろうか。二人とも仕事で疲れているでしょう。明日は土曜で冴ちゃんも休みだし改めて話をしたらいいよ」

ね、とマネージャーが明るく割り込む。ケンカをしている訳でもないのに、とりなそうとしているのが見てとれて場の荒みようを実感した。冴ちゃんはすっかりへそを曲げた様子でそっぽを向いてしまっている。決断が早く鋼の意志を持つ彼を相手に時間と距離をおくことが得策とは思えなかった。一度見限られればそう易易と覆らないだろう。

「泊めて」
「あ?」
「だから…このまま冴ちゃんの部屋に泊めて。そこで話の続きをしよう。何も問題ないでしょう、だって私達はもう─」 

同じ結果でも漫然と待つよりも自ら飛び込んで得たと思いたい。決意も覚悟もとっくに固まってはいるが、すぐにその先をどう言葉にすればいいのかを見失って詰まってしまった。自分が何とも形容し難い宙ぶらりんな位置に置かれていることに気づく。遅ればせながら先ほどの二人の心情がやっと理解できた。本当に私は詰めが甘い。糸師兄弟風に言うと、ぬるい。

「このややこしい状況はお前が招いたんだろうが。何を今さらうじうじしてんだ」
「う…」
「大体威勢がいいのも自立心旺盛なのも結構だがな、こんな夜更けに男の部屋に行くっつー意味をわかって言ってんのかよ。ガキの頃のお泊り会じゃあねぇんだぞ」
「わ、わかってるよ。子ども扱いしないでってば…」
「ストップ!これ以上僕は同席しない方がよさそうだ。部外者なのに立ち入ってごめんね。送っていく先は冴ちゃんの部屋でいいんだよね?」

マネージャーの念押しするかのような最後の問いは私に向けられたものだった。間髪入れずにこくこくと頷き返す。それを合図にエンジンがかけられ車は平穏な住宅街の狭い道をジグザグに走り出した。大通りに近づくにつれ前方が明るくなっていく。加速に合わせて胸のときめきが強くなるのと同時に、言い表しようのない不安がじわりと広がるのを感じていた。

*

朝に続いて二度目の訪問となる冴ちゃんの借宿は真昼の熱をそのまま閉じ込めたように蒸し暑かった。車を降りてからも無言のままの背中について歩き個室の玄関扉を閉めた途端、目の前に立ちはだかる大きな影に飲み込まれた。それから靴も脱がず電気も点けずに、ずっとキスをしている。

力強く肩を掴まれ抱き込まれて、爪先立ちになって必死に背伸びをする。ほとんど真上から塞がれて逃げようもない。震える足がついに限界に達し、がくりと力が抜けた。それでも冴ちゃんは離してくれない。

これまでのキスとは全然違う。熱く湿った吐息がお互いの唇を濡らして淫靡な音を立てる。冴ちゃんは私の何かをこじ開けようとしているようだ。よろけて後退するのに乗じて玄関ドアに押さえつけられ、スカートを履いた脚の間に太腿がねじ込まれた。背筋がぞわりとする。がたん、と扉に震えが伝わった音が廊下に反響し部屋の中の静寂が際立った気がした。二人の息遣い、体温。酩酊よりもくらくらと私を惑わせる。

「…怒ってる、でしょ」

息継ぎの間をついて尋ねる。暗闇で覗き込んだ瞳が私の言葉に渇望を乱反射させ青くぎらついたように見えた。冴ちゃんは「あ?」と屈んで目線を私に合わせ下からすくい上げるように見つめ返す。平時の冷めた表層の影から己の欲に忠実な獣が顔を覗かせていた。

すごんでみせても昔馴染で慣れっこの私に効果はない。なのにいつものように無駄だよと笑うことができなかった。離れている間にぐんと伸びた背丈。私を捕らえる屈強な腕の力。年月は『幼馴染の優しいお兄ちゃん』を大人の男性へと変えていた。冴ちゃんはその気になれば私をどうとでもできるのだ。そうしないのは彼の情けに他ならない。

冴ちゃんは強張った私の顔を見て何か言いかけたが、やがて「怒ってねぇ」とプイと視線を逸らして腕の拘束を緩める。

「…怒ってねぇよ。たとえ八年もかけてやっと手が届いた女が仕事優先とか言いやがってつれないとしても、俺は怒らねぇ。そこまでガキじゃねぇし。お前が後ろめたいからそう見えるんだろ」

開けっ放しのカーテンから入り込む街の灯りが暗闇を穏やかな藍色へと変え、整った輪郭を仄白く浮き立たせている。熱い手のひらの下からそっと抜け出して寂しげな横顔に手を伸ばしても冴ちゃんは動かなかった。壁の方を見つめてゆっくりと瞬きを繰り返すだけだ。

私の指先が角張った顎の線を通りやがて喉元へと下りる頃に、ふいに腰と背中に逞しい腕をまかれて引き寄せられた。ごつりと背後にある玄関ドアに額をつけて、はあと耳元で溜息をつく。

皮肉めいた言い回しに隠された本音の全てを察した。尊重したい。応援したい。でも連れて行きたい。何よりも自分を一番に置いて欲しい。冴ちゃんの内側を狂おしいほどに相反するエゴをすぐに満たしてあげられないことに胸が痛んだ。言葉足らずな強がりも今は許せる。

「欲張りでごめんね。でもどれも諦めたくないの」
「…お前もとんだエゴイストだな」

抱き合って顔を見ないまま、お互いの底をさらけ出す。これまでと変わらず私達は必要とし必要とされることを胸に各々の世界を進んでいくのだ。電話もメールもできる。時間とお金の都合がつけば海を越えて会うことだってできる。そう言い聞かせることでどちらからともなく寂寥と諦観を飲み込んだ。それが今の私達が導き出した『正解』だった。

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