糸師兄弟の幼馴染
糸師冴
海外について来て欲しい24歳と社会人なりたての22歳の幼馴染。一時帰国をきっかけにやっと始まる恋の駆け引きの夢話。
【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。
目次
本編
2023.05.07
2023.05.07
2023.06.02
2023.06.02
2023.10.13
2023.10.28
2024.02.10
2023.12.08
高校生編
冴→18歳、幼馴染→高校生16歳です。
2023.09.01
2023.09.22
海外について来て欲しい24歳と社会人なりたての22歳の幼馴染。一時帰国をきっかけにやっと始まる恋の駆け引きの夢話。
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2023.05.07
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2023.06.02
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2023.10.13
2023.10.28
2024.02.10
2023.12.08
冴→18歳、幼馴染→高校生16歳です。
2023.09.01
2023.09.22
「私は勝手についていくから。冴ちゃんは自分の思うままに進んで」
灯台の光がサッと二人の顔を照らし雪をまぶした世界の中であいつが笑う。凛と決別したあの日の記憶を見ていた。雪と夜に隔絶された二人きりの岬で「もう俺を追うのはやめろ」といくら突き放しても中学生になった幼馴染の瞳から覚悟の光は消えなかった。
「約束する。いつか冴ちゃんの傍に行く。だから頂上で待っていて」
そして唐突に俺の手をとり裸の小指同士を絡み合わせる。振り払えなかったのは真冬の海の上で凍てつく風に長くさらされて関節が上手く動かせなくなっていたからだ。冷えて固まった二人の端っこを繋いだまま幼馴染は「ずっと一緒にいようね」とつたない誓いを俺の同意なく無理やり結んだ。
何か一つでいい、俺がここに居る理由が、縋るものが欲しかった。弟に全てを否定されいい兄であり続けることを拒否した俺は極限に荒廃した心境だった。普段は抑圧し理性で制御できているものが暗く歪んだ顔を出す。
「え…」
俺が選んだのは唇がかすめる程度のガキ臭いキスをすることだった。淡い恋心も情欲も性欲もない空っぽのキスだ。こいつが俺に抱いているものを粉々に砕いて同じくらい傷ついて同じ場所に堕ちてくれることを望んだ。凛に受け入れられなかった今の俺を、受け入れる度量がお前にあるのか。どうせお前も口だけだろう─
「…なんで、今………冴ちゃんの馬鹿。絶対に離さないから…約束したもの」
突き飛ばされでもしてこの場は終わり。そう予想していたのに幼馴染は頑なにそれを選ばなかった。泣きそうになりながら繋がった小指に、震える片手を被せて固く握りしめる。その様は祈りに似ていた。
一方的な誓いと、一方的なキス。降りしきるゴミ屑みたいな雪。真っ黒い冬の海。お互いのエゴを押しつけ合っただけの思い出が美しいはずがなかった。
*
寝転がったままゆっくりと瞬きをする。冬の夢なのにびっしょりと寝汗をかいていた。
隅に設置されクーラーはしんと静かで、どうやら設定温度を見誤ったらしいことに気がつく。この国の夏は帰ってくる度に過酷になっている。夜中にも関わらず生ぬるく重苦しい湿気が膜のように全身に張りついており、あまりの不快さに舌打ちが出た。
枕元を探るが自分の部屋とは勝手が違うのでリモコンを見つけられず結局ルームランプを点けた。小さな暖色の明かりに見慣れない部屋が映る。ホテルよりはカジュアルで家庭的に見えるような家具調でまとめられているが所詮俺が親しんだ物が何一つない借宿だ。長居するところじゃあない。この部屋も、この国も。
やっと乾いた冷風が肌を撫で始めタオルケットを脇に跳ね除けて全身でそれを浴びた。まどろみの切れ端を追いながら記憶の続きの断片を拾う。翌日の泣き腫らした顔、何事もなかったかのようなわざとらしい明るい振る舞い─幼馴染はあの冬の宣言通り努力を重ね学業の方で数々の功績をおさめたらしい。らしい、というのは人づてに聞いた話だからだ。本人は連絡をとれば俺の話ばかりしている。
「グッズも記事も全部集めているよ。私が冴ちゃんの一番のファンだもん」
ビデオ通話の度にコレクションを披露され「金の亡者共を喜ばせるだけだからやめろ」と言うのを繰り返していた。あの冬の日に分かち合ったみっともない傷は隠して見ないふりをして、取るに足りない会話をする。それがお互いの夢と生活を守りながらあいつなりに俺と『ずっと一緒に居る』ということらしかった。
年を重ねる毎に画面の向こうの壁に額縁に入った賞状が増えていく。俺は俺で順当に世界一への道を昇っていく。その間ずっと衒いのない「おめでとう」を受けとり続けた。そろそろ返してもいい頃合いなのかもしれない。やっとそう思えた時には既に八年の歳月が過ぎており俺は二十四、あいつは二十二歳になっていた。
***
預かったカードキーをかざすと部屋の鍵はあっさりと開いた。感心して何も印字されていない真っ白なプラスチックの板をまじまじと見つめてしまう。マンスリーマンションなのに一階にはコンシェルジュが常駐しているし事前に話を通しておかないと入れないし、やたらとハイグレードでサービスが手厚い。幼馴染のVIPぶりには毎度驚かされる。今回の日本への滞在はわずか一ヶ月と聞いていたのでなおさら大仰に感じた。
そろそろと玄関扉を開けてみるとクレセント錠はかかっていない。何度呼び鈴を押しても応答がなかったので、てっきり寝坊なのだと思っていたのだが早朝から不在なのだろうか。しかしリビングのカーテンは開け放されていて室内は明るく、肌を撫ぜる空気は寒いくらいに冷え切っていた。
「…あ?」
「え」
立ったままパンプスの踵に指を引っ掛け屈んでいると、ふいに手元が暗くなった。前方へと視線を動かし最初に見えたのは裸足の足首。続いて筋張った太腿とボクサーパンツ。頭からタオルを被った半裸の糸師冴が氷のような瞳で私をすげなく見下ろしていた。
「冴ちゃん!久しぶり…」
やっと会えたと気持ちだけが逸り、体は置き去りにされてぐらりと傾いた。足先から滑り落ちたパンプスがタイルにぶつかって高い音を立てる。よろめいて全身を投げ出すかのようなひどい勢いで倒れ込んだのをその両腕にしっかりと抱きかかえられるのがわかった。
どくん、と心臓が飛び上がる。熱く湿って強く香る石鹸の匂い。湯気の立つ濡れた肌。私とは違う、ゆるやかな隙のない男性の輪郭。これはまずい。恋した相手が裸であることをいの一番に意識するべきだった。直接触れた頬や手のひらから伝わる体温が、ぶわりと知らない熱を呼び起こし一気に首の後ろや耳までが火照る。私はただ頼まれて様子を見に来ただけのはずなのに、どうして冴ちゃんに乗っかっているのだろう。
「何してんだ、お前」
下敷きにされながら起き上がった日本の至宝の指先が胸に張りついたまま顔を上げられずにいる私の頬にかかる髪をそっと持ち上げ、丸く整えられた厚い爪先が熱くなった耳をくすぐる。じん、と痺れるような不思議で唐突な感覚に思わず声を上げそうになった。代わりにぴくんと肩が跳ねたことに気づかれただろうか。
どうしよう、やましい気持ちが湧き上がるを止められない。でもここで気取られたらはしたない女だと思われてきっとこれまでの日々が、努力の全てが消えてしまう。いつだって冴ちゃんは冷静でドキドキしたり緊張したりするのは私ばっかりだ。私だけが子どもっぽいままなのが恥ずかしかった。「見ないで」と掠れた声で精一杯の虚勢を張る。
「あー…別に、見ねぇよ。ケガがないならそれでいい」
頭の上から少し濡れたタオルが掛けられ石鹸の甘い香りが強くなった。小さな子をあやすようにぽんと一つ叩かれる。どんな状況でも揺るがない落ち着いた距離のとり方と分厚い胸の下で一定のリズムを刻む拍動。一緒に大人になれなかった八年の空白の間に冴ちゃんはどうやってそれを身につけたのだろう。『幼馴染の優しいお兄ちゃん』の冴ちゃんと『弟と同い年の妹のような存在』である私。永遠に縮まりそうにない隔たりが浮き彫りになった気がした。
ぐらりと私の芯が揺らぐ。あの冬の日と同じだ。はしたないとか恥ずかしいとか言っている場合じゃあない。『妹のような存在』を冴ちゃんの手で書き換えて、とその首に腕をまわして追いすがる。幼馴染以上である確証を今すぐに与えて欲しいと思った。
「冴ちゃん、私…」
キスがしたい。その欲望にとらわれてどうしようもなかった。そもそもキスが相手を虜にする手段であることを私に教えたのは冴ちゃんだ。
膝を立て体に乗り上げて唇に唇をゆっくりと近づける。冴ちゃんは動かない。まん丸に見開かれた目に宿る青い炎がゆるやかに揺れ、やがて息を吹きかけたかのようにふっと消えた。少し戸惑っているのがわかる。珍しい、あまり見たことがない表情だ。この展開は計算の外にあったのだろうか。
その呼吸を乱したのは他でもない私だ。今この瞬間だけは遠く離れた世界のスターではなく長い時間を共にした私だけの糸師冴であると思えた。
「…煽るんじゃねぇよ馬鹿」
「だって…ふ、」
頭の後ろを抑えられて、ぐいと強く引き寄せられる。二人の間にあったわずかな隙間が埋まり音もなく唇が合わさった。言いかけた続きは『会えて嬉しかったから』なのか『浅ましく我慢ができなかった』なのか口に出すまで自分でもわからない。どのみち冴ちゃんが私の吐息ごと、両方とも飲み込んでしまった。
***
クソ、今朝のは焦った。マネージャーが呼びに来なかったら多分あのままどうにかなっていた。機械越しのやり取りではわからなかったあいつの音、匂い、温度、感触─その全てが雪崩のように一気に俺の理性を押し流した。
撮影が始まってもうわの空だった。震えるまつ毛を伏せて健気に隠し通そうとする感情の発露と俺をねだる発情の兆しとが、ふとした時に目の前をちらつく。好きな女に直接触れられて冷静でいられる男なんていない。あんな鮮烈な情景を簡単に頭の中から追い出せるはずがなかった。
あの冬の日と同じものがじりじりと俺を急かすのを感じていた。違うのは今回は空っぽでないことだ。しかし年頃の男女らしい情と状況に流されるのは楽だろうが、恐らくそれだけでは俺が欲しいものは手に入らないと踏んでいた。
(セックスは…今の俺達なら簡単にできるだろう。それでお互い気持ちいいのを共有して通じ合った気になる。得られるのはせいぜい一時の充足だ。欲が深い俺は今さら愛情の確かめ合いや傷の舐め合いなんてものに興味はねぇんだよ)
今回の帰国はこれまでと変わらずパスポートとビザの更新を目的とした一時的な措置だ。いくら日本がいい方に変わっているとしても俺が目指す世界は海の向こうにある。就職をしてやっと殻のとれたひよっこに果たして俺を選ぶ意志があるのか。家族や友人や同僚と別れて縁もゆかりもない土地で暮らす覚悟があるのか。これまでのやり取りのし方では青臭い惚れた腫れたの先にあるものを交わすのには限界があると判断した俺は、ストレートにこれからの人生の決断を迫る時機を探っていた。
「冴ちゃん…乗り気じゃあないのはこの際構わないからせめて集中してよ。アンニュイな糸師冴も素敵だけどさ、これ協会の会報誌に使われる写真だよ。もっとキリッとした方が映えるんじゃあないかな」
「…俺が腑抜けて見えるのなら今朝あいつを差し向けたのは悪手だったってことだ。余計な手を回しやがって」
「悪手?何で。ケンカでもしたの?エントランスホールですれ違った時には普通に見えたけど」
あいつが部屋のキーを持っていたことから推察してカマをかけたがマネージャーは動じなかった。俺達がプラトニックな恋愛を貫く旧知の間柄である点をいたく気に入っており、広報活動に消極的な俺が少しでもやる気を起こすようあいつをけしかけるのはもはや日常茶飯事になっていた。
「サプライズのつもりだったんだけどまずかった?」と尋ねられるのを鼻で笑い飛ばし、渡されたタブレットで先ほど撮影したデータをチェックする。どれも他人事のような顔をしてあからさまに心ここにあらずな様子だった。仮にオフショットだとしてもひどい出来だ。十代から自分の身体と精神を精緻にコントロールする訓練を積んできたのに、あいつが絡むとたちまち形無しになってしまう。
「全部撮り直しだな」
「僕もそれがいいと思う。…意外と冴ちゃんの方があの子にハマってるよね」
「…うるせ」
からかいの混じる口調に辟易して蹴り上げる動作をしてみせる。「さっさとスタッフを呼んで来い」と送り出した。
Posted on 2023.05.07
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