糸師兄弟の幼馴染

糸師凛

兄貴に惚れていると勘違いされている幼馴染の夢話。始まりはアレですがハピエンです。

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目次

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Reminiscence

「おい」

木陰で凛を待っていると冴ちゃんに声をかけられた。私が一人の時に話しかけてくるなんて珍しい。凛と同級生である私は何かとセットにされがちで、これまで凛の居ない場で会話をする機会はほとんどなかった。

中学の制服姿の冴ちゃんは棒立ちの私に「やる」とアイスを投げて寄越す。慌ててサッカーボールを足元に落として受け取った袋は、まだひんやりと冷たかった。

「いいの?これ凛の分でしょ」
「いや、俺の分。あいつのはこっち」

冴ちゃんはもう一つの袋を放り投げ空中でキャッチをする。今日の練習試合で私は全く目立っていない。そんな私が冴ちゃんのアイスを貰う道理がわからなかった。頭の中が『?』マークでいっぱいになって、ぽかんとしてしまう。

「早く食えよ。溶けるぞ」
「あ、ありがとう…」
「お前、凛の事が好きだろ」

ぼん!大きな音がして握りしめたアイスの袋が爆発した。クラブチームの仲間達が何事かとこちらに注目している。グラウンドから沢山の声と音が消え、自分の心臓が一番うるさく鳴っていた。

「図星かよ」
「な、なななな」
「気づかないのは凛ぐらいだ。鈍いからな、あいつ」

凛ぐらい、って。それなら周りにはだだ漏れなのだろうか。やかんのように沸騰した頭から一瞬で血の気が引いて、暑いのか寒いのかわからなくなってきた。

「凛には言わないで!私、冴ちゃんとサッカーでいっぱいの凛が好きなの!」
「何だそりゃ。お前それマゾって呼ぶんだぞ。それか馬鹿」
「マゾでも馬鹿でも何でもいいよ!とにかく絶対に言わないで!凛の夢の邪魔したくないのっ!私の事なんか一瞬でも考えて欲しくない」
「ますますわかんねぇな。逆だろ、普通」
「そうかな…好きな人に好きな事を一番に頑張って欲しいのがそんなに変かな」

何が『普通』なのかいまいちピンとこない。冴ちゃんは少しの間、私の顔を見つめると「俺がどうとか関係ねぇよ」と短く言った。晴れた空に同じ色の袋がぽんと飛び立つ。

「『お前がどうしたいのか』が正解だ。他は全部無視しろ」
「…うん」

随分と難しくて厳しい言い方だ。でも、励ましてくれているのかな。うれしくて口元が緩んだ。凛の言う通り冴ちゃんは優しくてとてもカッコいい。

「ありがとう、冴ちゃん」
「別に大した事は言ってない」

返事はどこまでも潔かった。いいなあ、私もこんなお兄ちゃんが欲しかった。実力があってみんなから尊敬されていて、自分の目標になるお兄ちゃん。凛がうらやましい。

冴ちゃんのすごい所を指折り数えていると隣から「げ」と低い声がした。見ると袋からぽたぽたと水滴が落ち始めている。

「凛、遅いね」
「あーあ…何やってんだあいつ。しゃあねぇ、食っちまうか。どっちかに当たりが出たら凛に献上な」
「ケンジョーって何?」
「あ?日本語しか習ってねぇのにわかんねぇのかよ。俺は英語も習ってるんだぞ。もうすぐスペイン語も始める」
「冴ちゃんが特別なんだと思うよ。周りで取材を受けている人なんて他に─あれ、凛」

いつの間に戻ってきたのだろう。アイスとお喋りに夢中になっているうちに凛が少し離れた場所に立っていた。目が合った瞬間に止まっていた時間が動き出したかのように、ゆったりとした足取りで近づいてくる。

陽射しが強いせいだろうか。凛の瞳がやけに澄んで鋭く光って見えた。

「…二人って仲良かったっけ」
「「いや、全然」」
「息ぴったり。それに楽しそうだった」
「こいつが物を知らねぇから教えてるんだ。どうなってんだよ、最近の義務教育は」
「二年しか違わないんだから大して変わっていないよ。それに中学だって義務教育…あ!”あたり”だ!私、交換してくるよ。凛も行く?」
「え?俺…」

凛はきょとんと私を見返した。途端に尖った気配が消えていつもの凛になる。

今のは何だったんだろう。試合の最中にも見た事がない顔だった。冴ちゃんは気づいたかな。ちら、と窺うがアイスの棒をくわえた表情は変わりがない。私の見間違いだったのかもしれない。でも、胸の内側がざわざわとして落ち着かないのは何故だろう─

「行けよ凛。欲しいんだろ、そいつが」

冴ちゃんが”はずれ”と書かれたアイスの棒を振りながら言う。欲しい、ってアイスが?さっきの凛は自分の分が食べられてしまった事に怒っていたのだろうか。

「もたもたしていたら俺が貰っちまうぞ。お前はそれでいいのかよ」
「に、二本も食べたらお腹こわすよ。冴ちゃんの欲張り。行こう、凛。アイスを食べちゃったお詫びに駄菓子を奢るよ。冷たくないやつね」
「うん…」

冴ちゃんの挑発するような口調に慌てて凛の手をとった。兄弟の間では当たり前のやりとりなのかもしれないが、今はできるだけ刺激をしたくない。

凛の隣を歩きながら密かに振り返り(冴ちゃんのいじわる)と心の中で唱えて舌を出した。目が合った冴ちゃんもすぐに「べ」と舌を出す。それが意外で声を出さずに笑ってしまった。冴ちゃんったら中学生なのに子どもみたい。

前を向くと凛が不思議そうに私を見つめていた。どき、と心臓が鳴る。自分へのお詫びのはずなのに蔑ろにされたと気を悪くしただろうか。思わず手を離してしまう。

「ごめん。私─」
「何が?早く行こうよ。奢ってくれるんでしょ」

今度は凛が私の腕を掴んでぐいぐいと歩き始めた。その力が驚くほど強くて何も言えなくなる。胸のざわめきは強くなるばかりだった。

***

何であいつは兄ちゃんの事を「冴ちゃん」って呼ぶんだっけ。前に聞いたような気がして記憶を辿る。

そうだ、チームメイトに尋ねられて「『冴』っていう名前の凛のお兄ちゃんだから」と答えていた。その時の周りの反応は「恐れ多い」と随分と仰々しかったけれども「名前もお兄ちゃんなのも事実でしょ」と首を傾げるのを見て、どんなに兄ちゃんが有名になっても態度を変えないのは家族以外ではこいつだけだなと感心した覚えがある。

(…俺がそう思うって事は、きっと兄ちゃんにもそう映るんだろうな)

ベッドに寝そべり天井に向けて放り投げたサッカーボールをキャッチする。さっきからずっとそれを繰り返していた。「埃が立つから止めろ」と怒る兄ちゃんは走り込みに行ってしまって不在だ。いつもなら俺もついて行くけれども、今日は何となく気乗りせず部屋に残っている。

そうして思い出すのは昼間の出来事だ。並んでアイスを食べながらお互いの顔を見交わす二人は絵になった。体格に差があるせいか男と女に見えたし、遠目にも親密なのがわかる。「付き合ってるんじゃねーの」とたまたま居合わせたチームメイトが言った。そんな仲ではないのは俺がよく知っていたのだけれど─

(…兄ちゃんが女子とちゃんと会話しているのを初めて見た)

ふいに胸が苦しくなって思わず手に力が入った。ボールが天井に当たって跳ね返り床に転がる。何だこれ。痛いというよりはムカムカとして気持ちが悪い。最初は兄ちゃんとあいつが嫌いになったのかと思った。けれども、それぞれと話をしてみてそれは違うと今は確信している。俺はあの二人が一緒に居るのが嫌なんだ。

(こんな事、二人に打ち明けられない。俺だって訳がわからないんだもの。絶対に困らせる…)

「凛、メシできた…あ?泣いてんのかお前」
「………泣いてない」
「じゃあ買食いのしすぎで腹痛だろ。お前らは二人で居るとすぐに調子に乗るからな」
「違うよ、あいつは関係ないっ。…昼間の試合でちょっと疲れただけ。どこも悪くないし夕飯も食べられる」

俺を呼びに来た兄ちゃんがいきなりあいつの話をするから、驚いて思ったよりもキツい言い方になってしまった。上手く誤魔化せただろうか。体を起こして顔を見る。

シャワーを浴びたばかりで半裸の兄ちゃんは何も言わずに髪を拭きながら、ポンと俺が落としたボールを足先で跳ね上げた。ボールはまるで生き物のように兄ちゃんの周りを飛び回り、やがて軽やかに俺の胸に収まる。大してスペースがある訳じゃあないのに一度も家具や床に当てていない。足音もボールを蹴る音もほとんどしなかった。

カッコいい!やっぱり兄ちゃんはスゲーや。兄ちゃんの周りだけがキラキラと光って見える。俺がそう思うって事は、きっとあいつにもそう映るんだろうな。それはとてもうれしい事だ。さっきまでの気持ち悪さは一瞬で吹き飛ばされ体がうずうずしてきた。俺も早く兄ちゃんみたいになりたい。サボらずに走り込みにもついて行けばよかった。

「俺とサッカーでいっぱい、ね…確かにそうだな。凛にはまだ早ぇわ」
「え、何?兄ちゃん何の事?」
「早く上手くなれって言ったんだよ。あんまり待たせるんじゃねぇぞ」
「わかった!俺、兄ちゃんに追いつけるよう頑張るよ!」
「あー…まあいいか、今はそれで。二人で世界一を目指すのに変わりはねぇし、あいつも中途半端じゃ納得しねぇだろうし。決まりだ、な?」
「?うん」

気持ちが逸って理解が追いつく前に反射で頷いていた。兄ちゃんは俺の顔を見ながらまだ何か言いたげにしていたが、そのうち諦めたように服を着始める。

期待と希望に膨らんだ胸の高鳴りはなかなか止まず、その晩はすぐに寝つけなかった。羊の代わりに明日あいつに伝えたい事を数える。輝く夢の一つ一つがいつか正夢になるのだと信じていた。あいつもきっと賛同してくれる。そしてこれからも俺達の一番近くで、俺達が世界一になるのを見届けてもらうんだ。

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