糸師兄弟の幼馴染

糸師凛

兄貴に惚れていると勘違いされている幼馴染の夢話。始まりはアレですがハピエンです。

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Unexpected

監獄からの一時釈放で真っ先に目に留まったのがあいつのLINEのアイコンだった。髪が伸び、見覚えのない風景の中で笑っている。

最後のやり取りは数ヶ月前の日付だ。肩透かしを食らった気分だった。これまではいの一番に連絡してきたくせに。U-20との試合なんて恰好のネタじゃあないか。

(…それとも、兄ちゃんと)

兄は海の向こうではなく、まだ同じ陸の何処かにいる。会っていても不思議はなかった。二人の並んだ姿が夕日の沈む水平線に浮かぶ。慌てて目を閉じて幻影を追い払った。

このまま海を眺めていても埒が明かない。過去の夢想に振り回されるのはもうたくさんだ。兄貴とあいつとを一緒くたにするのは止めると決めたのに、簡単に割り切れない現実をまざまざと見せつけられていた。

かといって自分から連絡するのも癪に障る。貴重な休みを八方塞がりで消化するのか。ただでさえ潔にかき回されて気が立っている。最悪に最悪の上塗りで泥どころかドブの中に居る気分だ。全てを精算するつもりで行動してきたのに、どんどんがんじがらめになる─

「凛!」

救いの手はふいに差し伸べられた。寄せる波の合間に俺の名を呼ぶよく通る声は試合の中で何度も聞いた覚えがある。どんなにへばっても追い詰められても、情けない恰好を見せてなるものかとその度に奮い立った。

ぐ、と唇を噛んで覚悟を固め、ゆっくりと振り返る。しかしそこに兄の姿はなく、幼馴染は陽気に笑い一人でしきりに手をふっていた。

「いっくよー!」

そう言うといきなり駆け出し飛びつく勢いで走り寄ってくる。防波堤に到達する寸前で抱えていたボールを足元に落とし、ふわりと蹴り上げた。海風に煽られ軌道はブレたが俺のエリアを射程とした絶妙なパスだ。簡単にトラップする事ができた。

「…何でボールがあるんだよ」
「凛がブルーロックでどれくらいレベルアップしたのかを直々に判定してしんぜようと」
「アホか」
「あはは、うそうそ。凛のコンディションが狂ったら嫌だもん。今日はクラブの手伝いがあったから持ってるの。楽しいんだな、これが」

また俺の知らない情報だ。監獄に入ってから月日は飛ぶように過ぎていた。外の世界でも順当に時は流れ、髪は伸びるし環境も変わる。そのうち記憶と異なる事柄の方が多くなるのだろう。

「…教えろよ、そういうのは。あとくだらねぇ事でも何でもいいから逐一送れ。どうせ兄貴には連絡してんだろ」

近況を尋ねないのは別の人間から聞いているからだと予想はついた。そしてブルーロックの関係者が限られている以上、相手はクソ兄貴しか思い当たらない。俺の居ないところで俺の話をしているのかと思うと虫唾が走る。

返答次第でまたぐちゃぐちゃにしてやる。体の奥で破壊衝動に火がついた。目に映る世界の白と黒が反転していく。制御できないのならいっそ徹底的にブッ壊してしまった方が後腐れがなくていい─俺は変わらなくちゃいけないんだ。

相手が口を開くまでに一瞬の間があった。急にしんとなった浜辺に潮騒がやけに大きく響く。

「相変わらず試合以外の読みは苦手なんだね。まだ私が冴ちゃんを好きだと思っているんだ」
「…あ?」
「あの時、私は真剣に『死んでも離さない』って言ったんだよ。芯から暴君のくせに冴ちゃんが絡むと途端にぐらつくんだから…振り回される身にもなってよ、馬鹿凛」

語尾にいくにつれ顔を俯かせ、声は次第に低く小さくなった。最後に捨て台詞のように毒づくも言葉の意味ほどに覇気はなく、ふいに俺に背を向けて何も言わずに歩き出す。

その頬がいつの間にか濡れている事に気がついた。ぎょっとして咄嗟に腕を引くが、勢いあまって危うくひっくり返そうになるほど軽い。どうにか受け止め逃げられないように体を向かい合わせると、流れる涙を拭おうともせず、やがて諦めたように溜息をついた。

「…凛のせいにするのは卑怯だね。私は結局のところ、あの時も今も凛の事が好きだって堂々と言えない自分が許せないのだと思う」
「おい、何言って」
「凛達がすごいスピードでどんどん先に行っちゃうんだもの。私はやっと留学先が決まっただけ。焦ってもしょうがない、子ども達と接するのはいい気分転換になるかもって期待をしてクラブの手伝いを始めたの。でも『この時間の使い方は間違っていないのかな。本当に凛に追いつけるのかな』って寧ろもやもやが強くなっちゃって解決しなかった。こんな中途半端な状況を凛にどう報告しようか悩んでいるうちに今日を迎えて、やっと会えたのに何故か凛はずっと機嫌悪いし挙げ句の果てにまだ冴ちゃんとの事を誤解しているし。あーもう…告白のシチュエーションも理想と全然違う。自分に自信が持てたらちゃんと言おうって思っていたのに。駄目だ、私…全然成長できていない………」

時光か、お前は。

「自己完結するなら一人でやれ」
「う…ごめん。でも、ここ最近で一番すっきりしたかも」

そう言うと俺に掴まれていない方の腕でゴシゴシと顔を拭う。雲の切れ目から太陽が差し入り海風の冷たさがいくらか和らいだ。彼方にある遠い光をしばらく無言で見つめる。

先程までの張りつめた空気が嘘のように穏やかな時間だった。呼吸が落ち着いたのを見計らって手を離す。もう俺を置き去りにして逃げ出そうとはしなかった。

「…で、誰が誰を好きだって。もう一度言ってみろよ」
「言ってください、でしょ。そんな風に強気に出ても折れてあげません。人の告白を何だと思っているの」

可愛くねぇ。さっきは気持ち悪いくらい素直だったクセに。鼻をつまんでやろうと手を伸ばして、避けずに目をつぶったのが悪戯心をくすぐった。手の代わりに自分の顔を近づける。

「………今なにしたの」
「別に」
「またやり逃げっ…!だから私には理想の時と場所ってものが」
「うるせぇ。キスくらいでいちいち騒ぐな」

たかが口と口を重ね合わせただけだ。それにもっと先までシてんのに、何でこんなに熱いんだ。寒いふりをして上着の襟を引っ張り上げて顔を隠した。瞳孔の透けた明るい瞳に俺だけを映していたのを思い出し、また体温が上がる。

「耳赤い」
「冷えたんだよ」
「…ケータイ見せようか。冴ちゃんの連絡先すら知らない証拠に」
「そのまま知らずにいろ。連絡をとったら殺す」
「はいはい、仰せのままに。専制君主様」

俺の命令をあっさりと退けて軽快に笑った。多分、本気である事は微塵も伝わっていない。切り開いて直に見せてやれたらと物騒な思いつきが脳裏をよぎった。

ついでにお前の存在がどれだけ俺の中を占めているのかも。

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