同期のぼんやり隊士

我妻善逸

善逸と諸々訳あり同期隊士の夢話。

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啓蟄の雷鳴 六

恋と自覚した途端に、好きな子が花を散らすのを見送るなんて。俺は呪われているんじゃないだろうか

(逃げ出せたら楽なんだろうなあ…)

いつの間にか強く太く繋がれた縁が逃亡を躊躇わせた。お陰で自分の非力さを真っ向から噛みしめる日々を送っている。

任務や鍛錬に引っ張り出される以外は、明るい時分でも畳の上に寝っ転がってあいつの事を考えた。そうしていると炭治郎が「大丈夫か?」と顔を覗かせ、伊之助がつんつんと脇をつつきに来る。二人が去った後にはいつも何かしら置き土産があった。握り飯、蝉の抜け殻、小さな花束─明らかに気を使われている。それも、禰豆子ちゃんにまで。

「情けないなあ、俺…」
「どうしたの善逸…怪我したの…?」

開け放たれた戸から差し込む日光が燦々と俺の顔を焼いていたが、それを遮る影が喋った。色素の薄い肌と髪は逆光の中で影になり色を失う。代わりに猫のように大きな瞳が光を集めて輝いて見えた。

「…いつ帰ってきたんだよ?」
「ついさっき…もう歩き詰めでくたくた…頑張ったんだから輿くらい用意して欲しいよ」

横たわったままの俺の横に腰を下ろし、膝の裏をぺたりと畳につけ剥き出しのふくらはぎを擦る。カナヲと同じ女物の隊服姿だった。俺が整えてやらなければ常にぼさぼさだった髪は毛先を切り揃え、念入りに櫛を通したのだろう、艶が出て一層きらきらしている。薄い化粧もしているようだ。

垢抜けたなあ。この前に会った時よりも随分と女性らしい。いつもの三角座りをしないのは今の恰好にそぐわないと理解したからなのだろう。前にカナヲのを着せられた時は構わなかったくせに。もやもやが強くなる。

隊服から覗く肌は雪のように真っ白で少しも汚れていないように見えた。じゃあ、その服の下は?湧き上がるものが嫌悪だとは思いたくなかった。

「やっぱり怒ってる…よね?」

弱々しい声で項垂れる。胸の奥がむずむずとした。何だよ、俺が悪いみたいじゃないか。

「あーっ!聞かれたからには言わせてもらいますけど?怒ってるよ、そりゃあもう怒ってるっ!どれだけ心配したと思ってんだよ!便りのひとつも寄越さないし…!任務の為とはいえお前が男達の慰み物になっていると思うと、俺は気が気じゃなくて全然眠れなくて」
「…何かされそうになったら、蟲柱がくれた薬で眠ってもらったから…私の体は綺麗なままだよ」

は?勢いよく動いていた口がぴたりと止まる。「蟲柱から、聞いてないの…?」と首を傾げるが、聞いていたらこんなに不貞腐れている筈もなかった。しかし、俺から尋ねてもいない。悲痛を訴えたところで「聞かれなきゃ答えようがありませんよ」と躱されるのが関の山に思えた。

「…それでもしつこく言い寄ってくる人も居たんだけど…アオイに教わったとおり、蹴り上げてやったし…」

一応「何をだよ」と問うと「…言わせるの?」と少し目を細めて不敵に笑った。

その瞬間、ぶわっと全身の毛が逆立ち顔が熱くなる。呼吸を使っている訳でもないのに、ばくばくと心拍数が一気に上がった。何だこれ。まるで蝋で塗り固められたかのように目の玉が動かせない。脈拍の上昇が収まらないうちに「…あのね、」と、胸を抑える俺に取り合わずに言葉を続けた。

「花街のお姉さん達が色々教えてくれたんだ…『折角女に生まれたんだから、綺麗になって好きな男の度肝を抜いてやれ』って…俺の事をいつまでも男だと思い込んでいる鈍ちんが、思わず『可愛い』って言いたくなるくらいに」

それって、まさか。ぽかんと口を開けるしかない。隊服の裾をひょいと摘んだ丸い爪が飴細工のようにぴかぴかしていた。

「ねえ、善逸…これ………可愛い?」
「か、かわ…」

再会早々、こんなやり取りをする事になるなんて夢にも思わなかった。でも、ここではぐらかしたら以前の二の舞だ。木の上での気まずい思いが蘇り、ふわふわとした胸の真ん中に、じわりと苦いものが広がった。あんなものを味わうのはもう二度と御免だ。

「、………可愛いっ!」

やっと押し出した声は見事に裏返った。間抜けな叫び声は思いの外木霊して、この部屋の中だけでなく廊下を抜け広い庭へとまろび出て行く。甲高いそれには如何にも必死な様が滲んでいた。恐らく屋敷中に聞こえただろう。俺ってどこまでも格好悪いなあ。泣き出したくなった。

熱い手のひらに両頬を包まれた。誘われるままに面を上げると、仰ぎ見たその表情は微かに笑っている。注意深く耳を傾けるが、嘲りの音は少しも混じっていなかった。

「今回の鬼も結局、俺………私を納得させるだけの解を持っていなかった…これは私の生き甲斐みたいなものだから、これからも率先して危ない橋を渡らずにはいられないと思う…でも、もう少し気をつけてみるよ…善逸が信じてくれるなら」

何それ。可愛い上に強くて、しかも俺よりも格好いいなんて。惚れ直すしかないでしょう。鼻を強くすすった。

「俺以外に絶対っ!指一本触れさせないでよ!勿論鬼にも!」

肩を掴んで必死に縋り付くと「絶対かあ」と間延びした調子で天井を仰いだ。その様子に真意が伝わっているのだろうかと些か不安を覚える。やがて頬を指先でかきながら、こてりと無垢に首を傾げた。

「…善処するよ」

先刻覗かせた艶やかさは既になく、いかにも頼りなげだ。

まだまだ安寧の日々には遠そうだ。もしもの時に備えて俺はこれからも剣を振り続けよう。涙の下で密かに誓った。

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