同期のぼんやり隊士

我妻善逸

善逸と諸々訳あり同期隊士の夢話。

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啓蟄の雷鳴 四

「遊郭って…お前、あそこが何をする所なのか知ってるのかよ?」
「知ってるよ、そりゃあ…適任だと思って引き受けたんだ…提案した手前、俺が行かなければ年端のいかない子が派遣される事もあるんだろう」

それは可哀想だから。

荷物をまとめる表情は変わらない。先日俺が同行した任務で長きに渡り上弦の鬼が隠れ潜んでいた事が発覚したので、各地の郭街を調査するべきだと進言したのだと言う。

「でも、お前が行かなくても…しかも遊女に化けて潜入だなんて」

禿では行動範囲に限界があるから最初から花魁に扮するらしい。『顔の造作が美しく毛色の珍しい売れっ子が別の花街から売られて来た』と、でっち上げて。

「鬼なんてもう居やしないだろう。だって俺達が上弦の陸なんて大物を斬ってしまったんだ…今残っているとすれば相当な間抜けだ」

笑ったつもりだったが、声は震えた。泣きそうなのか、俺。こんな時に。いや、こんな時だからか。

頷いて欲しかったのに、首を横に振られる。自己主張の乏しい普段の様子からは想像もできないほど、それは大きく力強かった。

「いるよ。花街に強い鬼はもっといる。格上の鬼ほど人に紛れるのが上手いんだ。白昼の擬態を施すのは骨が折れるだろうけど、見てくれが良ければ人の方から寄ってくるから喰うのには困らない…あの場所は随分と巣窟に適しているのだと、善逸達の報告書を読んで思ったんだ」

途端に饒舌になるのは『鬼に育てられた人間』だからか─上層部が下級隊士の申し出をすんなり聞き入れたのも、かつて鬼と共に寝起きし、その性質を骨の髄まで理解している事に起因する。

白い肌と髪を夕暮れの色に染めた人形のように美しい子どもが、一人遊び場に取り残された幼子の手を引いて『母親』の待つ日の当たらない部屋に送り届ける。足を踏み入れた幼子は二度と出て来ない。そうして何年も鬼を生かし、生かされていたのだという。

その過去のおぞましさに嫌悪を隠さない隊士も居た。「いつか裏切るのだろう」と、面と向かって言い放つ奴も居た。お館様としのぶさんが実力が伴うまで性別を偽らせたのも、女のままではもっと惨い目に合う事を恐れたのだと今ならわかる。

「俺も行く」
「善逸は駄目だよ…まだ傷が癒えてないもの…」
「いい。治った」
「駄目だよ…危ないよ」

困ったように口をへの字に引き結ぶ。そのふっくりとした唇を朱に染めて男に媚びるのか。鬼の為に?そんな馬鹿な事ってないだろう。

「ごめんよ善逸…俺は『母さん』が何故俺を生かしたのかを色々な鬼に聞いてみたいんだ…その為に鬼殺隊に居る」

お前が任務に行くのは俺がとやかく言える事じゃあないし、その目的を邪魔する気もない。遊郭という場所で何をするのかが問題なのだけれど、どうしても伝わらないみたいだ。

そりゃあそうか。だって俺、お前に「好きだ」って言っていないんだもの。他の男の手を握り虚構の愛を囁く真似事をする事すら嫌なのだと、お前が理解できる筈もない。

「行くなよ…」
「善逸」
「行くなっ」

駄々をこねてお前が行かなくて済むようになるなら、いくらでものたうち回ってみせるよ。軟弱者である俺が我を通す唯一の手段だ。畳に手をつこうと伸ばした指の間を通って、ぱたぱたと涙が丸い染みを作った。くそ、下を向いたら水分が。

「ごめんね…でも、ありがとう」

俺よりもなよっちい腕を背に回された。慰めてくれるのか。自分の方がずっと大変なのに。

その体に耳をつけて聞く砂嵐の音は物凄くやかましくて…でも、合間に小さな拍動が混じる。乾いた大地にこんこんと湧き上がるささやかな清水のようだ。こんな音もさせてたのか。もっと早くに気づけば良かった。目尻を伝った涙は肩口にぼたぼたと落ち、黒い隊服を更なる漆黒へと変えていく。行くな、行くなよ。熱に浮かされたように繰り返す。

俺の背中を撫でていた手はゆっくりと頭の後ろにまわり、やがて首に絡まった。そのまま、ぐんっ!と唐突に力が込められる。

「あ…?」

細い腕がぎりぎりと音が鳴りそうなくらい喉を強く圧迫し、気道を狭めた。こめかみが膨らみ頭が熱くなる。絞め落としにきている。でも、なんで?

腕力なら分があった筈だけれど、腕が喉元に隙間なく嵌ってしまった事と油断が対処を遅らせた。視界が次第に暗くなる。ごめんね、と聞いた気がした。そんなに何度も謝るくらいなら、最初からするなよ。そう考えた直後に、ばつんっ!と音を立てて意識が途切れた。

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