はじめての彼氏と彼女

宮治

巨乳と標準語がコンプレックスの彼女と、クラスが替わってからその子のことが好きだと気づいた治の青春話。

※関西弁はエセです

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微熱の春情

【R18】風邪をひいた治のお見舞いに行く話。宮家でのいちゃいちゃリベンジ。【3年生:春】

新学期になって日の浅い、四月の下旬に風邪をひいた。油断していたら夜中に発熱し、数日学校を休むまでに悪化した。
昔から双子のどちらかが寝込むと客間である畳部屋に布団が敷かれ、具合が悪い方が隔離される。俺とツムは免疫までそっくりらしく、同室のままにしているとすぐにもう片方に感染すし、二段ベッドは看病をし辛いからだ。

(熱がある間はしんどかったけど、今日休んだのは余分やったわ…スマホを没収されて退屈やし、体が鈍ってしゃーないし)

頭の後ろに手を組んで布団の上に寝そべり、障子に映る庭木の影を眺める。戸も窓も全て締め切られ、テレビもない室内は日差しの色と差し込む角度が移り変わるくらいしか変化がない。うとうとするのにもぼんやりするのにも飽きて、母親が買い物に出掛ける間に自室からこっそり漫画でも持って来ようかと考えていた時だった。
廊下と部屋とを仕切るふすまが、頭の上ですらりと開いた。

「お邪魔します」

緊張で普段よりも上擦った声が狭い和室に響く。(まさか)と思いながら枕に後頭部を強く押しつけ、仰け反って見やると、上下逆さまの視界に制服姿の彼女が立っていた。

「…何でおるん?」
「治のお見舞いに来たら買い物に出掛けるおばさんと鉢合わせして、そのまま家に上げてもらっちゃった。明るくて話しやすいお母さんだね」
「いや…客人をほっぽり出すような母親ですまん。とりあえず座りや。慣れん道で疲れたやろ」

飛び起きて押し入れから一番ぶ厚い座布団を取り出し、寝ていた布団の横に置いた。

「ありがとう。でもすぐに帰るつもりだから…」

病み上がりの俺を気遣って、長居していいものなのかと戸惑っている。しかしスマートフォンが手元にない今、顔を見るのも声を聞くのも久々のことだ。もっと一緒に居て、話をしたいと思った。

「俺はとっくに全快やのに『寝てなあかん』言われて退屈してたんよ。お前が相手してくれたらうれしいわ」
「…そっか。治がしんどくないなら、もう少し居ようかな」

咄嗟に駆け寄り、通学鞄を持つ手を掴んで引き寄せた。それだけで顔が赤らんでいく。持ち前の潤んだ黒目がちの瞳が羞恥に揺れて、ぱっと素早く逸らされた。

(セックスまでした仲やのに相変わらず初心やな)

彼女の赤面につられたのか心臓がどきどきしてきた。発熱に体力と気力をとられて長らく曖昧になっていた欲望の形が、久しぶりに明確になった気がした。

「…なあ、シよ。しばらく誰も帰ってこうへんし」
「…いいの?また侑くんに怒られるよ」
「ここは俺らの部屋じゃあないからあいつに文句言われる筋合いないわ。…まあ、ツムがどうとかはともかく、お前が本気で嫌なら何もせんけど」

言いながら、相手に逃げる隙を与えない卑怯な迫り方をしていると思った。全国行きの切符がかかっているような大一番の試合は平気なのに、二人きりになると気持ちがやたら急いて切羽詰まるのはいつものことだった。

「………嫌じゃない。治とシたい…です」

逸らされていた視線がぎこちなく俺に向けられ、そっと言った。好きな子とお互いに抱く劣情をわかち合っている。その事実がひどくうれしかった。

「ゴム取ってくるわ。部屋入ってて」
「うん」

俺に促されて廊下から部屋の中へ進み出たのを見て、掴んでいた手を離した。入れ代わりに和室の外へ出ると、閉じ込めるように後ろ手で素早く襖を引き閉める。

(がっつきすぎや…寝てばかりで力があり余ってるせいか、箍が外れかけてる感がある…)

白く細い手首の感触を思い出して手のひらを見下ろした。それだけで胸の内に滾るものが確かにある。はあ、と上擦った溜め息をついて、二階の自室への階段を勢いよく一段飛ばしで駆け上がった。

*

自室の引き出しの奥に隠していたコンドームの箱を取って和室に戻ると、入口に背を向けて布団の脇の畳の上に正座をし、制服のブレザーを肩から抜くところだった。ゆっくりと時間をかけてそれをたたむのが、まだ行為に及ぶのをためらっているようにも、きちんと躾けられた故の丁寧な所作にも見える。男同士の粗雑で奔放な振る舞いに慣れている俺には、そのたおやかさが新鮮に映った。

(…キレイに整えられたもんって、どうしてこうも乱したくなるんやろうか)

白いシャツの襟にまっすぐにかかるさらさらの黒髪が獣欲を煽る。思わずついた深いため息を皮切りに、抑えていた興奮はたちまち荒く忙しい息づかいとなり、遠いところで大きく響いた。
気がついた時には布団の上に組み敷いていた。投げ出された四肢は細くひ弱だ。首筋にかぶりつき耳の後ろへと狙いを定め、舌で伝い上がっていく俺を押し退けようとするが、まるで抗力を持たない。
その間に肌と髪に満ちるみずみずしく甘い香気をたっぷりと堪能した。渇いてしょうがなかった体の内側が急速に充足するのを感じていた。

「待って、治。まだスカートが…」
「全部脱いだら途中で誰か帰ってきた時に誤魔化せんかもしれんで」
「う…そう、かもしれないけど…」

俺の言葉に抵抗を止めた。しかしまん丸の目に懸念を浮かべて見上げてくる。

「…スカートが汚れたら困るもんな。こうしておけば大丈夫やろ」

すかさず体を起こして膝裏を持ち上げ、制服のスカートの裾を腰まで捲り上げた。ついでに(これも汚したらまずいやろうな)と思い立ち、小さくて薄い下着に指をかけて脱がせ、ブレザーの横に並べる。
明るい部屋で晒された恥部がじんわりと情欲に染まっていく。恥ずかしそうに紺色のソックスを履いたままの足先を擦り合わせた。

(何かすっ裸よりも却ってエロなったな…)

半裸でさっきまで俺が寝ていた布団に寝そべるという、あられもない姿を眺めて喉が鳴った。高熱にうかされていた時よりも、頭の中が朦朧とする気がした。

「これで制服の心配はのうなった?」
「う、うん…」
「ほな、いただきますぅ」

おどけて両手を合わせてみせる。彼女はきょとんとして不思議そうにこちらを見上げてきた。

(せっかくの据え膳やし気合入れていただかんと。言うたら怖がられそうやから口には出せんけどな)

そんなことを考えながら「わからんでええよ」と、素知らぬ顔で覆い被さった。

***

学校指定のリボンタイの下でシャツブラウスのボタンが胸の隆起に沿って外される。前が開かれ、張った乳房が解放を喜ぶかのように、ぷるりとこぼれた。
は、と高揚した様子の治の熱い吐息が肌を滑る。色づいた先端を口に含まれ、美味しそうにしゃぶられながら、出し入れされる指の動きが激しさといやらしさを増した。

「あッ…!」

中で硬く張り詰めた箇所を、指先がごりごりと強く擦り、いきなり頭が真っ白になった。脳天から足先に至るまで、全身を鋭い電流が駆け巡る。あらぬ方へ飛んでいってしまわないように治の首に腕をまわし、強くしがみついた。

「…よさそうやな」
「ん…、はぁ…」

ご馳走を前にした時のように自分の唇を舐めながら治は指を引き抜いた。それを追って中からトロトロとしたものが溢れてシーツに滴るのがわかる。私の体内から流れ落ちたそれはあっという間に熱を失い、お尻の下に広がる冷たさに耐えかねて寝姿勢を横向きに転じた。

(前に来たことがあるのに、別のお家みたい…)

足元では治が体を繋げる準備を整える気配がしている。
ずっと性急に攻め立てられていたので、ふうと息をついた。替えたばかりなのか洗いたての甘い香りがする枕カバーに頬を寄せてとめどない思考を巡らせる。
リビングも廊下も治達の部屋もモダンな色使いの板張りや絨毯なのに、この畳敷きの和室だけは全く趣が異なっていた。白木に縁取られた襖絵に描かれたピンクの梅の小花は高校生の男の子が二人いる家にしてはかわいらしい柄に見える。治達のお母さんが選んだのだろうか。

「あー…俺、せっかく久々に彼女とエッチできる思うたのに、放っておかれてまた具合悪くなってきてしもうた」
「えっ」
「もうこれ以上動けんわあ」

寝間着のスウェットパンツを脱いだ治が、ごろりと力なく横に倒れ込んできた。集中が途切れてぼんやりとしていたことを気取られ、婉曲に咎められたのだと思い、慌てて体を起こす。しかし仰向けになって私を見返す治の顔は、先ほどのは気を引くための冗談であることを示して、今ではいたずらっぽく笑んでいた。
心配させられたことをふくれてみせる前に、治はすかさず人差し指で剥き出しの下半身を指す。

「自分で乗ってみる?」
「乗る、って…」

指された方向へと視線を滑らせる。天に向かってそそり立ち、取りつけた薄膜を引きちぎりそうなほど大きく膨らんだそれを見やった。浮いた血管がどくどくと脈打つ様が私への興奮の度合いを表しているようで、ぞくりとした。

「…やってみる」
「ん。ゆっくりでええよ」

未知の体験への恐怖よりも興味が勝り、怯むことはなかった。治が『おいで』をするように両腕を広げるのに誘われたのもある。
膝立ちで跨り、制服のスカートを両手でたくし上げる。それでも位置がわからずまごまごしていると、落ち窪んだ箇所に突先を合わせてくれた。ちゅ、とキスをした時のような濡れた音が下から響く。

「ふ、ぅ…」

膝から力を抜いて徐々に腰を下ろし、ぬめりに導かれて丸みを帯びた尖端を飲み込んだところまでは順調だった。肉棒の中腹は太く固く引き締まっていて、狭い入口と内壁を思ったよりも容赦なく押し開く。

(治の形がはっきりとわかる…大きな出っ張りが中の敏感なところといっぱい擦れて、すごく熱い…)

恐る恐る進む分、苦しいのも気持ちいいのもじっくりと味わってしまう。せめぎ合う二つの欲の狭間で、この先にあるより強い快楽を求めて腰を沈め続けた。

「あっ…」

やがてこつりと何かに行き当たる。先ほど治が指でしきりに刺激したところだ。僅かな身じろぎでもびりびりと電流の名残のような痺れが走り、その箇所であることを窺わせた。
ついにやり遂げたのだと思い、薄目を開いて肩の力を抜く。しかしぼやけた視界に映った治は意外そうに目を見張り、首を傾げてみせた。

「?まだ全部挿入っとらんよ」
「え…でも…ッ、あぁ!ん…ぅ」

ぐっと太腿を押さえつけられ、ずぷん!と一気に深いところに食い込んだのがわかった。自重がかかるのも相まって、ひときわ熱をもった一点を強く押し上げられる。
「ゆっくりでいい」と言っていたのに。話が違うと非難したかったが、不平は目の前を瞬時に埋め尽くした真っ白な星々の彼方へと消え去ってしまった。
喉元に尖端を突きつけられているような錯覚を頭を振って追い払う。感覚が鋭敏になりすぎていておかしくなってしまいそうだ。訳もなく涙が滲んできた。

「な?これで奥の好きなところに当たるやろ」
「は…、あたる…ぅ」

上半身を起こした治に腰と背中を抱き支えられ、耳元で柔らかく囁かれて背筋がぞわぞわとする。「まだ風邪が残ってるかもしれない」となるべく顔を近づけるのを避けてきたので、頬が触れ合うほどの距離がうれしい。
今なら何でもできる気がして治の顔を両手で包んで口づけた。「え」の形に開いた唇に舌を滑り込ませ、平らな舌先を舐めとる。ぬるぬると湿っていて温かくて、ためらいながらも優しく応えてくれる。そうして夢中になって二人で絡め合わせていると身震いしてしまうくらい気持ちがよかった。

「っ…感染るって。受験生やのに」
「この間の模試の順位よかったし、まだ四月だし…ちょっとくらい平気。今は勉強より治といることの方が大事…わっ!」

ぐるりと視界が回り、治の向こうに木張りの天井が見えた。背中がふかふかとする。足元に寄せておいた掛け布団の上に落とされたことがわかった。

「動くで。全く…今度こそ優しくできると思たのに、な!」
「え…、ッは…!…あ、おさむ…!」

体勢を転じた際に生じた隙間を前のめりに詰められて、ぐぐ、と突先が深部に到達する。畳に敷いた布団はベッドよりも踏ん張りがきくのか、上から真っ直ぐに刺さった。思わず目をむいて仰け反ると、治は布団との間に差し込んだ腕で腰をかき抱き、全身を激しく揺さぶり始めた。
ぶ厚い胸板に押し潰されて体の自由がきかなくとも、粘度の高い水音が明るい部屋に絶え間なく響き、下腹部の密着の度合いを窺わせる。的確に性感帯を突かれる度に、痛みに似た鋭い鼓動が次第にじんとした甘い痺れに変換されていく。頭の中が治に教え込まれた『気持ちいい』で埋め尽くされていく。

「ふっ、んんッ…」

さらに唇が重なり、数度吸われてこじ開けられた。歯と歯が当たるのにも構わず奥の方まで舌が伸びてきて口の中を全部舐められる。上顎を擦られるとくすぐったくて堪らず、肩を叩くが治は止まらなかった。

(さっきのキスとは全然違う…治に食べられてるみたい…)

間近にある柔らかな唇と焼けるような息づかいと、時々触れる犬歯の固く尖った先を意識してどきどきした。
お互いの吐息と唾液がぐちゃぐちゃに混ざり合ってむせ返りそうだ。今日は比較的冷静に見えたのに凄まじい興奮が喉に流れ込んできた。

「治、好き」

激しい愛情に報いようとキスの奥で言った。くぐもって掠れたそれは思ったよりも密やかで弱々しかったが、私に絡みついた治の舌を十分に震わせた。

「もう一回言って」

気づいた治は少し距離をとると額を合わせ、真顔で私を見下ろした。
赤い舌が濡れた唇を物欲しげに這い、目は甘い言葉を期待して輝きながら微かに細められた。その様はひどく妖艶で、ぞく、と昂りが稲光の速度で背筋を上る。

「ん、治…すき、ぃ…ッ」
「っ…俺も好きや。つき合ってからも、自分がどんどんお前に惹かれていくのが、わかる…ッ」

私が口を開くのと同時に抽挿が再開された。先ほどまでの活発な躍動とは違い、濃厚な情を塗りつけるようなじっくりとした深い交わりだ。治の形も大きさも、はっきりと知覚する気がした。水音も一層粘度を増して淫猥に響く。

「うっ…」
「あ!ん…っ、は…」

びく、と二人同時に痙攣する。ぐりぐりと最奥を押さえつけていた怒張が、ひときわ膨れて大量の精を解放するのがわかった。射出は体の芯に勢いよく達し、目の前を白く塗りつぶしていく。

「は…、はーっ…何か、この前よりいっぱい出た感じする…全然足りん感じがしとったのに、一回で満足してしもうたわ」

弾けて四方に散らばった意識が、治の胸が上下する呼吸に合わせて徐々に形を成して戻ってきた。両肩に腕をまわして締めつけられ、そのきつさが随分と安心する。そして風邪が完治するまでの仮部屋である和室は、元の静けさに包まれた。

***

衣服を整え、どちらからともなく手を繋ぐ。ふ、と顔を見合わせて何となく笑い、脱力するのに任せて並んで布団に寝転んだ。一つしかない枕を譲り合いながら身を寄せて、事後の気怠くも幸福に満ちた時間に浸っていると、とろとろと瞼が重たくなる。

「気持ちよかったけど、疲れたね…」
「せやなあ…このまま眠ってしまいたいわ…」

目を擦り、欠伸をかみ殺しながら肩に緩くもたれてくる小さな頭を見やると、うつらうつらとする様子だった。限界まで力を尽くしたことが窺えて、揺すり起こすのも気が引けたので、しばらくじっと真上の天井を眺めて過ごす。
そうしているうちにいつの間にか寝入ってしまったらしい。家の外で母親のと思しき自転車のスタンドが、駐車スペースのコンクリートタイルに擦れる音が聞こえた。続いてガチャガチャと玄関の鍵を開ける音がする。

「やば…!」
「え…?」

慌てて引き起こし、皺の寄ったブラウスの上にブレザーをかけてやる。袖を通すよう急かしながら寝乱れた髪のほつれを手櫛で直すが、母親にしては野蛮な足音が和室のすぐ前まで迫っていた。違和感が腑に落ちる前に、襖が開け放たれる。

「どうもー、お見舞いついでに看病までさせたらしいな。これ、お詫びに買うてきた駅前のケーキ屋のや。よかったら食べてって。リビングにおかんがおるから渡したってやあ」
「お邪魔してます…ありがとう…?」

稲荷崎高校の制服を着たツムは薄っぺらい笑顔を浮かべて一息に言った。俺達が畳にべた座りで不自然に向かい合っている点には一切触れず、大股で無遠慮に布団を跨いで近づいてくると、ケーキ屋の四角い紙箱をきょとんとする彼女の手の中に落とす。

(おかんやのうてツムか。焦って損したわ)

お馴染みの顔を見て、ほっと胸を撫で下ろした。やれやれと膝を打って立ち上がる。

「おかんのところになら俺も一緒に行くわ。紹介せんと…」
「挨拶は済ませたらしいし、サムはまず俺とこっちで話そう、な?」

ツムの有無を言わせない一方的な口調と表情に閉口した。彼女の前なので腹を立てまいと深呼吸したが、俺が何か言う前に「ケーキが溶けるで」と箱を預けた背中を押し、部屋の外へと追いやってしまう。
彼女の去った戸口から俺を振り返ったツムはまだ糸のように目を細めていた。しかし最初から本当に笑っている訳ではないことは明白だった。

「俺の彼女に何してんねん」
「いやいやこっちのセリフや!サム、お前何してんねん!」

ツムはわなわなと肩を震わせ、信じられないという面持ちでカッと目を見開くと、人差し指を突きつけ唾を飛ばす勢いで詰め寄ってきた。

「何って、ナニや。その様子ならわかっとるが。心配せんでも前にツムに言いつけられた通り、あいつは俺らの部屋に一歩も入ってへん」
「場所の問題ちゃうわ!真っ最中におかんが帰ったらどうするつもりやったんや!たまたま出先で会った俺が機転をきかせて時間を稼いだから、こうして無事で済んだものを…!」
「へえ、珍しいなあ。気ぃきくやん」

むっとして言い分を聞いていたが、母親の帰宅時間が予想よりもずっと遅かったのには合点がいった。片割れの的確な状況判断に思わず感心していると、ツムは苛立たしげに溜め息をつき、頭を振ってから片手をずいと差し出した。

「…まあええわ、過ぎたことを今さらくよくよ責めてもしゃーないしな。詫びと礼代わりにお前の分のケーキを俺に寄越せ。それでチャラにしたる。病み上がりやし腹いっぱいそうやし、食う必要ないやろ」
「頼んでへんし、却って腹は空いとる。よってケーキはやらん。ツムこそ、この間俺のプリンを勝手に食ったやろ。逆にお前の分を俺に寄越すのが道理とちゃうんか」
「はァ?万年発情ブタに道理を説かれたくないんですけどお」
「あァ?何やてこの…」

煽られてカチンときた。軽く組んでいた腕を解き、ツムの首元にある臙脂色のネクタイの結び目を掴んだ。ツムの方もほぼ同時に俺が着ているスウェットの襟首を掴む。
緊張が漲る一瞬があった。そして場に割り込む第三者の声がした。

「お取り込み中ごめんね。私そろそろ帰るから、ケーキは私の分を仲良く分けて」

はっとして声がした方に顔を向けると、彼女が気まずい顔で廊下に立っていた。向かい合う俺達の足元に置かれた自分の通学鞄を困ったように見つめている。

「か、彼女さんが悪いとは思てへんで。お客様なんやから遠慮せずサムの分も食べたって」
「せや、ツムの分も食べたらええ。ケーキ好きやろ?あそこの店のめっちゃ美味いで」
「でも…」
「「もうケンカせんから」」

慌ててお互いの服を掴んでいた手を離した。駆け寄って屈み、視線を合わせると何か言いたげに唇が動く。
小ぶりで血色がよくツヤツヤとしていて(苺みたいで美味そうやな)と思った。ぐうと腹が鳴る。あれほど好きに貪ったのに、もう足りないらしい。

「…デレデレすんな。ますます困っとる」

膝裏に軽い衝撃があった。追い抜き際に俺に蹴りを入れたツムは返事を待たず、欠伸をしながらリビングの方へと歩み去っていく。

「…いくら美味しくてもさすがに三人分は多いかな。私のは一人分でいいから、治のをちょっとだけ味見させてもらってもいい?」
「!ええよ。なんぼでも持ってって」
「ふふ。一口で十分だよ」

頷くと、にっこりと笑いかけられる。見入らずにはいられなかった。とっくに熱は引いたはずなのに、汗だくになるくらい暑かった。

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