糸師兄弟の幼馴染
糸師冴
海外について来て欲しい24歳と社会人なりたての22歳の幼馴染。一時帰国をきっかけにやっと始まる恋の駆け引きの夢話。
【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。
目次
本編
2023.05.07
2023.05.07
2023.06.02
2023.06.02
2023.10.13
2023.10.28
2024.02.10
2023.12.08
高校生編
冴→18歳、幼馴染→高校生16歳です。
2023.09.01
2023.09.22
海外について来て欲しい24歳と社会人なりたての22歳の幼馴染。一時帰国をきっかけにやっと始まる恋の駆け引きの夢話。
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2023.05.07
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2023.10.28
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2023.12.08
冴→18歳、幼馴染→高校生16歳です。
2023.09.01
2023.09.22
異国の地で助けた日本人の女の子が、知り合いの幼馴染という事象は、一体どれくらいの確率で起きるのだろう。
「もしかしてサッカー選手のオリヴァ・愛空さんですか?以前、日本のU-20代表に選ばれていましたよね」
しつこいナンパ男を追い払った後で、正確に名前を呼ばれた時にはすっかり驚いてしまい、初対面にも関わらず目の前の女の子をまじまじと見つめてしまった。
「へえ。俺のこと知っているんだ。もしかしてサッカーに詳しい感じ?」
「ええ、まあ…人並みには。それにオリヴァさんは有名人ですし」
相手は謙遜する様子で、サッと目を伏せて首を振った。俺にはそれが恥じらいに映った。久しぶりに日本人らしい奥ゆかしさに接して、胸にときめきを覚えもした。
「とりあえずそこのオープンカフェに入らない?何で一人でいるのか気になっているんだよね。よかったら話を聞かせて」
指した先には、欧州らしい白い石畳の車道に並行してパラソルとベンチが立ち並んでいた。十二月なので風は冷たいが、コートを着ていれば凍えるほどではない。それに夕暮れが迫った今は街路樹や周囲の店のイルミネーションが点灯し始め、石造りの美しい街並みをロマンチックに彩っていた。
その景色を眺めて、ずっと不安げだった表情がたちまち緩んだ。「綺麗」と無邪気に呟くのを耳にして思わず微笑みたくなる。
「誘ってくださってありがとうございます。あの…お店に入る前に電話をしてもいいですか?内緒で来ちゃったので、報せるのが遅れると気まずくなりそうなんです。オリヴァさんも知っている人ですよ」
「え?」
笑顔になった女の子は淡い光の中で俺を振り返り、瞳をきらきらと輝かせ、弾んだ口調で返事をした。しかしその内容は思ってもみないものだった。
「共通の知り合いがいるの?君と俺に?」
「はい。冴ちゃんがいつもお世話になっています。以前、冴ちゃんがブルーロックとの試合やU-20での練習の様子を話してくれました。それでオリヴァさんのことは印象に残っていて…」
「ちょっと待って。君の言う『冴ちゃん』って、もしかして…」
「糸師冴です。私達、家が近所だったので一緒に育ったんです」
(マジかよ…)
仰天して片手で顔を拭った。そしてここはあの天才ちゃんの所属しているチームの本拠地であることが過る。
つい先日、俺が所属しているチームと練習試合を行ったが、糸師冴は数年来の顔見知りである俺にも一貫して愛想がなく、相変わらず大きな態度でフィールドの風を切っていた。
(閃堂のことを『グラドル結婚小僧』とか小馬鹿にしていたくせに、自分はちゃっかり幼馴染とよろしくやっていたわけね…)
女の子が連絡をとろうとスマートフォンを操作するために外した手袋の下には、でっかいダイヤモンドが付いた指輪があった。それはクリスマスのイルミネーションを反射し、ふちを金色に煌めかせて、二人の関係が幼馴染以上であることを静かに物語っていた。
*
「冴ちゃん、すぐ来てくれるそうです。私がこっちにいる上にオリヴァさんと一緒だと言ったら、すごくびっくりしていました」
「サプライズ成功だね。おめでとー」
「ありがとうございます」
出会って数分もしないのに、天才ちゃんを出し抜いたことを讃えて手を叩き合う。幼馴染ちゃんは明るい声を立てて俺と差し向かいの位置のベンチに座ると、注文したカフェオレを美味しそうに飲んだ。
俺は滅多にない機会だと割り切って、この奇妙な巡り合わせを楽しむことにした。何より幼馴染ちゃんはおしとやかというよりは快活なタイプのようで、糸師兄弟と一緒に育ったとは思えないくらい陽気で口が回る子だったのだ。
「『冴ちゃん』は小さい頃からあんな感じなの?」
「そうですねぇ…全然変わってないと思います。物言いも性格も小さい頃からはっきりしていて、早くからサッカー漬けでした。地元では大人でも冴ちゃんに敵う人はいなかったんじゃないかな」
「それは口が?それともサッカーの技術が?」
「あはは、両方です。よくクラブチームの監督とコーチを言い負かしてましたよ。でも誰よりも熱心に打ち込んでいたので、同年代の子はみんな冴ちゃんを尊敬してました」
話しながら在りし日を思い描いたのか、ふわりと柔らかい笑みをこぼした。そしてほんのりと目元に色を差し、恥じらうようにまつ毛を伏せる。
女の子のタイプを選り好みしない俺としては絶好の口説きどころに思えた。空はすっかり夜の色に溶け込み、電飾がますますきらびやかだ。店の客も道を歩く人影もカップルが多く、お互いの顔を見つめて穏やかに談笑している。舞台は整ったかに見えた。
しかし、すかさず薬指のダイヤモンドが、ぎらりと獣の瞳に似た鋭い光を帯びた気がした。幼馴染ちゃん自身は和やかで明朗な印象にも関わらず、その影に不穏で重苦しいオーラを放つ存在を感じる。
(さすがに命が惜しいから手は出せねー…それにしても、慣れない国で言葉も理屈も通じない男に絡まれた後なのに、元気そうで安心したわ)
ほっと息をついた時だった。車道の路肩に黒塗りのタクシーが停まった。リアウインドウに短い髪を逆立てた見覚えのあるシルエットが映っている。
「おいでなすった」
「え…」
幼馴染ちゃんが振り向くのと同時に、後部座席から出てきた天才ちゃんは外気の冷たさに首を竦めると、俺達を探してゆったりと辺りを見回した。グレーのコートに黒色の細身のパンツとスノーブーツを合わせたコーディネートで、急いで駆けつけた割にシックで洒落ている。ジャージやユニフォーム姿しか知らないので新鮮に感じた。
「おーい、天才ちゃん。こっちだよ」
目につくよう片手を上げ、あえて日本語で呼びかける。すると勢いよくこちらに顔を向けた天才ちゃんは、目を凝らすかのような険しい表情になり、大股でこちらに歩み寄ってきた。
「何やってんだ。このすっとこどっこい」
そしてテーブルの脇に立ち腕を組むと、急に声を重く張り上げる。叱られた幼馴染ちゃんの肩が座った姿勢のまま、びくんと大きく揺れた。
「来る時は必ず連絡しろっつっただろうが。車に連れ込まれでもしたら、どうするつもりだったんだよ」
天才ちゃんは真っ直ぐな怒りとまなざしを、俯いてしまった幼馴染ちゃんに注いでいる。同じテーブルについている俺なんて最初から目に入っていないようだ。
普段の淡白な様子とは全く異なる意外な迫力に、俺は気圧されていた。それに完全に蚊帳の外にされている以上、息を飲んで成り行きを見守るしかない。
やがてこれまで気丈に振る舞っていた幼馴染ちゃんの目がみるみる潤み、涙がこぼれ落ちた。天才ちゃんのただならぬ様相に衆目が集まる中、大の男に挟まれた女の子が声もなく泣いているのはいよいよ体裁が悪い。
「天才ちゃん、俺からもよく言っておいたからさ。そろそろ…」
「冴ちゃんのバカっ!私だって、怖かったんだから…」
「あ?」
仲裁に入った方がよさそうだと口を開くのと同時に、天才ちゃんに負けないくらい大きな声が響いた。幼馴染ちゃんは唐突に椅子から立ち上がると正面へと進み出て、「バカ」と噛みつかれたことで、より険悪さが増した視線に躊躇なく手を伸ばす。
呆気にとられる周囲をよそに、二人は当然のように引き合い、オレンジ色のイルミネーションの中で同じ影を踏んだ。
そして耳にかかる髪をかきやると、ごく小さな声量で素早く囁いた。
「誰がバカだ。怒られて当然だろ。いきなり来て心配させる方が悪い」
「っ………ごめんなさい…」
天才ちゃんは顔を押さえて一層激しく泣き出した背中に手をまわして支える。肩に強くしがみつかれるが、身じろぎもせず受け止めていた。
*
知人が恥じ入る様子もなく、目の前で堂々と抱き合っている。たまたま居合わせた俺としては時間の経過とともに驚きよりも居心地の悪さが勝ってきた。普段の糸師冴の素っ気なさを知っているだけに、見てはいけないものを目にしてしまった感が否めない。
立ち去るタイミングを逃し、手持ち無沙汰にぬるいコーヒーをすする。冬の外気を身に沁みながら(話のタネにはなるか)と開き直る思いだった。
『見せもんじゃねーぞ、タコ』
天才ちゃんはちらちらと目を向ける通行人をこの国の言語で流暢に罵り、たちまち群衆を散らした。人並みは徐々に引き、いよいよびっくりしている人間は俺だけになってしまった。
「見せつけてくれるねぇ、天才ちゃん」
やがてテラス席にいるのが三人になった頃合いを見計らって口を開く。天才ちゃんはすすり泣くのを片腕で抱き寄せたまま、今俺に気がついたかのような顔で座っている俺を見下ろした。
「よぉ、我が儘キャプテン。うちとの練習試合で負けたくせに女と茶ァしばく余裕はあんのか。羨ましい限りだな」
「この状況でキミがそれを言う?相変わらずいい性格してんじゃん」
顔をつき合わせれば臨戦態勢になるのはお互い様だ。しかし礼の一つぐらいは言うべきだろうと、むっとした。
「それとも大切な幼馴染ちゃんのピンチを救ったのが自分じゃなくて俺っていうのが、よっぽど気に食わないのかね。遠路はるばる会いに来てくれてうれしいのに、俺が居合わせたことでそれを素直に喜べなくてイライラしているのかな」
「…何が言いたい」
それほど強い口調で言ったわけではないのに、眉をひそめた糸師冴はまんまと俺の安い挑発に乗ってきた。幼馴染ちゃんを脇に退け、肌に食い入るような敵意を全身に漲らせる。ボールを持っていない時に、俺にそれを向けるのを見たのは初めてだった。
「冴ちゃん、やめて。オリヴァさんは私を助けてくれたんだよ。ケンカしないで」
幼馴染ちゃんは天才ちゃんの腕に手をかけて引っ張り寄せた。すでに泣き止み果敢な自分を取り戻した様子だったが、震える声はちょっとしたことがきっかけで再び泣き出してしまいそうに聞こえた。
男二人は反目し合うのを中断し、ぴたりと口を噤む。涙に濡れて重く張りつめた視線が疑わしげに俺達の間を行き来し、俺はまたしても居心地の悪い思いをする羽目になった。
「…ひでー顔。荷物は預かっててやるから店の鏡で直してこいよ」
気まずい沈黙を破ったのは天才ちゃんだった。親指で目元を拭ってやりながらカフェの店内へと続くドアを指してみせる。
「…もうケンカしない?」
「そもそもケンカなんかしてねぇ。挨拶だ。俺と凛が会った時もあんなもんだろ」
いくら何でも弟くんとの応酬ほど物騒ではないだろう。内心不本意ながらも場を仕切り直そうとする意思を察し、とりあえず話を合わせることにした。
「そーそー、同業間ではこれがフツーなのよ。驚かせてゴメンね。行っておいでよ。『冴ちゃん』と仲よく待ってるからさ」
名前を呼んだところで横から俄に殺気が放たれたが、気がつかないふりをして笑いかける。天才ちゃんは大抵のことは上手にあしらう方法を心得ているはずなのに、幼馴染ちゃんが絡むとやたらムキになるのが面白い。
彼女は俺の笑顔を前にしてなお半信半疑の様子だったが「ほら」と天才ちゃんに促されて、最後はこくりと子どものように頷いた。
「…いくら気心が知れているにしても、いきなりお説教をかますのは愛情の裏返しにしては厳しいんでない?」
「生憎じゃじゃ馬の躾け方を他に知らねぇんだよ」
店内のドアを開け、姿が見えなくなったのを確認してから話しかける。この頃には糸師冴にとっての彼女は、危なっかしくて不安が尽きない存在であることをうすうす察していた。
(意外といいようにふりまわされているのは天才ちゃんの方なのね)
それに思い当たると、これまでの横暴で大胆なふるまいが少しかわいらしく思える。恋人のことになると、なりふり構っていられないのは『日本の至宝』も同じらしい。
口元に手をやり、こみ上げてきた笑いを押し殺すが、気づかれて不審そうに睨まれた。その尊大な様子が慌てぶりを目の当たりにした今となっては無性におかしく、ついに肩を揺らして笑い出してしまった。
***
オリヴァ・愛空が去った後もしばらく二人でその場に居残ってタクシーを探した。しかしアプリを駆使してもクリスマスが目前に迫るためか、車は中々つかまらなかった。
「家まで歩くか。時間はかかるが、いつか着くだろ」
「…本当に泊めてもらっていいの?冴ちゃんは一人で静かに休暇を過ごすつもりだったんでしょう」
預かったままの旅行用のキャリーケースを引いて街路を先に歩き出すと、慌てたようについてくる気配があった。
「別に構わねーよ。部屋は余っているし、お前がいたところで不便も不都合もない。ホテルはキャンセルしてどこぞのカップルにくれてやれ。クリスマス休暇中だから需要はいくらでもあるだろ」
「でも私…これ以上、冴ちゃんに迷惑をかけたくない」
震える吐息混じりの声が後方から聞こえた。ついいつもの調子で返事をしてしまい、幼馴染が泣いた後でしょげている様子であったことに思い当たってぎくりとする。足を止めて振り返ると、案の定やるせない瞳が見つめてきた。
「あー…驚きはしたが、迷惑とは思ってねぇよ。むしろ一人で暇を持て余していたから、お前が来てくれてありがたいと思っている」
なるたけ率直に胸の内を明かしてみせた。これまで俺なりに思いやって行動してきたのだが、どうやら周りからはそう見えないらしいというのが今回の一件で判明したからだ。
幼馴染は俺が態度を改めたことにすぐ気づいたようで目を見張った。先ほど口にした内容は思いもよらないものだったらしく、言葉もなくその場に立ち尽くしている。
「…何だよ」
「だって、冴ちゃんがそんな風に自分の気持ちを言ってくれるのが珍しいから…『自分がどうしたいのかがまとまったら連絡しろ』って、今日はひとまず放っておかれると思ってた」
さすが俺のことをよく心得ている。(事の運びと虫の居所次第ではそう言ったかもしれない)と思ってしまうのが癪で、それには答えずに目を逸らした。
車道の向こうに立ち並ぶ、クリスマスに彩られた明るいビル群をしばらく眺めてやり過ごす。
「…で、どうするんだ。俺んちでもホテルでも、お前が好きな方を選べよ」
視線を戻すと幼馴染は口を噤んで俯いた。答えがそこに書いてあるかのように指先がダイヤモンドを撫でている。
やがて顔を上げ、肩の力を抜いて答えた。
「…冴ちゃんちに行きたい。できるだけ長く一緒にいたい」
「わかった。家事代行も休みだから交代制な」
「ふふ、いいよ。まかせて」
白い息を吐く口元がやっと笑んだ。それを見て今度こそ泣き止んだことを確信し、密かに胸を撫でおろす。
それから肩を並べて歩き始めた。他愛のない会話を交わしながら、こうして二人で出歩くのは随分と久しぶりだと、ふと考える。
「ん」
交差点にかかる横断歩道に踏み出したタイミングで荷物を持っていない方の手を差し出すと、ぽかんとしてまた立ち止まる。
日本国内ではこちらと比べて俺への注目の度合いが段違いなので、大人になるにつれお互いの立場を慮り、人前で触れ合うことはおろか連れ合うことすら、どちらからともなく避けるようになっていた。しかしクリスマスを目前にした喧騒の中では皆自分のことに夢中で、誰も俺達に注意を払う様子はない。
「早くしろよ」
信号が忙しなく点滅を始めてもまだぐずぐずしているので、じれったくなってその手をとり、小走りで道を渡った。俺の手にすっぽりと収まるほどに小さく、凍てつく外気に長く晒されているのに熱っぽくて柔らかい手のひらだった。
「こんな人混みで手なんて繋いで…今日は変装をしていないし、冴ちゃんだってバレたらきっと騒がれるよ」
「かもな。でも別に問題ねぇだろ。つき合っているのは事実だし、遠くない将来に一緒に暮らす展望もある。ここまできて外野にとやかく言われる筋合いはねーよ」
「…そっか。そうだね」
横断歩道を渡りきったところでスピードを緩めると、幼馴染は小さく跳ね上がり、両足を揃えて俺の隣に軽々と下り立った。それから手を繋げたまま、くるりと俺の方に向き直る。ほのかに舞い落ちてきた雪の中で得意満面に笑いかけてきた。
Posted on 2023.12.08
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