糸師兄弟の幼馴染
糸師冴
海外について来て欲しい24歳と社会人なりたての22歳の幼馴染。一時帰国をきっかけにやっと始まる恋の駆け引きの夢話。
【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。
目次
本編
2023.05.07
2023.05.07
2023.06.02
2023.06.02
2023.10.13
2023.10.28
2024.02.10
2023.12.08
高校生編
冴→18歳、幼馴染→高校生16歳です。
2023.09.01
2023.09.22
海外について来て欲しい24歳と社会人なりたての22歳の幼馴染。一時帰国をきっかけにやっと始まる恋の駆け引きの夢話。
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2023.05.07
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2023.10.13
2023.10.28
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2023.12.08
冴→18歳、幼馴染→高校生16歳です。
2023.09.01
2023.09.22
冴ちゃんに分けてもらった熱の欠片を飴玉みたいに舌先で転がす。今日はずっとそうやって今朝のことを思い返していた。十六歳の冴ちゃんとも十八歳の冴ちゃんともしなかったこと。手を繋いだことすらなかったのに私はもう冴ちゃんを食べたがっている。はあと夏の空気よりも熱い溜息をついた。
暦の上では残暑と呼ばれる時期なのに太陽は夕方になっても容赦がない。吊り革に掴まり電車が揺れる度に車窓から射す陽光がぎらついて痛いくらいだった。目の前のシートに座った会社の先輩が「眩しいよね」と背中の後ろにあるスクリーンを下げてくれた。並んで吊り革にぶら下がる同僚と「ありがとうございます」の声が被り、顔を見合わせて笑う。
全部薄い膜を一枚隔てた向こう側の出来事に思えた。週末の仕事終わりに職場で気のおけないメンバーでの飲み会。この夏最後のビアガーデン。楽しみにしていたのに冴ちゃんという強力な熱射を前にして、その魅力はぐずぐずに溶けてしまった気がしていた。
誰に言われた訳でもないが『従順で規範的ないい子』が私の評価だと知っていた。保守的で調和を重んじるこの国のシステムにおいてはそれが最適だからそう振る舞っていた。でも本当は社会が望むいい子でいるだけでは味わえない至高の果実があるのだと、世界一のエゴイストが常に私に知らしめている。
ぎゅうとプラスチックの輪っかを握る手に力を込めた。今朝の続きを、してみたい。あの先に何があるのか、どんな糸師冴が潜んでいるのかを知りたかった。真に無垢で素直ないい子はきっとこんなことを企まない。私は私の卑しさを、冴ちゃんにだけ許されたい。
物思いに耽るうちに電車は地下に入り窓に映る色の反転した世界が私を日常へと引き戻す。白く浮かび上がる自分を見て、いかにも物欲しそうなひどい顔をしていると思った。こくりと喉が上下に動く。体が渇いてしょうがない。そうだ、これから日頃の労を労いに皆でビールを飲みに行くんだっけ─お酒の力を借りれば胸が苦しいほどの焦燥を紛らわすことができるのかもしれない。そう思うと少し気が楽になった。
***
顔を晒すつもりはなかったが連れが男であることを認めて気が変わった。伊達眼鏡を後部座席に放り出して車のドアを開ける。マネージャーが血相を変えて俺を呼び止めるのを無視して雑踏へと踏み出すと、無遠慮な視線が集まり肌を刺すようだったがすぐに気にならなくなった。仕事の帰りに自分の女を迎えに来ただけだ。コソコソする謂れはねぇだろ。週末の繁華街を賑わせる群衆が俺を振り返っては勝手に道を空けていく。お陰で難なく目的の場所に着くことができた。
隣に居る若い男は早くから俺に釘付けで、俺が自分の前で足を止めたことに驚いて皿のような目を瞬かせるだけで言葉が出てこないようだ。今宵は日中の余熱を残してそこそこ蒸し暑いのに、この国の凡庸型である紺のスーツにネクタイまで締めているので傍から眺めている俺の方が呻きたくなる。
周りに知り合いらしきグループは存在しない。恐らく男は気立てのいい善良な若者なのだろう。会社の飲み会が終わり俺の迎えを待つ幼馴染が歓楽街で一人にならないよう付き添っているのだ。経緯は想像できた。感謝こそすれ当てこするのは筋違いだと理解はしていた。視線を外したら一瞬で記憶から吹き飛ぶようなモブ相手にムキになるなよ。傍らでもう一人の自分が冷めた目で俺自身を見つめている。
「あれ、冴ちゃん…」
目を開けた幼馴染は気怠そうに頭をもたげ、ゆったりと俺と隣の同僚とを見比べた。支えようと手を差し出すが「平気だよ」と言いながら一人で立ち上がり、アルコールの匂いを振りまいて車を停めた場所とは別の方向にゆらゆらと勝手に歩き出す。明らかに飲み過ぎていた。
「嘘つけ。ふらついてんじゃあねぇか」
「平気だってば…もう、子ども扱いしないで」
追いついて腕を掴むと振り返った瞳は思いのほか反抗心に満ちており頑なな光はあの冬の日を思い起こさせた。子ども扱いなんてできる訳がない。ここ数年は子どもとして、妹として見たくても見れねぇよと思う。昔は凛と並んで泥だらけで仔犬のように無邪気に笑い転げていたのに髪型がどうの服装がどうのと気を使いだした途端、急に大人びてすっかり女になった。意識したと同時に友愛は執着へと変わった。自活という選択の地盤ができるまでの八年。そして今。俺はお前が思うよりも、ずっとみっともなくお前に固執している。
「…方向が違ってんだよ。車はあっちだ」
意地になって騒がれるのも面倒なので誘導をしつつ自分で歩かせることにした。行き場のない手を両ポケットに突っ込んで後ろをついて行く。群衆はまたさざ波のように割れて俺達を避け始める。好奇の視線が俺とあいつの間を行ったり来たりする。その光景が目に入らないほど酔っ払っているらしく「眠たい」とぼんやりと呟いた。
***
浅い眠りの中で強烈な頭痛に苛まれ身じろぎをした。ぼやけて滲んだ視界に透明な雫を滴らせたペットボトルが差し出されるが、腕を持ち上げるのが億劫でいやいやと首を振る。はずみで顔の横で濃紺の背景に色とりどりの光の粒が輝いているのに気がついた。ここはどこなのだろう。体の下にある海鳴りの呻きと波の轟きに似た音と振動で車に乗せられていることは認識できた。
すりと頬を撫でられながら「何が欲しい」と律儀に尋ねられ、果てない悪夢から逃れるための時と休息が欲しいと思った。重苦しい体を倒して楽な姿勢で眠りたいのに、垂直に縛りつけられて自由に動けない。この上なく不快な悪夢の中に私はいる。
「さえちゃん」
救いを求めて名を呼んだ。その御手がこの苦しみを洗いざらい拭い去り助け出してくれるのを望んだ。「何だ」と聞き返されてもう一度口にする。
「糸師冴が欲しい」と。
その瞬間、ぴくんと私の肩に触れていた誰かの手が震えるのを感じた。「…俺をか」と少し遠いところで聞き覚えのある掠れた声が言う。
とりとめのない思考はその声に呼応して先ほどの言葉の意味をすり替えた。濁った意識の中で求めるものは悪夢からの救済ではなく冴ちゃん自身になった。間違いではない。今日は一日中ずっと冴ちゃんのことを考えていたもの。いくら深酒をしてもその面影は消えてくれなかった。
うん、と頷きながら街の灯りとは反対の方向に顔を向ける。薄ぼんやりとした曖昧な明るさの中で青い火花がちりちりと散って、ぱっと炎がひらめいた。うすら青い光は勢いを増して爛々と燃え盛り陽炎のように冴ちゃんの全身から吹き出す。赤のそれを超える熱と力は私の全てを飲み込み、燃やし、溶かしつくそうとしているかに見えた。
そうして彼は私を試しているのだと瞬時に理解した。悠遠の日と同じだ。恐怖でもって支配をするのではなく、自ら望んで己の起こす渦の中へと飛び込む覚悟があるのかを問うている。
脅しは無意味だと微笑んでみせた。とっくの昔に答えは決まっている。冴ちゃんが好き。その気持ち一つで私は何でもできるよ。これが私の覚悟の形だと示してみせた。
「…わかった、くれてやる。その代わりお前も寄こせよ。お前の持っているものを全部だ」
「…全部?」
「そうだ。心と体だけじゃねぇ。お前のこれからの人生まるごと、全て俺に託して委ねろ」
お前に俺を選べるか、と冴ちゃんは私の顎を掴み真意を見定めるかのように瞳を覗き込んできた。私もまた清く硬質な光を覗き返した。何だか焦っているというか切羽詰まっているようだ。私に迷いも恐れもあるはずがないのに。
大丈夫、というつもりで燐光に手を差し出し指先が冷たく乾いた肌に触れる。世界一になろうと冴ちゃんは冴ちゃんだ。一緒に生きたいと今も思っている。今までもこれからも、誰よりも大切に思っている。
「あげるよ、私の全部。ずっと一緒にいようねって約束したでしょ。忘れちゃったの?」
一蓮托生の誓いは既に結んでいた。ためらう理由がどこにあるの、と首を傾げる。冴ちゃんは体を引くと「そうだな」と言いながら隣のシートにゆっくりと沈んだ。そして首の後ろに手をやりながら伸び上がり「そうだったな」と天井を振り仰いだ。
「えっ、プロポーズ?しかも成功した?」
運転席から声が上がった。いつの間にか車は路肩に停められ人けのない公園の黒い木立が揺れている。冴ちゃんのマネージャーはわかりやすく慌てふためき外の常夜灯の光の中で「結婚式はいつにするの?」「記者会見の日程を決めなきゃ」と矢継ぎ早に手帳にタスクを書き留め始めた。そして私はたった今夢から醒めたかのように、この恋の成就とこれからの二人の形が定まったことを実感した。
Posted on 2023.05.07
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