糸師兄弟の幼馴染
糸師凛
兄貴に惚れていると勘違いされている幼馴染の夢話。始まりはアレですがハピエンです。
【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。
目次
本編
2023.02.17
2023.02.24
2023.03.17
2023.03.03
2023.03.24
兄貴に惚れていると勘違いされている幼馴染の夢話。始まりはアレですがハピエンです。
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2023.02.17
2023.02.24
2023.03.17
2023.03.03
2023.03.24
一応ゆっくり挿れたが、加減がわからなくて最後はねじ込んだ。伝わってくる感覚に変わりはなかったのに、俺の下で体がびくんと大きく跳ねる。ひゅーひゅーと吐く息が細くなった。
もしかして痛いのか。初めては血ィ出るらしいし。繋がった所を確認したが、特に異常があるようには見えなかった。
試しに一度腰を揺らしてみる。「う、」と小さく呻いた。顔を隠した腕の下で潤んだ瞳が恨みがましく光っている。
兄貴ならこんな顔させねぇんだろうな。脳裏に過ぎった兄の姿に高揚した気分が萎える兆しを察知して、慌てて目の前にある現実に立ち返った。赤黒いものが白く柔らかな体に埋め込まれている。兄貴に恋をしている女の腹の中に、俺がいる。
「どんな気持ちなんだよ。好きな男の弟にヤられるってのは」
「…サイテー」
いきなり平手が飛んできた。だが、組み敷いているのは俺の方だ。届く訳ないのに馬鹿な奴。っていうか今さら抵抗するのかよ。受け止めて布団の上に落さえつけた。それでもなお鋭い視線が俺を刺す。
ぞくりとした。あとはもう好き勝手に、めちゃくちゃに動く。全部ぐちゃぐちゃに壊れてしまえばいい。クソ兄貴も、クソ兄貴に惚れている幼馴染も全部だ。
「凛」
涙声と白い腕が首に絡みつく。こいつ、本当に馬鹿だな。俺に縋ったって泥の中を一緒に沈んでいくだけだ。
知らないだろう。俺は現在進行形で溺れている。お前の大好きなクソ兄貴に落とされたんだ。
いくら藻掻いても浮上する事ができず、自由な呼吸がままならない苦しさと辛さを分かつ道連れが欲しい。その辺の烏合じゃあ駄目だ。以前の兄貴と俺とをよく知る人間ほど一番手っ取り早く沈む─そうして選んだのがかつてフィールドで共にボールを追いかけた幼馴染だった。
『英語やスペイン語、フランス語とか、とにかく世界中の言語を勉強して世界中の選手に会ってみたいの!もちろん選手としての冴ちゃんにも!』
中学に上がって早々プレイヤーからドロップアウトしたのは他に叶えたい夢を見つけたからだと聞いていた。兄貴の居る海の向こうを二人で見つめて、隣で笑っていた顔がひび割れていく─
(…何が夢だよ。所詮お前も努力する理由を兄ちゃんにこじつけただけじゃねぇか)
「凛っ!しっかりして、凛!」
悲鳴のような声音で名前を呼ばれ、何度も肩を叩かれた。はっと我に返る。
やべぇ俺、今トんでた。視界がやけにぼやけて頭が熱い。クソ、集中しろ。手のひらで顔を拭う。途端に生温かいものでぬるりと滑った。何だこれ、汗か?
「もう止めようよ凛…こんな事しなくても私は、」
「うるせぇ。俺に指図すんな」
「でも」
「否定するな。拒否も駄目だ。従えないのなら付き合いも今日限りにする。お前の知っている凛はもう何処にも居ねぇんだよ」
吐き捨てた言葉が急所を貫いた手応えがあった。見開いた眼からゆっくりと雫がこぼれ落ち、ちっぽけな体を震わせる。ここで泣くのかよ。ずっと威勢が良かったのに、わからない女だ。
自覚しているよりも狼狽えていたらしい。泣き顔を見ていられなくて目を逸らした隙に、突然抱きつかれるのを退けられなかった。反射で引き離しにかかるが、汗ばむ裸体はつるつるとして掴み所がない。おまけに三年近くブランクがあるとはいえトレーニングを日課とした体は靭やかで、細い腕が俺の首に、腰には脚ががっちりと巻きついている。
苛立ちがじりじりと腹の底を焦げつかせた。女一人どうにもできないなんてカッコ悪ィ、何でこうも思い通りにならないんだ。
「おい、離れ─」
「冴ちゃんも凛も関係ない!私は自分の意思でしたいようにしているのっ!凛の馬鹿馬鹿馬鹿、大馬鹿野郎!死んでも離さないんだから!」
言い返そうとしたが、そのまま耳元でわんわん泣かれて頭を冷やさざるをえなかった。こうなったら何を言っても無駄だとよく知っている。自分勝手で自己主張ばかりの兄貴と俺との間で、こいつが我を通す唯一の手段だ。前に見せたのは五つか六つの幼い頃か。年甲斐もなくしがみつき泣きむせび、腕の中でしきりに「凛の馬鹿」を繰り返している。
罵られながらも、さっきまでの救いようのない惨めさは幾分か和らいでいた。どうかしている。ズタズタに傷つく様に慰められたのだ。胸の中に燻り続ける不快な何かを、今だけは見ないふりをする事ができた。
「…鼻水つけんな、タコ」
いつの間にか強く抱き返していた。結局、縋っているのはどちらの方なのだろう。こんな時なのに瞼の裏に浮かぶのは、ひたむきに兄の背を追いかけゴールを目指すあの景色だった。
***
『どんな気持ちなんだよ。好きな男の弟にヤられるってのは』
サイテーだよ、馬鹿凛。まだ私が冴ちゃんを好きだと思い込んでいるんだ。
「…冴ちゃんにはわかりやすいって言われたんだけどな」
凛には届いていなかった。頭の中は相変わらず冴ちゃんとサッカーに埋め尽くされていて私が入る余地など一ミリも無いのだ。とんでもないサッカー馬鹿。そしてブラコン。
「返せ!私の恋心!」
頭にきて白い湯面を思いきり叩いた。豪快な音と共に水飛沫をまともに被り、波立った気持ちは治まるどころか煮えくり返る。もう一度叩こうとしてぎくりとした。手首にくっきりと赤い指の形が浮かんでいる。
(…凛をひっぱたこうとして掴まれた時のだ)
衣服は洗濯機に入れる前に検めたが、体の方は見ていなかった。慌てて結露した浴室の鏡を拭いて確認をする。首、胸、脚、背中─私の全てに凛が触れたのだ。その痕跡を探している状況が恥ずかしくなって俯くが、手首に残る指の痕はあの行為の歪さを象徴するかのように禍々しい。
『お前の知っている凛はもう何処にも居ねぇんだよ』
凛にとって私はぞんざいに捨て置いても構わない木偶に成り果てているのかもしれない。目と目を見交わしお互いの功績を讃え合った幼馴染はもう私の中にしか存在しないのかもしれない─滲んできた涙に気がつき慌ててまばたきをして追いやった。一人で泣いたら惨めさに拍車がかかる気がしてずっと我慢している。
『気が済んだ。今日はもういい。帰れよ』
体が離れた途端、元の冷たい凛に戻っていた。その言葉と態度が何よりも鋭く私を切り裂くのだ。氷のような瞳を思い出し長く震える溜息をついた。吐く息まで白くなった気がする。
湯につかり直していると防水ケースに入れて持ち込んでいたスマホが震えた。何気なく目にしたものの意外さに思わず叫び声を上げそうになる。
【忘れ物。今から届けに行く】
画面には端的なメッセージと共に凛の名前が表示されていた。
*
忘れ物は英語のノートだった。気づかないふりをしてやり過ごそうかとも思ったが、雪の降る中を門前で待つのを見てしまうと落ち着かず、結局は応対する事にした。本当に私は甘い。糸師兄弟風に言うと、ぬるい。
いつから外に出ているのだろう。凛の鼻は赤くなっていた。
「…上がっていけば。お母さん、会いたがっていたよ」
「いい、別に。トレーニングの途中だし…っつーか合わせる顔がねぇ」
「反省はしているんだ」
「あ?」
凛はぎゅうと眉を寄せて私を見るが、すぐに顔をそむけた。暗くなってから降り始めた雪は灰色の空を白く埋め尽くすほど勢いを増し、みるみるうちに凛の黒髪にまだらを作る。傘を取りに戻ろうか迷ったが、コートのフードを被るのに留めた。今引き返したら凛は去ってしまう予感がする。
ふいに湧いた惜別の情に、彼を突き放す心積もりがないのだと悟ってしまった。この初恋を貫く事は甘やかな夢の中で生きるのと同義なのかもしれないと、ついさっき気がついたばかりなのに─
「英語」
「え?」
「少しはマシになった」
「…受験が終わったらいくつか試験を受けるの。成績優秀者には留学資金の補助が出るから、それを目指すつもり」
凛は興味を引かれないのか「ふぅん」と言うと出し抜けに私のフードの雪を払い始める。バシバシと乱暴に叩かれながらやり返そうと手を伸ばすと、白い結晶が触れた端から溶けていった。凛の方が随分と背が高いので窮屈だろうに、されるがままだ。
濡れた髪筋の間から覗く瞳には強い光が浮かんでいる。冷ややかで真っ直ぐで、何よりも熱く私を揺さぶる青い炎─その変わった部分にも変わらない部分にも憎めるものなど一つもない。凛は凛だ。目の前の姿が彼の全てで、私はその全てが愛しい。改めて認めざるをえなかった。目の奥が熱くなる。
「もう行く」
「うん、ノートありがとう。気をつけてね」
泣きそうな事に気づかれたくなくて今度は私が顔をそむけた。遠ざかる足音が聞こえなくなった頃にやっと振り返ると、降りしきる雪が私達を断絶するかのように空間を閉ざしている。
またね、とは言わなかった。春からは別々の高校に進学する。体も環境も変わっていく中で、この気持ちがいつまで続くかはわからない。
終わりを見定めた訳ではないのに、切なくなるのは何故だろう。頑張れ、頑張れ凛。私はずっと応援しているよ─気持ちを盛り立てようと心の中で繰り返し呼びかける。一途な君の行く先に幸あれと願わずにいられなかった。
Posted on 2023.02.17
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