煉獄さんの許嫁

煉獄杏寿郎

炎柱煉獄さんの婚約者との日常を綴る夢話。 婚約は結んでいるのに、まだまだこれからな二人。頼れる兄貴な煉獄さんに甘やかされる話が中心です。

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目次

序章

※暗めです

本編

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種火

「祀られている刀は本物だよ、杏寿郎。鎮守の社は鬼に関わる荒事を隊に任せ、その信仰を保ってきたんだ。両者は謂わば表裏一体─その結び付きの証としてあの刀が彼処に在る」

今朝のお館様の話で何故俺が選ばれたのか合点がいった。由縁は深いが、お互いの内情に口を出せるほど近くは無い。更に鬼殺隊随一の永代である炎柱は名目上、お誂え向きの相手に思えた。

(ひとまず俺の元に居れば婚姻は固いと見えるだろう。暫くは手出しできない筈だ)

浄域で繰り広げられる諍いの陰鬱さは彼女の話の端々で充分に察せられる。取り返しのつかない事態になる前に連れ出せたのは幸いだった。

しかし、全ては宙ぶらりんである。俺達は許嫁でありながら婚姻する意思はない。それはつまり、ひとつ屋根の下に暮らしながら男女の仲にはならないという事だ。

では姉か妹のように思えるかと問われれば、答えは「否」だ。先刻腕の中にあった体熱はこれまでの認識の外のものだと気がついてしまった。昨日の目眩は身体に異常をきたした訳ではなかったのだ。原因は心の方にあった。そして一度自覚してしまえば、もう見て見ぬふりはできなかった。

だが、今の彼女は自分を保つのに精一杯だ。俺の変化を気取れば忽ち心を閉ざしてしまい、二度と手の届かないところへ遠ざかってしまうだろう。娘の心身の安全の為にも、それだけは絶対に避けねばならない。

正気を取り戻せ、心を鎮めろ─桶に冷たい水を張り、髪が濡れるのに構わず何度も顔を洗った。火照りは中々引いた気がしなかった。

***

「同居にあたり決め事をしないか。その方がお互い却って気楽だろう」

家着らしき衣服に着替えた杏寿郎様は、回廊に腰掛け広場を眺めていた私にそう言った。寛いだ格好にも関わらず、隊服姿と印象が変わらない。ああそうか、この方は常に堂々と振る舞い姿勢が良い。泣き疲れてぼんやりとした頭でそんな事を考えた。

「決め事…」
「そうだ!例えばこんな内容はどうだろうか」

体裁上、婚約は続ける事。
私がこの屋敷に住まう経緯は他人に明らかにしない事。
お互いの部屋に許可なく入らない事。

渡された半紙には勢いのある筆跡でそう綴られていた。簡潔かつ明快だ。断りようもない。こうして彼に頭を下げるのは二度目となる。その器の大きさに心から敬服した。

「異論はございません─深きお心遣い、感謝いたします」
「うむ、痛み入る」

その声に幾分か力の抜けた様子が滲んだように感じ、おやと思った。今のやり取りのどこに懸念があったのだろう。もしかしたら私がまたむやみに強情を張り、状況が拗れると思われていたのかもしれない。

尋ねてみたかったが、結局はしなかった。的外れな憶測を笑われる事が嫌なのではなく、どうしても気恥ずかしさの方が先に立つのだ。胸の中がむず痒い。名前の知らない感情に翻弄されているのがわかり、急に居心地が悪くなった気がした。

「しかし、本当に寝る場所を貸すだけになる。なにしろこの屋敷の管理は人に任せきりで、何が何処にどれ位あるのか皆目見当がつかない。俺とて余所者に過ぎないのだ」

杏寿郎様は腕を組みながら部屋の奥へと目をやり、初めてやや気弱な様子を見せた。

当面の問題は食事だ。外食や店屋物に頼ればやり過ごせるが、居候の身でいつまでもそれに甘んじる訳にはいかない。しかし、一朝一夕に習得できる自信も無かった。私に家事を教えながら暫く切り盛りをしてくれる─そんな都合の良い人間が果たして存在するのだろうか。

「何か不穏な事を考えているだろう」

表に出さないよう努めていたので突然指摘されて驚いた。目を見張る私にしてやったりと言わんばかりに相貌を崩し、心底愉快そうに笑う。猛禽に似た目を細め、きりりと濃い眉尻を下げると普段の彼よりもずっと年若く感じられた。

「大分表情が柔らかくなってきた。良い傾向だ」

昨日のように、ずいと顔を近づけられたが、恐れを感じる事はもう無かった。豪快でありながら細やかに気のつく性質の差に慣れ始めている。その瞳が実は淡い色をしており、日の光の加減で炎を映したような煌きをもつ事を認める余裕すらあった。

(綺麗…)

露店で買い求めた飴を祭りの灯に透かし、いつまでも眺めていたのを思い出す。ゆっくりと指先で軸を回すと微かな光を集めて乱反射を繰り返し、実家の境内の華やぎがより一層増して見えるのが好きだった。懐かしくて愛おしい記憶だ。何故忘れていたのだろう。

思い出に浸る間にも時は流れる。気がつけば視線が合ったまま、日は先刻よりもやや西の方へ傾いていた。梢を揺らした爽やかな風が頬を撫ぜ、現実へと引き戻す。

(─…熱い)

先に目を逸らしたのは私の方だった。

「日が暮れる前に買い出しに行くとしよう。隠が化粧品等を分けたと言っていたが、足りないだろう。他にも必要な物があれば遠慮なく言いなさい」

話しながら背中側で立ち上がる気配があり、徐々に声が遠ざかる。無礼と知りながら返事をする余裕はなかった。爆ぜた熱が脈動と共に駆け巡り、体の内をかき乱すのに耐えるのが精一杯だった。

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