煉獄さんの許嫁

煉獄杏寿郎

炎柱煉獄さんの婚約者との日常を綴る夢話。 婚約は結んでいるのに、まだまだこれからな二人。頼れる兄貴な煉獄さんに甘やかされる話が中心です。

【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。

目次

序章

※暗めです

本編

Novels 一覧

彼者誰時の陽炎

婚約に関心は無かった。会食に顔を出したのは父を丸め込んだ輩がどんな人間であるのかを見てみたかったからだ。相手である娘を好ましく思ったのは全くの予想外だった。

だが、彼女に抱いたものは情愛や肉欲とはかけ離れていた。初めは匂い立つような美しさに惑わされこそすれ、今胸にあるのは弟である千寿郎へのものに近い。庇護されるべき時に寄る辺のない境遇に同情したのだ。

お館様への謁見を待つ間、昨日の出来事をそう整理した。刃を向けられた事に腹は立たず、瞳の中に悲憤を燃え上がらせた様は寧ろ興をそそられるものがあった。才能があれば良い剣士になったかもしれない。しかし、一体何があの娘をそこまで追い詰めたのだろうか。

禄に見もせず放り出した釣書を検める必要がある。はて、何処に仕舞ったかと記憶を辿っていると後ろから「よう」と声をかけられた。

「宇髄か!息災そうだな!」
「おう。煉獄も変わりなくて何より…ってお前、どうして魚を持ち込んでいるんだ。お館様への土産か?」

隣に座りながら宇髄は此処への道すがら沢で獲った山女魚を指して眉をひそめた。預ける所もないので傍らに広げて置いたのだが、この辺りでは珍しくないので土産物としては無粋だと言いたいのだろう。

「いいや、家に許嫁を待たせていてな!その詫びだ!」

宇髄は口を開けて固まってしまった。そして先刻挨拶を交わしたばかりだというのに、俺が相手である事を確かめるかのようにしげしげと見る。

「許嫁とは初耳だ」
「ああ!昨日決まった!」
「所帯を持つのか」
「さあな…皆目検討がつかん」

彼女がこのまま周囲の思惑に大人しく従うとは思えなかった。しかし、俺と破談になったとしても家業の再興を図る手前、別の相手があてがわれるだろう。果たしてその者が彼女の味方になり得るかは些か分の悪い賭けに思えた。だが、このまま俺と居るとしても─会話の裏で堂々巡りが続く。

宇髄は俺の揺らぎを逃さなかった。「あまり抱え込むなよ」と肩を叩かれる。

「他人の決めた結婚が気が重ぇのはわかるが、良いもんだぜ。要は互いの心の在り方だ。きっかけよりも信頼が結べるか次第なんだよ」

流石は宇髄だ。道理に叶っている。

信頼、か。確かにこの縁組みにおいては殊の外ぞんざいである。画策した者達が何を急いでいたのか知らないが、慎重に進めていれば状況は違っただろう。

(あの娘に縋るものが必要なうちは手を差し伸べよう。俺の方はどうとでもなる─)

そういえば生気のない表情か、怒るところしか見ていない。山女魚を見たらどんな顔をするのだろうか。二人の間には知るべき事柄が沢山あるように思えた。

***

戸を叩こうか、呼び鈴を鳴らそうか。自分の家なのに逡巡する日が来るとは思いもよらなかった。玄関脇からそっと覗くが、数日前に立てた雨戸が片付けられている以外は様子の変わったところはない。

正午をまわった陽光は開け放たれた襖の向こうの畳を燦々と照らしていた。いっそ閑散として見えて、よもや逃げ出したのではあるまいかと次第に焦燥が募る。隠には同行だけでなく見張りも頼むべきであった。

「失礼するっ!」

脚帯を解くのが煩わしい。どうせ自分の持家なのだからと土足のまま上がった。

屋敷で使える部屋は限られている。更に礼節を弁えた様子であった事から、初めて来た家の奥に籠るとは考え辛いと見当をつけた。玄関から程近い客間の板戸を引き開ける。

果たして娘は其処に居た。あまり広くはない畳敷きの部屋で、青白い顔で横たわっていた。

「どうした!何があった!」

明らかに異常な事が起きたのだ。声をかけながら助け起こすと、片手がだらりと体の横に落ちる。脈を確かめる為にその手に触れるが、自分よりもずっと冷たく感じた。

外傷も部屋を荒らされた形跡も無い。しかし、目に見えぬ脅威が存在するのだ。臨戦態勢をとりながら一刻も早く安全な場所に移動しようと、華奢な体を抱え上げたその刹那。

隊服の胸の辺りを慎ましやかに掴まれた。重たげに瞼を開き、虚ろな瞳が俺を映す。

「あの、何か食べる物を………」

Give a Like!

「いいね!」のひとこと代わりに、ぽちっとどうぞ!

    ※匿名でボタンが押されたことがサイト管理者に送信されるシンプルなツールです。

    ※コメント機能はありません。