煉獄さんの許嫁
煉獄杏寿郎
炎柱煉獄さんの婚約者との日常を綴る夢話。 婚約は結んでいるのに、まだまだこれからな二人。頼れる兄貴な煉獄さんに甘やかされる話が中心です。
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目次
序章
※暗めです
2020.11.17
『隠』と名乗った女性は、状況を飲み込めぬまま彼に置いていかれた私にとても親切にしてくれた。素性を明かさず他の者と同様に黒ずくめだったが、事情を知らぬなりに精一杯慰めてくれ、立つ瀬ない心境であった私は次第に警戒を解く運びとなる。
今朝からずっと緊張していたのだ。背中を擦られる事も優しい言葉をかけられる事も素直に嬉しかった。
ただ、今が黄昏時である事を大層気にかけており、「日が沈みきる前に屋敷に到着しなければなりません」と半ば強引に背負われた。初めは戸惑ったが、足腰が強いようで揺れも少なく、疲弊した身を預けられるのはありがたかった。
走りながら彼─煉獄杏寿郎の事を問うと、隠は何やら迷う様子を見せる。やがて自分の口から隊の内情を詳しく語る事はできないと前置きした上で、ようやく話してくれた。
「今代の炎柱は快活なお人柄で多くの者に慕われ指導に熱く、刀の扱いは勿論のこと、精神の強靭さはひととおりではありません。その腕に慢心する事なく任務と鍛錬に励み、正に剣士の鑑のような御方です」
察するに組織の中で多くの尊敬を集める存在であるらしい。彼がそう評される人物であると知るのは、いくらか元気づけられる事だった。煉獄杏寿郎が本当に私の引受人になる気があるのかは不明だが、他に行く当てはない。もう少し事の成り行きに任せてみようと考えたのだ。
(勿論、心も体も許す気はない─煉獄様にはいずれ許嫁の契を解くよう進言しよう。向こうとて自分に殺意を向けた娘を嫁に迎えようとはしない筈だ)
その先にある透明で軽やかな自由を描いて己を鼓舞する。意思のない傀儡として扱われるのはもう沢山だった。
(でも、彼女の言うような強い御方であるのならば、別れ際の表情はやはり見間違いだったのかしら)
目の当たりにした衝撃は色濃く、残り香のようにいつまでも胸の中を漂っていた。
***
炎柱の地位の確かさは、彼が別邸と呼んだ屋敷に表れていた。
薄闇に浮かぶ邸宅の影は山のように大きい。立派な門をくぐると高い塀の中は庭ではなく土壁に囲まれた矩形の広場で、整然と除草されていた。雨戸の立てられた回廊は広場に沿って東西に伸び、隣家の屋根がはるか遠くに見える。
本当に一人で使っているのだろうか。俄に信じ難くなり情婦を囲んでいるのではと身構えたが、門灯の消えた屋敷はしんと静かだった。
「探索は明日にしてください」
室内灯の点いた戸口から隠に呼びかけられ、飛び石を急いで渡る。やや涼しい風が私の背を押した。
Posted on 2022.07.01
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