煉獄さんの許嫁
煉獄杏寿郎
炎柱煉獄さんの婚約者との日常を綴る夢話。 婚約は結んでいるのに、まだまだこれからな二人。頼れる兄貴な煉獄さんに甘やかされる話が中心です。
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目次
序章
※暗めです
2020.11.17
ゆくゆくは妻となる娘は、立ち振る舞いから箱入りであることが察せられた。それを垣間見たのは入室し席につくまでのものの数秒であったが、歩く姿がとても綺麗で洗練されていたのだ。
短く名乗った後は美しい目元を伏せ、他人事のようにじっと押し黙っている。陶器のような滑らかな肌に化粧を施し、櫛の通った艶のある黒髪が小さな肩や背をたゆたう。さながら精巧な作り物のようだ。待っていたら繰り人形師が来るのだろうか。退屈の慰めにそんなことを想像していると、娘は不意に顔を上げた。
多くの人間は俺をおずおずと見る。初見の人は特にそうだ。しかし、彼女は最初から真っ直ぐに俺を見つめた。食い入るように鋭く、可憐な見た目に不釣り合いなほど力強い視線だった。
(神社の娘など退屈なだけだろうと思っていたが─…いやはや、見地を改めねば)
こうして真正面から顔を合わせる女性は産みの母を除いて他に知らない。そこに行き着いた瞬間に、心の奥底に深く仕舞い込んでいたものに揺さぶりがかかるのがわかった。病床に臥してなお誇り高くあろうとした姿が過る。
『杏寿郎─』
「杏寿郎様、とお呼びしてよろしいでしょうか」
呼びかけられて我に返る。いくらか強張ってはいたが、風がそよめくような囁き声だった。
(…母上である筈がないのだ)
たちまち幻影が遠くなる。似通っているのは黒髪である点と、ほっそりと清楚で気品があり─母の面影との違いを確かめるの藪蛇であった。揺さぶりは徐々に大きくなり、堪らず顔をそむける。注がれ続ける冴えた視線は、やはり在りし日の面差しに強く重なったのだ。
(これは…どうしたことだ)
自分を赤子のように頼りなく感じる。ここ暫く忘れていた感覚だった。
「…お加減がすぐれないように見えます。差し出がましいようですが、別室で休まれた方がよろしいかと。わたくしが付き添います」
風は細やかに頬を撫でたが、煽られた熱情が激しく燃え上がるのを確かに感じた。
***
ゆくゆく夫となる人は視線こそ私に向けているが、心ここにあらずなのは明白だった。目を伏せその場をやり過ごす事にし、ただ息をするだけに努める。心に余計な傷を作りたくない。
これは人身御供だ。父と母を喪い、若い兄だけでは家の存続が心許ないと親戚が手を回したのだ。
社では鬼狩りより奉納された、数多の鬼を屠った誉れ高い刀が御神体として祀られており、云々。全て初耳だった。幼い頃に見た白刃は一度も血に濡れた事がないかのように冴えた輝きを放っていた。あの美しい刀が化け物退治に関わっているなど到底思えない。嘘か真かわからない口上を聞き続けるのが苦痛で、心の耳を塞ぐ。
相手は見るからに華やかで明るい気性の方だ。剣の実力は屈強揃いの鬼殺隊の中でも十指に入るという。組織との結び付きも代々太く堅固であるらしい。金と尊厳に重きを置く彼らが好みそうだ。それこそ、私でなくとも引く手は余りあるだろう。
何とか穏便に破談になるまいか─叶わないのであれば、いっそこの手で。身内すら捨て置いた贄に、真っ当な愛情を抱く者など居る筈がない。涙の代わりに頭が熱くなった。
ぼんやりとしていたら後見人を務める親戚の声が微かに尖っているのに気がついた。場に顔を出したからには義理を立てろという事か。先方の父君は連絡一つ寄越さず、当然のように欠席しているというのに。しかし、誰も表立ってそれを咎めはしない。大人は本当に勝手だ。
「杏寿郎様、とお呼びしてよろしいでしょうか」
名前を口にすれば多少は歩み寄っているように聞こえるだろう。軽薄な計算が含まれた呼び名は彼にはどのように届くのだろうか。
まさか目を回されるとは予想だにしていなかった。
Posted on 2022.06.17
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