「だーかーらー、大丈夫だってば。お父さん達が高くて美味しいものを食べても恨まないよ。いつまでも小さい子扱いなのは嫌だな、俺」
言葉がつい強くなってしまったのは照れくさいからだ。今日の為にお父さんから贈られた新しいワンピースを着たお母さんはとっても綺麗だった。いつもエプロンで走り回っているのが嘘みたいだ。お化粧の匂いがする。多分、香水の匂いも。目が似てるってよく言われるけど、お母さんの方が俺よりもずっときらきらして澄んでいる事に気づいた。知らない女の人に見える。
『お母さんを独り占めする時間』─それがお父さんから俺への誕生日プレゼントのリクエスト。その時間を使って何をするのかを尋ねたら、お洒落をして街にご飯を食べに行くらしい。
折角のデートなんだからもっと特別な所に行けばいいのに。そう提案したら美術館も映画館も行くんだって。お父さん、張り切ってるなあ。どっちの誕生日かわからないよ。お母さんに隠れてお花屋さんに電話をかけていたし、俺が知らされていない計画がまだまだあるのだろう。
「そろそろ出発しよう」
「わかりました…錆兎くんの言う事をよく聞いてね。寂しくなったらすぐに電話してね」
「心配しすぎ。来年は小学生だもん。錆兎が一緒なら平気だよ!」
結局いくら大きな声を出して笑ってみせてもお母さんの顔は晴れなかったのだけれど、お父さんに「留守は頼んだ」と笑顔で言われた俺は無敵だ。仁王立ちで手を振り続ける。
「除け者は嫌だと泣き喚くんじゃないかと冷や冷やしたぞ」
一緒に見送る錆兎が泣き顔を確かめるかのように覗き込んできた。珍しく意地悪だ。
「…狭霧山に住んでいた時に『今日は特別な日だから奮発しちゃう』って必ずお鍋を作ってくれたんだけど、毎年食べ切れない程の量があってさ。あれってお父さんの為のご馳走だったんだって、この間気がついたんだ」
悲しい事はもう二度と起きないと信じているから、少し離れて寂しいくらいでは泣いたりしない。胸を張ると錆兎は頭を撫でてくれた。その手を捕まえて縋りつく。
「ねえ錆兎、お昼はピザにしようよ!家まで届けてくれるやつ!あんまり食べた事がないんだ」
「作ってもらったスープとサラダを全部食べると約束するなら─おい、義勇達がこちらを見ている」
ずっと曇って寒かったのに、今日は嘘のような陽気だ。蜂蜜色の日差しは俺達の今と未来を祝福するように降り注ぐ。遠くの角を曲がる直前に、春めく光の底でお父さんとお母さんが大きく手を振るのがわかった。