続・義勇さんちの住み込みさん

冨岡義勇

大正では道が分かれてしまった二人。現代へと転生しキメツ学園の職員として再会します。やっと出会えた彼女には大正時代に共に過ごした記憶がなく、積み上げた関係はリセットされてしまったように思われましたが─
生きる時代も背景も理由も変わってしまった中、再びどう絆を結んでいくのかを描く夢話です。
2020年9月11日、web版としては完結しました。

【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。

目次

再会の四月編

進展の五月編

転がる六月編

続く七月

番外編

番外の番外編

完結はしましたが、ありがたいことにリクを頂いたのでパラパラと書いております。
結婚後の話が中心です。子どもがいたりします。

Novels 一覧

巡る春番外編 ぎりぎりの九月

残暑が厳しい。こう暑くては何もしなくても疲れると言うと、重い瓶を引きずって手製の梅シロップを持参してくれた。冷やした炭酸水で割ると独特の甘酸っぱさが身体の中心を駆け抜ける。とどのつまり、美味い。

「…初めて飲んだ」
「お口に合いましたか。シロップも炭酸水もまだあるので、沢山召し上がってくださいね」

振る舞われるがままに口に運んだ。「瓶を運ぶうちに汗をかいた」と手で顔を扇ぐ彼女の方がペースが早い。労いの意を込めて注ぎ足してやる。俺がするのを見て嬉しそうに笑うので、調子に乗ってグラスが空になる前にどんどん注いだ。

「なんだか…くらくらする気が」

何杯目かで様子がおかしい事に気づいた。水滴の伝うグラスを億劫そうに置き、ふうと熱のこもった息を吐く。これは、まさか。

梅を漬けるのに強い酒を使うという情報に行き着いたところで「とみおかせんせい、」と舌足らずな口調で呼びかけられ、シャツの裾を引かれる。

彼女に余裕ができるまでは、お互い清いままで。浜辺で結ばれた誓いは三ヶ月が経つ今も粛々と守られている………正確には一ヶ月程前に手が出たが、震える声で「待て」がかかり、それ以降は触れる事を極力避けてきた。俺としては許しを得るまでは禊の期間のつもりなのだ。

「あれから全然くっついてくれないのは…私に魅力がないからですか?」

短い袖から健康的に伸びた白い二の腕から目が離せなくなる。着物に比べて現代の服装はあまりにも軽微で頼りない。布一枚を手繰れば、まだ誰にも踏み荒らされていないその体をあっさりと暴くことができる。

柔らかさも温度も匂いも全て憶えていた。前と違いがあるのかをひとつひとつ確かめるのもまた一興だろう─腕の中に閉じ込め逃げられなくしてから裾をまくりあげ、それから。

頭の中に鮮明に映像が浮かんだ。強く引き結んだ唇から耐えきれず漏れる甘い声まで聞こえた。ごくりと喉が鳴る。

(まずい…このままでは押し負ける…)

括った髪の下がちりちりとする。あの日々を忘れていない事に後悔はないが、苦しむのはこういう時だ。

「魅力は…ある」

寧ろあり過ぎて困っている。軽く聞こえそうで後半は飲み込んだ。

これで納得してくれまいか。祈るような気持ちで様子を窺う。しかし俺の中途半端な回答が不服なようだ。何か言おうとするのがわかったが、それより早く涙が溢れ、拭う間もなくぽろぽろとこぼれた。

「それなら何故…」

喚く事もなく静かに泣くのには流石に参った。元来負の感情を表に出す事が少ないので対処に迷う。

(…馬鹿にあっさりと泣く)

我慢するな、といくら言い聞かせても取り合わないのに。余程大きな問題なのだろうか。

「大切にしたいからだ…そう焦らなくとも、貴女との付き合いは長いものになると信じている。性急に事を進めて後悔をして欲しくない」

酔って正気を失った相手に、二人で交わした約束がどうのと細かい話を説くのも無粋な気がした。ゆっくりと、幼子を言い聞かせるつもりで言葉を紡ぐ。なるたけ誠実に聞こえるよう努める事しかできない。 

「………大切に、」

やがて一つしゃくりあげた。同時に再び雫が転がり落ちたが、今度は取り乱さなかった。涙に洗われ一層澄んだ眼差しが俺を射抜く。ふいに手を握られどきりとした。

「今は沢山我慢をしてお互い苦しいかもしれないけれど、そうして結ばれた暁にはきっと何倍も幸せよって…カナエ先生が言っていました」

何故ここで胡蝶の名前が出てくる。仲が良いのは聞いていたが、もしかしなくとも駄々漏れなのか。宇髄といい、一生このネタでからかわれる予感に目眩がした。

「私は、平凡で所帯染みていて…家族の事も自分の事も大切で…その結果、冨岡先生のような素敵な人をお待たせしているのが、身に余り過ぎて罰が当たるんじゃないかと………」

喋りながらとろとろと瞼が落ちてくる。頭が傾いで家具に打ちつけそうになり、受けとめて肩を貸した。憂いのない安らかな寝顔はまるきり子どものそれだった。

(所帯染みている、か…)

大正の頃よりも物も娯楽も溢れかえっている。若い女性が遊ぶ暇を惜しんで梅を漬けるのは確かに珍しいのかもしれない。家庭的とも言う、と今度提案してみるか。考えながら目を覚ますまで時間を潰そうと傍らにあった本に手を伸ばした。ぱちりと開かれたつぶらな双貌とすぐ傍でかち合う。

気をつけたつもりだったが、揺り起こしてしまったのだろうか。謝罪をしようとしたその瞬間。
顔が近づき、ぺろ、と小さな舌が俺の唇を舐めた。隙間から入り込み、濡れて熱く柔らかいものが歯列を掠めるのがわかる。桃の花色の頬、匂やかな唇。何より瞳を潤ませ恍惚とした表情は俺しか知らない、まるきり夜のそれだった。

「…美味しい」
「な…」

すっかり油断していたので雷に打たれたかのように驚いた。全身の毛が逆立つ。広めの襟ぐりから鎖骨の下が覗くのに気づいて、制御できない熱が集まるのを感じた。先刻浮かんだものよりも先の情景が蘇る。細い体に俺を受け入れ苦しそうにしながら、健気にこちらに白い手を伸ばしてくるのだ。

『義勇さん、もっと─』

頭の中ではっきりと声がした。

「梅シロップ…上手にできた…」
「…?」
「冨岡先生に、喜んで欲しくて…」

頑張りました。そう呟くと、すとんと俺の膝の上に頭が落ちる。呼吸が深くなり今度こそ寝入ってしまったようだ。暗い欲望をはらんだ腕は空を切り、彼女の形を求めて彷徨う。

生殺しだ。視線が猫のように丸めた身体の曲線をなぞるのを止められない。普段は気にならないのに、折りたたんだ肘の内側などいかにも柔らかそうだ。

(このまま事を進めても多分、怒らない。戸惑いはするかもしれないが…)

あどけなく映る頬に指を滑らせた。ぴくりとも反応しない。抱き上げてベッドに運んでなお目を覚まさなかった。夢を見ているのか口元が微かに笑んでいる。

『沢山我慢をして結ばれた暁には何倍も幸せ』

状況を鑑みればあまりにも拙い幻想に思えるが─それが彼女の拠り所ならば、俺の手で汚すのは無粋というものだろう。頭を振って幻惑を払った。ホテルの時と同じように布団でしっかりと巻き、更に背を向け寝姿が視界に入らないようにする。

己の過去の所業の濯ぎ落としはまだ終わらないのだろう。わかってはいるつもりだが、大きなため息が漏れる事までは耐えられなかった。

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