意識を失いぐったりと力の抜けたその体は、茎を手折られた花のように小さくいじらしい。傷めないよう気をつけながら手の中にある細い骨の形をそっと手繰り寄せる。脇の下と膝の裏を支え横抱きにすると人心地がついたのか、呼吸がゆるやかに落ち着くのがわかった。
「ご迷惑を重ねて申し訳ないのですが、そのまま運んでくださると助かります」
耳に届いた声は彼女のものによく似ていた。顔を上げると母親と思われる女性が静かにこちらを見ている。
玄関に男物の靴は無かった。同居している父親はまだ帰宅していないのだろう。女性だけの家に上がりこんでいいものなのか。躊躇う俺を置いて母親は玄関のすぐ横の襖を開けた。全体的に洋風の造りの家だが、そこだけが和室になっているらしい。
玄関戸を開け放したまま足を踏み入れると、畳の上に布団が敷かれたところだった。促されるままに横たえる。蛍光灯の白んだ光の下で見るといよいよ具合が悪そうに見えた。肌に玉のような汗が浮かび、顔は蝋のように青ざめている。
伏せた目元にかかった髪の一筋を除けてやりたかったが、母親の視線を感じて堪えた。今の俺にその資格はないのだ。
唇を噛んで最低限の挨拶をし踵を返す。逃げるように靴を履いていると真後ろに立つ気配がある。その瞳は慈しみに溢れ、子を想う母親は皆似たような表情をするものだと、姪を産んだばかりの姉の姿が重なった。
「あの子だけ記憶が無いのは何の因果なのかしらと…主人とたまに話しているんです」
紡がれた言葉と視線にはこちらを試すような響きが含まれていた。どういう訳か俺の正体も含めて、過去の事情も現在の状況も筒抜けのようだ。
取り繕おうとは思わなかった。いくら時間が経とうと彼女にあの頃の記憶が無かろうとも、後ろめたい思いは少しも薄まらず、無かった事にはできないのだと既に覚悟を決めていたからだ。
「…また選んでくれるのであれば、今度こそ最期まで幸せにすると約束します」
母親は俺の返答に黙したまま優しく微笑んだ。そして片隅にある飾り棚を指す。
写真立ての中の彼女は豪奢な振り袖姿ではにかんでいた。慣れない和装とカメラに緊張が伝わってくる。その髪を彩るのは晴れの日には些か地味とも思える、小さな白い椿だった。
「一生の宝物にします」
往来で喜びを抑えようと瞳を潤ませていた。その言葉の通り大切そうに俺の贈った花を胸に抱く姿が、昨日の事のように眼前に蘇った。