「中等部の給食室?」
声を上げた制服姿の錆兎にこくりと頷き返す。
陽気は春めいていたが、まだ空気が冷たいので昼休みの屋上には誰も居なかった。隅には風に巻かれて舞い上がったのか校庭の桜の花びらがわずかに蟠っている。茶色く変色しているそれを避けてコンクリートの床に直接腰を下ろした俺と錆兎は、傍からは昼食をとりながら指導を行っている教師とそれを受ける生徒に見えただろう。神妙な面持ちで向かい合っているのだから尚更だ。
「意外なような、しっくりくるような…歳が近そうな点は喜ぶべきだな。今の義勇の立場で生徒相手では犯罪行為になってしまう」
犯罪行為。いきなりの重い響きに頬張ったばかりのパンを喉に詰まらせそうになった。慌てて流し込む俺に構わず、錆兎は思案顔で首を傾げながら右頬の傷跡に似た大きな痣を指で掻く。
何の因果か年齢はずれてしまったが、二人の時はこうして前世の間柄のままに気安く話をした。そしてこれまでの話題で最たるは当然のように『彼女』の事だった。
物心がついた頃からぼんやりとあった記憶は、最初は夢か幻だと思っていた。それは成人するにつれ鮮やかに色を持ち、ちょうど人知れず芽吹いた小さな若芽が枝をつけ木となり、やがて太い幹をもつ大樹となるように俺の中にしっかりと根付く。
我ながら熾烈な人生だったと思う。それを支えてくれた一人の女性を、俺はずっと探していたのだ─つい先日、校内ですれ違うまでは。
「おかえりなさい、義勇さん」
古い日本家屋の台所で明け方に帰る俺を迎える柔らかい声と笑顔は昨日の事のように思い出される。記憶の有る無しは賭けだと覚悟していたつもりだったが、再会の際に向けられた訝しげな視線は少なからず俺を傷つけた。
前世ではあんなに睦み合い子までもうけたのに。もし既に婚姻などしていたら今世の俺の人生は終わりだ。大人しく首を括ろうと思う。
「そんなに思い詰めるなよ、義勇…」
紙パックにストローを差しながら「まずは再会できた事を素直に喜ぶべきだろう」と錆兎は言う。見返しながら眉間に力が入るのがわかった。
そう手放しに喜んでもいられない。言葉が上手く出てこず、長いこと黙り込んでしまう性質は変わっていないのだ。事実、再会の折には全く声を発する事ができなかった。名前くらいは告げておくべきだったと後悔している。
「子どもまで作ったんだ。出会ってしまえば再び結ばれるくらい、訳は無いと俺は思っていたんだが」
「………前世では我慢が先にできなくなり…気持ちを確かめる前に、ずるずると」
「…最低だな」
錆兎の言葉は重厚な岩と化し頭の上にずしりとのしかかった。「う、」と低いうめき声が喉の奥から漏れる。
時代も状況もあれだったからぎりぎり許されたのだ。あの頃の彼女は頼る先もなく、あっさりと俺の手のうちに落ちた。二人きりの屋敷の中で繰り広げられた曖昧模糊とした関係を咎める者はおらず、迷いを伴いながらも暫く続く事となる。結果として想いが通じたからいいものを。俺の勝手で塗り固められた事の数々は、現代の物差しで測ると冷や汗ものばかりだ。
それでもその状況に助けられたのもまた事実だ。もしああして生活を共にしなければ、結ばれるどころか言葉をまともに交わす機会があったのかすら甚だ怪しい。
「うじうじするな!男らしくないぞ!」
唐突に背中を叩かれて喝を入れられる。勢いで右手に力が入り持っていたパンが袋ごとぐしゃりとひしゃげた。
「とにかくまずは会話をしろ。向こうは全くお前の事を知らない状態なのだろう」
「…俺は喋るのが」
「嫌いだとか苦手だとか言っている場合か」
腕を組んで俺を睨みつける錆兎は中々に迫力があった。これではどちらが大人かわからない。
「………善処する」
項垂れて何とか返事をするが「先が思いやられる」と大きなため息をつかれてしまった。