義勇さんちの住み込みさん

冨岡義勇

過去も現在も未来も気にせずに、ばらばらと書きますので読み手様が混乱しないように…!アップ順ではなく時系列でまとめています。
2020年9月11日、web版としては完結しました。

【R18】コンテンツについてはこちらをお読みください。

目次

序章

両片想い期

両想い期

終章

※暗めです

SS

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黒色の企み

「義勇さん!」

そう焦らずとも、義勇にはこれくらいの高さの木に飛び乗るのは造作もない筈なのに。娘は義勇の静止が聞こえないのか慌てふためき、細い枝の上で体制を崩す。たちまちぐらりと体が傾いた。

天地が逆になる刹那、その体を丸め懐に抱え直される。この老いぼれを守ろうとしてくれているのか。腕に込められた力に、絶対に離さないという強い意志を感じた。鳥の身にしてなお感じる事の少ない吐き気を覚えそうな浮遊感の直後に、覚悟したような衝撃は一切なく、一度鞠のように柔らかく弾み落下が止まる。恐る恐る目を開けるが、この目に映った空も庭木も地面も、見慣れた位置に収まっていた。ほっと息をつく。

「全く、無茶を」

義勇に横抱きにされている事に気づいた娘は、たちまち顔を赤くし「降ろしてください」と遮二無二暴れ始める。義勇はその抵抗を介す事なく、寧ろ抑え込むように支える手に力が入るのが見てとれた。娘は途端に口を噤み、辺りには義勇が砂利を踏む音のみが響く。

やがて開け放たれた縁側にそろりと降ろされた。「どこか怪我をしていないか」と今度は指一本触れずに検めようとするので、視線に耐えきれなくなった娘は声を震わせて「どこも痛くありません」と絞り出す。

縋りつくかのように抱え込まれて、細腕とはいえ少々苦しい。背骨がきいと微かに軋んだ。若くて健康な証か。まあ許すとしよう。

身を捩るとぱっと体が自由になる。羽を伸ばし義勇の肩に留まった。やはりこの位置が落ち着く。

義勇の目線から見た娘は所在無さげに首を竦めていた。二人の間に奇妙な緊張感が漂っている事に気がつく。義勇は叱ればいいのか礼を言うべきなのかを逡巡し、娘の方もまた敏感にそれを察知しているようだ。

結った髪はほつれ、履物はよじ登った際に木の下に置いてきたのだろう、晒された足袋の裏は土色に染まっている。濃紺の着物は幹に擦れたのか埃に塗れたのか、所々が白くなり柄がわからなくなっていた。

何もかも木の上で寝惚けて騒いだ儂のせいなのに、このうえ叱られたのではあまりにも可哀想だ。嘴を挟もうと構えていたが、義勇は「…履物を探してくる」と踵を返し、娘も何も言わなかった。

「義勇、イツノ間ニ嫁ヲ」
「………違う。嫁じゃない。頼むから彼女の前でそれを口にしないでくれ」

鬼以外でこだわりを感じた事のない子だったので、おやと思う。

義勇の歩みに揺られながら振り返ると、娘は置いてきぼりをくらった幼子のようにしょげており、大人しく縁側に腰掛けていた。この距離で初めて気がついたのだが、その背格好に覚えがあった。あれはお館様のお屋敷に居た娘ではないか。

そういえば以前義勇を呼び出す旨の伝令を仰せつかった。個人的な頼みとあったので、珍しい事もあるものだと老いぼれの頭でもよく記憶している。あれはあの娘の件だったのだろうか。

「…アノ娘ニハ濃紺デハナク、桜ヤ藤ナド、淡イ色ノ方ガ合ウト思ワナイカ」
「何の話だ」

頭の上に座る位置を改め見下ろすと、目が合った義勇は怪訝そうに眉をひそめた。気をきかせて進言してやったというのに。まだまだ青い。

履物はすぐに見つかった。木の根元に律儀に揃えて置いてある。鼻緒や底が擦り切れて、何度も修理した跡があった。色も褪せ、あの歳の頃の娘が履くものにしては古めかしい。

「…先刻寛三郎の言った意味が今わかった。しかし、あまり期待を持たせるような真似はしたくない」

小さなそれを拾い上げた顔が翳る。思うままにすれば良いと言うのは簡単だが、この子には酷か。背負い過ぎるあまり易々と身動きがとれなくなっている。

ふとそこで暗い曇天に日が差すようにある思惑を閃いた。すぐに翼を羽ばたかせ、手のひらに乗る履物の片方を奪い去る。娘の元へと翻った。

やれやれ、就任したてとはいえ水の柱がそんなに隙だらけでどうする。老いさらばえてもそこは鴉、流石の義勇も届かない程に高く上昇した。ぽかんと見上げてくる二人のちょうど真ん中あたりで、いかにも風に煽られたようにふらりとよろめいてみせる。

色を失い同時に駆け出すのがわかった。

「寛三郎っ!」

翼を折りたたみ一気に落下する。義勇が珍しく声を張り上げた。娘の方は足袋のまま走り寄ってくる。

呼吸を使い高く跳躍した義勇に、目論見の半分程の中空で手を伸ばされた。こりゃあいかんと気絶したふりを止め、一瞬で羽を広げて旋回する。戯れに気づいたのか信じられないと瞳を丸くするのを尻目に、少し離れたところにある赤松を目指した。

「っ…!」
「え…?」

節くれ立った松の枝に留まって以降は、文字通り高みの見物となる。

まず放物線を描いて着地する先に娘がいたので二人がぶつかる。娘は儂を受け止めようと腕を広げていたので、義勇を迎え入れるかのような格好になった。

ぶつかってなお勢いを殺しきれないと悟った義勇は、娘の頭と背に手を回ししかと抱き込むと、自分が下になるように庇う。叩きつけられた衝撃を逃す一心で、ごろごろと転がった先にあったのは小さな池だった。

ここに越してきて暫く経つが、儂はあれが手入れされたのを見た覚えがない。放っておいても水が巡る仕組みになっているので、濁らず虫もわいてはいないようだが、池の底がわからないくらい藻が茂り放題になっていた。

その古池に大きな飛沫をあげて二人の体が落ちる。瞬きを三度する間の出来事だった。せいぜいぶつかる折に抱擁を交わすくらいが関の山かと思ったのに。えらい事になってしまった。

「平気か」
「義勇さんのお陰で水を飲む以外はどこも…そちらこそ御体に支障は」
「俺の方は問題ない」

岸にかじりつきごほごほと咳き込む娘に手を貸しながら、自分の髪に絡んだ藻をうっとおしそうに払う。自身を顧みずに互いを気遣う様子たるや、あな美しきかな。雫を滴らせ見つめ合う並びは中々に似合いに見えた。

これはひょっとしたらひょっとするのではと期待に胸が躍ったが、そうも言っていられないだろう。さしもの義勇も儂の首根っこを捕まえかねない。

逃げるが勝ちと判断し飛び上がった。履物の片方を掴んだままだった事に気がつく。娘の頭の上に差し掛かったところで潔く離した。

***

唐突に手の中にぽとりと落ちてきた自分の履物を呆然と見下ろす。もう片方は俺が持ったまま飛び込んだ事で池の中に放り出してしまった。

彼女の風体は木から落ちた折より一層酷い。手入れを怠った池の水では泥を洗い流すどころか、独特な生臭さが足された気がした。二人分の着物を洗う手間を考えれば捨てるしかないかもしれない。

「重ね重ね俺の鴉が無礼を…すまなかった」

泣くか怒るかされる覚悟で頭を下げる。家も家族も失ったばかりの、彼女の持ち物の少なさを思えば尚更だった。俯いた影の中で唇を噛むが、次の瞬間に降ってきたのは弾んだ笑い声で驚いた。堪えきれないように肩を大きく震わせている。

「鴉が義勇さんの名前で鳴くのに驚いたり、木に登ったり、池に落ちたり…こんなに忙しい日は初めてです」

人懐こい瞳を細めて目尻を拭きながら快活に言う。その笑顔にはしっとりとした夜の濃紺ではなく、寛三郎の言う通り淡く優しい色の方が相応しい気がした。例えば今日のように、よく晴れた空の色だとか─

闘いに明け暮れた自分に女性の好むものなどわかる筈もないと一度はその考えを打ち消したが、顔を見るとすぐに似たような思考が巡る。何だこれは。戸惑いを気取られないようこめかみの辺りに力を込める。

喧騒を嫌って人里離れた場所に居を構えた俺にとっても、この家がこんなに騒がしい日は初めてだった。貴女は良くも悪くも、いつだって意表をついてくれる。感情が揺り動かされ忙しない事この上ない。しかし、それが決して嫌ではない自分に気がついた。

何だ、これは。今一度問うが、答えが自分の中に無い事だけは明白だった。

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