竈門兄妹の幼馴染

竈門炭治郎

消えた竈門兄妹を偲んで過ごしていたら、突然再会した炭治郎に攫われる幼馴染な夢話。とある方との合同企画で「大正軸」のテーマで書かせていただきました。
2020年1月25日、web版としては完結しました。

目次

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【二】昨日との決別

抱えられ移動している最中ずっと揺さぶられ続けて私の三半規管はすっかり参ってしまった。胃からこみ上げてくるものを堪えるのに苦しんでいると水を差し出される。住んでいた家の近く程ではないにしろ道に雪が積もるくらいの気温の為か、水は喉を通ると氷のように冷たく幾らか気分がましになった。

「大丈夫か。途中どこかで休めば良かったな」

一刻も早く着いた方が良いと思ってつい、としょげる頭を撫でる。降ってきた体を抱き留めると梁の出た天井を見上げる形になった。そっと首を巡らせて部屋の中を見回す。連れてこられた長屋は広くはないが家財道具も一式揃えてあり十分立派だった。ぱちぱちと音を立てて囲炉裏の火が爆ぜ、気分が優れない私の為に敷かれた布団も今は温い。着いた時には寂しげだった部屋の中は私達によって生活の音と色に満ち始めていた。

こんな所を同い年の炭治郎が借りれるなんて。一体どうやって稼いでいるのだろう。奇妙な服装と帯刀も含めて、いくら尋ねても「今は言えない」の一点張りなので、とりあえず聞き出すのは諦めた。穏やかに制されると怒鳴られたりするよりも却って追及し辛かった。

「ずっと会いたかった」
「私も…一日だって忘れたことはなかった」

胸の奥から絞り出された私の声は細く震えていた。肩口に顔を押し付け市松模様の羽織を握りしめる。
何度存在を確かめても足りない気がしていた。耳元で聞こえる声は以前と変わらず優しさに満ちている。額の大きな痣までもが愛おしく体を伸ばして小さな口づけを落とした。風体が変わり奇妙な事を言うようになっても、やっぱり私のよく知る炭治郎だ。やっと帰ってきてくれた実感が湧いてくる。

頭の中がふわふわとして何でもできるような気になっていた。額に手を当て目を白黒させているのに構わずに、その唇に自分の唇で触れる。すぐに体を離して見開かれた丸い瞳を覗き込んだ。ふと再会したら言おうと決めていた言葉を思い出す。

「帰ってきてくれてありがとう、炭治郎」

視界が瞬時にひっくり返り、押し倒されたと認識するより前に力強く口づけられた。

「…ごめん、大事にしようと思っていたんだけど」

我慢できないかも、と低い声で言うのを聞いて、もう子どものような触れ合いでは気が済まないのだと悟る。ここにも会えなかった分の隔たりを感じて早く埋めなければと手を伸ばした。

体の下の布団は知らない匂いがした。

***

涙の筋が残る寝顔を見つめる。今日は泣かせてばっかりだった、とその跡を指の背でなぞった。顔にかかる前髪をそっと避けていると暗闇の向こうで、きいと木が軋むような音がする。体を起こして目を凝らした。

「禰豆子、起きたのか」

囲炉裏の残り火に照らされ眠そうな様子の妹が見えた。小さな子どもの姿のまま覚束ない足取りでこちらに歩いてくる。眠る彼女に気づき体を屈めると、しげしげと観察を始めた。

「覚えているか。昔よく一緒に遊んだだろう」

禰豆子は俺の言葉に反応せず、ぺたぺたと無遠慮に眠っている顔を触る。猛攻に耐えかねたのか「ん、」と唸って身じろぎしたのを見て「やめるんだ」と慌てて小さな手を剥がした。

口枷を嵌め日の光の下を歩けなくなった妹に会わせるつもりはなかった。成長した禰豆子をよく知っているので衝撃が大き過ぎるだろうと慮って決めた事だ。自然、鬼の事や今の生活の事は伏せる形になる。再会してからずっと不安と戸惑いの匂いがしていた。

「ごめん…」

何度繰り返したかわからない謝罪を彼女に向けて呟くと禰豆子が不思議そうに見返してきた。禰豆子にじゃないよ、と笑って首を振る。

墓参りに行く度に花が添えられているのに気づいたのはいつだったか。山道を一人で歩いているのを遠くから見送った事もある。雪が深くなる季節にも真新しい小さな足跡があるのを見て、彼女は幸せではないのかもしれないと悲しくなった。あまりにも突然に放り出してしまった。新しい生活に慣れるのに精一杯で、無事を知らせる事もしないままに随分時が過ぎてしまった。

罪滅ぼしに何ができるかを考え判断に迷っているうちに目の前で煉獄さんが亡くなった。どんなに強くなっても時間は無限にある訳ではないのだと今更に悟る。

怪我が癒えた頃に蝶屋敷のある町の、そのまた隣の町に長屋の空きがあると耳にした。幸い様々な人に助けてもらっているので給金には殆ど手を付けていない。ここなら鍛錬や任務の合間に寄れる。ずっと俺がここに居る事は難しいが顔が見せられる分、前より寂しい思いはさせないだろうと考えた。

ごそごそと音がするので我に返ると禰豆子が俺と彼女の間に体を滑り込ませようとしていた。

「ちょ…こら、禰豆子!」

一人分の布団に流石に三人は狭い。強引に入ってきたので俺の体の半分は隣の布団へ追い出されてしまった。やれやれと一つの掛け布団で二人を包んでやる。禰豆子はご満悦の様子で、むうむうと声を漏らしながら彼女の胸に耳を当てた。心臓の音を聞くかのように静かに目を閉じる。

「朝になる前にちゃんと箱に戻るんだぞ」

お前の事は秘密なんだ。人差し指を立てて自分の唇に当てると禰豆子は目を輝かせてその動作を真似る。本当にわかっているのかな、と苦笑してしまった。

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