寝坊をして朝飯が遅れたので詫びに何でも言うことを聞くという。
「肩を揉みましょうか。それとも普段は手の回らないところのお掃除をしますか。夕飯の献立をまた鮭大根にするのもいいですね、これからお買い物に行けば十分間に合います」
自分が働く提案ばかりだ。珍しく寝坊をするくらい疲れているのだから休んで欲しい、と言うと「沢山寝たから平気です!」と強く首を振る。俺の役に立つのだという決意は固く、こうなると梃子でも動かないだろう。
彼女はそう言うが、今は按摩が必要な程疲れを感じない。掃除は行き届き磨き込まれ、どこもかしこも艶光りしている。鮭大根は昨日作ってもらった。
一番の希望をあえて言うならば久方ぶりに顔を合わせたのだし二人でゆっくりと過ごしたいのだが。相反して威勢よくやる気に満ち溢れた様子に閉口した。
ならばその気にさせるまでだ、と腕を引く。呆気なく俺の腕の中に小さな体が収まった。
「ぎ、義勇さん」
「何でもと言ったのはそっちだ」
勢いのままに飛び込んだ姿勢では辛かろうと彼女の体の向きを反転させ、じたばたとするのを抑えるように後ろから抱きしめた。胡座をかいた俺の脚の間に尻が入り、そのままがっちりと固定すると「ひ、」と小さな悲鳴が喉から漏れるのが聞こえる。警戒するように身を固くしているのがわかった。
首筋まで真っ赤に染まり初心な様子がいじらしい。強張りはとれないが、そのうち慣れるだろうと肩に顎を乗せた。ぴくりと体が揺れたが気づかないふりをする。
腕の中にある全てが小さく華奢だ。同じ生き物とは思えない。働き者の彼女は俺が居ようとお構いなしに動き続けるので、一緒に住んでいながらこうしてじっくりと観察する機会は案外稀だ。
手を取り、すっぽりと包むように握りこむ。細い指に指を絡めると、指の間の柔らかい所からじんわりと温かさが伝わってきた。そのまま滑らせ、ふにふにと親指で手のひらの窪んだ箇所を堪能する。
状況に耐えられないのか震える声で抗議をしてきた。
「あ、荒れていますので」
全くそうは感じなかった。しっとりとなめらかな触り心地の先にある、やすりで丁寧に整えられた爪先に唇を寄せる。全てが絶妙な曲線で構成され美しい。この手が俺の毎日を支えてくれているのだ。そう思うと嬉しくなった。
軽く歯を立てて固い爪と丸い指の腹の感触の違いをやわやわと楽しんでいると、くたりと体の力が抜け寄りかかってきた。赤い顔が見上げてくる。
「床の中よりも恥ずかしいかもしれません…」
「…なら今から、」
寝室に行くか、と囁くと腕を突っぱねられ体が離れた。虚をつかれ思わず力が緩んだ隙に、温もりがするりと抜け出す。
「悪戯が過ぎます!」
髪と着物の乱れを直し立ち上がると、ぷりぷりと怒りながら部屋から出て行ってしまった。
何でも、ではなかったのか。独り言ちたが調子に乗った事実は認める。暫く待ったが戻ってくる気配がないので重い腰を上げた。
台所を覗くと明かりも点けずに佇んでいるのが見えた。先刻俺が触れた手を胸に抱き、ぎゅうと握り込んでいる。はっと俺に気がつくと頬を一層赤く染めた。わなわなと震え、そのまま勝手口から外へと逃げ出す。
何故そうなる。俺の望みは二人で居たいという極めて単純なものだというのに。家の中での追いかけっこは暫く続いた。
リクエスト:後ろ抱っこで手をにぎにぎ