雨が屋根を叩く音に紛れて気配がした。振り返ると暗闇の中に義勇さんが立っている。
「眠れなくて、お茶でも淹れようかと」
「刀を持ってか」
私の震えに合わせて、かたかたと腕の中の刀が鳴る。鞘に細工が施された脇差しは今や唯一の財産だ。あまりに心細い夜に耐えられなくて、荷物の中から引っ張り出し胸に抱いていたが震えは止まらない。
「…すみません…雨の夜は、まだどうしても駄目で…」
雨の音が大きくて、消えそうなほど小さい自分の声が届いたかはわからない。涙は疾うの昔に枯れ果てていた。代わりに心の奥がひりついて逃れることのできない痛みが今はどうしようもなく辛い。
「…俺の部屋に来るか」
はっとして顔を上げると深い色の瞳にぶつかる。その言葉の意味がわからないほど子どもではない。答え倦ねていると義勇さんは踵を返して暗闇の中を進んで行ってしまう。
「待ってください!」
立場や恥は、かなぐり捨てて追い縋った。必死に何かを掴んでないと夜に溺れる幻想に飲み込まれそうになる。抱きとめられて初めて自分が死人のように冷たくなっていることに気づいた。やっと手に入れた温もりに体の震えは徐々におさまる。
私、ずるいな。女を使って自分を背負わせようとしている。でもこの温かさを知ってしまった今はもう後には引くことができない。人々の希望や未来を背負った背中に腕を回して掴む。脇差しがことりとニ人の間に落ちた。
***
先刻自分が抜け出た形のままの布団に彼女を下ろす。気が変わったと言われるのが怖くて、すぐに薄い寝間着の隙間から手を差し入れて肌に触れた。
狡いのは百も承知だ。毎日温かな食事を与えられて、支えられて生かされている。情がわかずにいられようか。弱みにつけ込んででも手に入れたいと思ってしまった。
心細いだろうに甘い言葉も囁いてやれない。自分に、その資格はない。
緩やかな曲線を描く体に指を滑らせた。どこを触っても熱く柔らかく、堪えられず舌を這わせ吸いつく。雨の夜の恐怖が入り込む隙間もないくらいに、彼女の中が俺でいっぱいになればいい。明日もわからない我が身を背負わせたくないと散々ためらっていたのに、いざ触れると矛盾した思考に塗り潰される。
欲に膨らんだそれを潤みの中心にあてがった。先端を挿れるが浅い所で何かに突き当たり拒否をするように押し戻される。興奮のあまり泣かれても止めてやれないのではと思っていたが流石に腰を進めるのを躊躇した。様子を見るべきか思い倦ねていると、ぐいと首に手を回され引き寄せられる。
「ん、うっ…!」
「っ…!」
勢いで一気に押し進み最奥に、ごつんと届いて止まった。何という無茶を。慌てて体を離そうとしたが、ぎゅうと抱きついて離れない。耳元で、ふうふうと苦しそうな呼吸が聞こえる。「痛むか」と尋ねると、ふるふると首を振るが弱々しいので不安になる。
「っ…義勇さ、ん」
背中を支え髪を撫でると、やっと体から力が抜けた。吐息が混ざり合う距離で見つめあい、柔らかそうな唇を吸いたくなったが、ぐ、と堪える。
口づけを交わさないのはせめてもの報いだ。そう思っていたのに普段とは違う濡れた瞳が見上げてきて、あっさりとその決意が揺れそうになる。奪ったものの大きさに考えを巡らせ、必死になけなしの理性を繋ぎ留めた。
***
縁があったのが義勇さんで良かった。好きになったのが義勇さんで良かった。家族を殺され形見の脇差しとこの身一つとなり、もう私を守ってくれるものは無くなった。玩具のように手酷く扱われる覚悟すらしていた。それでも隊士の生活を支えることで鬼への復讐となれば。他は何も要らないと思っていたのに。
「あ、あ、っは、あぅ」
義勇さんの動きに合わせて勝手に上がる声は、いつもと違って甲高くて響く。両手で自分の口を塞ぐと、その手を取られて布団の上に落とされた。指が絡まり力強く握られて、まるで恋人のような仕草に頭の中がぐらぐらする。勘違いしそうになる。
脚の間がずきずきとするし、太いものに中をえぐるように開かれて苦しい。それでも止めて欲しいとは思わなかった。家に置いてもらい一緒に生活をしながら、その実、遠い存在だと思っていた人と繋がっている証だと思うと嬉しくて胸の中がきゅうとなる。同時にお腹の一番奥が熱くなった気がした。
途端に、びく、と義勇さんの体が揺れ、勢いよく私の中から出ていく。熱い何かが私の体を濡らし横腹を伝ってぽたぽたと布団の上に落ちた。
「、すまない」
何が起きたのかも何故謝られたのもわからない。あっという間に温もりが遠くなり、寂しいと思ってしまった。肩で息をしながら顔を拭って見上げると、同じく荒い息を吐く義勇さんと視線が絡んだ。
手を伸ばされ何も言わずに親指の腹で、ゆっくりと私の唇をなぞる。柔らかく優しいそれは、まるで口づけのようだと思った。
***
明るさに気づき目を開けると布団の中は一人だった。部屋の戸を開けると庭の草木は濡れそぼっていたが、夕べの雨が嘘のようにからりと晴れている。
台所の前の廊下に落としたはずの彼女の脇差しは影も形もない。「おはようございます」と振り返った笑顔もいつもどおりだった。
「今朝は卵を焼きました。お味噌汁とお漬物もあります」
陽光の下で見る彼女は健やかで普通の女性に見えた。
夜中のあれは俺の妄想か。想い過ぎてついに幻を見るまでになったのか。混乱しながら湯気の立つ朝食の膳を受け取る。
ふいに指と指とが触れた。激しい雨の音に混じる甘い声が蘇る。暗い部屋の中で潤んで光った目が俺を見つめ返していた。
膳を間に挟んだまま、ちらりと見ると赤い顔で固まっている。やはり夢ではなかった。同時におそらく昨日までの関係のあり方には、もう戻れないであろう事を悟る。
今後この膳と、彼女との事は、どうするべきなのか。切り出す言葉が見つからず先に我に返った彼女に声をかけられるまで、ぐるぐると迷い続けていた。