真夜中にぽっかりと目が覚めた。辺りはしんと静かで見上げる天井にも特に変わりはない。何故目が覚めたのだろう。気分を変えようと寝返りをうつと、ぼやけた視界に目を閉じた義勇さんの顔があった。
「っ…!?」
思わず声を上げそうになり慌てて口元を抑える。耳を澄ますと穏やかな寝息が聞こえた。
今夜帰るとは聞いていなかった。隊服も羽織もそのままに、脱力し倒れ込んだかのように私の布団の傍に横たわっている。その手に私の片手が大事なもののように握り込まれているのに気がつき、更に驚いた。
いつの間に帰ってきたのだろう。そっと体を起こして顔を近づけるがお酒の匂いも血の臭いもしない。とりあえず、ほっとした。
起きる気配がないのをいい事に暫く寝顔を眺める。寝室は当然別なので、そう見る機会はない。こちらも寝顔を見られたのだろうか。慣れない状況に堪らなく恥ずかしくなってくる。
起こそうか、このままここで寝かせて私が別の部屋に行こうか迷っていると、義勇さんは小さく唸ってごろりと仰向けになった。
几帳面に首まで閉められた隊服は寝苦しそうだ。緩めようと指をかけ、ぷちぷちと釦を外していると、ぱちりと目が開かれた。至極近い距離で視線が合い思わず固まってしまう。顔が熱くなるのがわかった。
「…夜這いか。俺は上に乗られるのはあまり」
「違います!」
慌てて手を離し身を引く。ぼんやりと天井を見ながら「違うのか」と呟くのが聞こえた。夜這いと言うのならば義勇さんの方でしょう、と思ったが流石に失礼に当たると思い言葉を飲み込む。
義勇さんはむくりと体を起こし、ふいにぽつりぽつりと静かに話を始めた。
「…今日、柱合会議で炭治郎が」
「?竈門様が会議にいらしたのですか」
重役ばかりが集まる会議と、酔った義勇さんを送りに来てくれた目の丸い礼儀正しい少年隊士の像が結びつかず、寝惚けて間違えているのかと思い聞き返してしまった。義勇さんは私の顔を見つめ、考え込むかのようにやがて俯く。それきり黙ってしまったので眠そうに頭を揺らすのを見守りながら続きを待った。
「…いや、何でもない」
やがて億劫そうに口を開いた。視線は合わないが、ここではない遠くを見ている気がした。本当にどうしてしまったのだろう。私なんぞに縋らずにいられないような出来事があったのだろうか。こんな義勇さんは初めて見た。
家族か恋人であれば重ねて聞くなり寄り添うなりするのだろうが、生憎どちらにも当てはまらないので待つ事しかできない。具体的な要求があれば応じるのだが当の義勇さんは眠くてそれどころではなさそうだ。
「床の準備をしてまいりますね」
見かねてそう言い立ち上がる。「頼む」という小さな返事を背中で聞いた。
義勇さんの部屋に布団を敷き、寝間着の準備を終え私の部屋に戻ると、義勇さんは私の布団に抱きつくように眠っていた。子どものような仕草がかわいらしくて、ついそっと頬を撫でる。ちょうど目も冴えてしまったしこのまま寝かせてあげようと思い、新しく出してきた布団を掛けてやる。
戸を閉めようとした瞬間、何か言われた気がして振り返ったが、部屋の中は私が起きる前の静寂を取り戻していた。首を捻って歩き出す。
台所の明かりをつけ、時刻を確認すると午前零時を回ったところだった。夜はまだまだ長い。寝入り用の卵酒を作ろうと二人分の酒を温め始めた。
***
背負わせようとしてすまない。
そう呟いたが彼女には届かなかったようだ。気配が遠くなるのを感じ目を開けた。自分とは違うほのかに甘い匂いがする。足の先まで温かった。
起き抜けで頭が働かなかったとはいえ、つい話してしまいそうになった。「腹を切る約束をしてきた」などと言えば間違いなく卒倒するだろう。どうにも顔を見ると気持ちが緩んでしまう。
思い返すと、とんでもなく情報量の多い二日間だった。蜘蛛の巣が張り巡らされた山。多くの隊士の亡骸。炭治郎の真っ直ぐな眼差し。不死川と伊黒の怒った顔。親方様の声。
安らかな寝顔に、俺の二日間とは違い平穏無事なようでよかった、と安心した。忙しない記憶があっという間に遠くなった覚えがある。
台所の方から酒のような甘ったるい香りが漂ってくるのに気づいた。ぐう、と腹が鳴る。やっと人間らしい生活が戻ってきたように感じた。体を起こして布団を抜け出す。
温かい食事と笑顔が恋しかった。